残響の足りない部屋

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龍の話――半身――

この小説に関しては7月31日の更新をご覧ください。

○龍の話――半身――

あるとき、龍の上半身が市場に売りに出された。
頭部の角をはじめとして、眼球、髭、鱗、肉、かぎ爪、手、骨以外のありとあらゆるものが引っぺがされていった。骨が残ったのは、この町で展示品として飾るためだ。
商人たちが満足して帰っていったあと、竜骨はその場に放置された。寒風が吹き始める秋の夕べのことである。紅葉した樹もそろそろ枯れ始め、風が二・三枚の枯葉をはらんで吹きすさぶ今日この頃である。
誰もいなくなったあとになって、竜骨は振動を始めた。それは未だ地に残り続ける龍の嘆きであった。人間の手によって無残に簒奪されていったことへの嘆き。このような姿になってしまったことへの嘆き。その慟哭ゆえに、龍の魂は天にも昇れないままであった。
竜骨は震えている。静かな、そして重い振動音が響く。うなり声のようにも聞こえる。龍は確かに嘆いている。しかし涙は出ず、眼孔の間を晩秋の寒風が吹きぬけていくばかり。その風と一緒に、龍の意識がどこかに吹き飛んでいきそうだった。龍はほんの少しだけ残った魂の力を毅然と立たせ、意識を保とうとする。
しかしぼんやりとした眠気がすぐ側にある。このままでは、ただ朽ちて行くばかり。天にも昇れず、ただずっとそこにあるだけのものとして存在するだけ。もうどこにも行けやしない。この眠りに身をゆだねてはいけない。龍はそう強く思っている。しかし生気はもはや空っぽの竜骨となった体から吹き抜けていったのだった。
これではいけない、このままで終われやしない、と龍は思う。全身の、すでに骨となった体のすべての力を集める。頭が狂ってしまうほどに、力を振り絞る。出ないことは党にわかっている。それでも振り絞る。もしここに肉があればそこから血がしとどに流れたであろう。しかし吹き抜ける風があるばかりである。龍は思う。この風のごとき空しさに負けて鳴るものか、と。だから龍は今はなき血肉を引きさかんばかりの思いで力を振り絞る。
そうしたら、ほんの少しだけ、体が宙に浮いた。

今、龍は空を飛んでいる。半身となった竜骨のまま、空を漂っている。
あれから、さらに気が狂いそうな努力を続け、龍は前と同じように空へと舞い上がった。町人たちの怒号が聞こえてきたけれど、それを全く無視して空を行く。
肉体を持っていたときと同じように空を飛んでいる。開放感。自由。目の前には秋の大空が広がり、眼下には収穫をすませた田畑、細い小川に、一面のススキの野原、ぼんやりとしたかすみ、そんな大地が広がっている。
しかし、それでもあの時体を吹き抜けていった風のような空しさは、心のどこかに残っている。

後になって、長い胴体の上半身は普通だが、残り半分の下半身は樹木が生えている、という龍がときどき見かけられることになる。空を飛ぶための狂気は、己の体を蝕み、奇妙なものを生やす結果となってしまったらしい。
それでも、龍は空を飛んでいる。

(おしまい)