残響の足りない部屋

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【小説】ニート貴族「君に経済を教えよう」大家「家賃払え」

セリゼ「ふー、ダメネー、ダメダメだ。南の先物相場が壊滅しやがった

あきれるほどのんきなほうき星町、正午をまわっておだやかな昼下がりの、湖畔の高台の家の居間。

フレア「ものすっごい聞き捨てならない発言を聞いたのですが、セリゼちゃん」

セリゼ「あー、気にすんな。早いか遅いかだけで、どのみちお逝きになられる市場だったから。予定の一割増しでしか絞りとれんかったが、増しは増しだ」

フレア「死にゆく市場にムチうって搾りたてたのですね……」

セリゼ「不良債権とか空売りの仕組みって知ってるかい? もしくはバッタもん売り買いっていうんだけど」

フレア「金融の流れとして、一応は」

セリゼ「説明するとだな」

フレア「知ってるって言ってるじゃないですか」

セリゼ「この場合、買い手市場なわけだ。持ってたら毒。段ボールのなかの腐りゆくミカンといっしょだ、自分の資産がな。”なんだってモノがあればいい”っていうのは、金融センスゼロのもんの言う言葉よ」

月読「……儂は経済には疎いのじゃが、感覚的にはわかる。では、なぜお主は買う?」

セリゼ「ひとつは恩を売るため。この場合の恩ってのは相当大きい。そして……真の目的は、この不良債権や負債を、買ったときの倍々ゲームで売れまくったらどうする?」

月読「それができんからツブレたのじゃろう? 当の会社や市場は」

セリゼ「所詮、それは……」

フレア「価値観の相違、ということですね?」

セリゼ「あるいは、価値観の”創造”というてもいいな。誰もが捨てるようなロボットアニメの缶バッチが、とある国ではダイヤ以上の価値があるっちゅう話だよ」

月読「極端すぎやせんか」

セリゼ「その極端でバカがまかり通るのが、この資本主義世界だよ、月読老師。”極端”を論ずるのは、陰陽の極みのお前ならお手の物だろう? これが桶が転べばバタフライ効果の経済版さ」

フレア「なるほど、なるほど。じゃあ、一割セリゼちゃんはもうけたわけですね」

セリゼ「誉めよ称えよ」

フレア「じゃあ家賃払ってください」

ブンッ!とおもっきしそっぽ向いたセリゼだった。セリゼと月読はこのフレアの家の居候である。

月読「セリゼよ……」

フレア「月読さんは毎月、三日前には払ってくれてるんですよ、見習ってください」

セリゼ「嘘だっ!!!!!」

フレア「私からしたら、セリゼちゃんほどの資産家が、家賃ごときを渋るのが嘘ですよ」

月読「セリゼ、おまえ貴族じゃろう。ユーイルトット侯爵家第14代当主」

セリゼ「今更なにを」

月読「貴族として恥ずかしくないんか」

セリゼ「当家は没落しましたー、没落貴族から金をせびらないでくださーい」

月読「こやつ誇りというものはないのか」

セリゼ「ふー、ダメネー。誇りを金とか、数字とか、かたちあるもので表そうって時点でお里が知れてる」

月読「うーん、殴りたい、このふてぶてしさ」

フレア「じゃ払ってください。どうせ腐るほどお金あるセリゼちゃんなんですから。知ってますよ、ここのところ毎月2.5%ずつの感じで増えてるの」

セリゼ「……話はしてるけど、数字まではいうてないぞ」

フレア「国際銀行にハッキングしまして」

セリゼ「おまえ家賃のためなら何でもするなぁ、この守銭奴が」

フレア「………………………………すっごい、セリゼちゃんにだけは言われたくないです」

月読「なぜにそこまで家賃を渋るパート2」

セリゼ「暇だから」

月読&フレア「「はぁ?」」

セリゼ「このほうき星町にあつまる連中は、だいたい暇を持て余しているんだ。私にとっては、こうしてフレアをおちょく……もとい、春闘じみた家賃交渉も、ひとつの悠久なる時の流れのなかの高貴なる神々のゲームということよ……」

フレア「長々とほとんど無意味な美辞麗句を……って、聞き逃したつもりはないですよ、「おちょくり」っていいましたよね!!(パーン!)」

 最後のパーンなる音は、フレアが感極まってセリゼにビンタした音であり、ここから世界最強の吸血鬼と、世界最高の天才工学者の、力と魔法と機械のガチバトルがはじまったのだが、初動のフレアの攻勢の勢いが物凄くてセリゼは逃げた。そのことを町の連中にぼやいたセリゼであったが、皆一様に「バカじゃねーのお前」と冷たい目で見られた始末、今日もほうき星町は平和だっ。