残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

過去に作った詩

この詩についてのいきさつ(ちょっとした)は、7月29日の更新分「空と地は手をとって歩む」をご覧下さい。

○冷たく薄い石版のように

線路の上を一匹の悪魔が歩いていた。
悪魔はもう故郷には帰れない。あの黒い薔薇の茂みのなかにはもどれない。
「夢を見続けられることが……」
「違う、幻覚と幻聴をリアルタイムで更新していくんだ」
そうやって一人で呟きながら線路の上を歩いている。

ここは水星。
空気の冷たい星。

線路の上を悪魔が歩き始めたら、その線路の温度が少し上がった。だからといってどうだというわけでもない。
向こうを見れば火星の荒々しい赤が見え、ずいぶん遠くまで来たもんだ、と地球を眺める。
別段黒い薔薇の茂みが居心地がよかったわけではない。ただなんとなく、「ここにいてもいいんだ」と思える場所だったから。
おお、風が刃物のように冷たい。
宇宙は暗い。常夜灯が欲しい。そう思っていたら、第19プラチナ小星がこちらに灯台の明かりを投げかけた。
けれどこの水星の上では、何もかもが研ぎ澄まされてしまう。

だから来たのに、あまり事態に変化はない。
そうそう変りもしない、ということか? え、自分よ。
とにかくも故郷に戻れない以上……いや、悪魔はあまり故郷に固執してはいなかった。
ただ悪魔は、自分の体がとろとろになっていくのが怖かった。
ああ目に見えるようだ、自分の体が溶解するようすが、
それは誇りの剣が真っ二つに折れ、揺らぐ信念が遠心力でもう届かない場所へ行ってしまうこと。
自分がメルトダウン
そんな高熱の体温なんか欲しくない。溶けたくなんかない。
それは今でも。