残響の足りない部屋:HP百合機械別館

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続・BOYAKI about Music '09(日記)

BOYAKI about Music '09(2)

<<4.>>

ギター談義最後。
わたしが使っているギターは安物の黒のストラトキャスターだ。
どこが安物かっていったら、まずサステイン(音の伸び)がチープ。あまり音が伸びていかない。
ていうか音色自体が細い。
ストラトはもともと細いだろ、って言うけど、まともなストラトと弾き比べたらわかる。音圧に乏しいのだ。
まあつまり、「腹に来ない」。
それなりな楽器だと、もともと細い音質のものだろうが、腹にぐっとくる音質というものを持っている。音が薄くない。
結局はそこのところが安物と高級品の差だと思う。まだよく知っているわけではないが。
それから、低音はまだいいが、高音が貧弱。
高音でソロを演ろうとしても、チープで伸びのない音しか出ない。
それゆえに、もともとの腕も下手なのだが、ギター本体のせいもあって、ろくなフレーズが奏でられない。
それでいて低→高のコントラストを連続させて弾きたがる(コード弾きとか)ので、ますます事態はドツボにはまっている。
トーン・コントロールもビビッドに変化しないし、ブリッジは不安定だし。

だがそれでありながら、何だかんだで愛器はこのギターなのだ。
ここまで問題のあるギターでありながら、安物でありながら、このギターが愛せるか、というと……
実はわたし、チープな音質が好きなのよね。
一種フェティシズムをも抱いている。
線の細い、ぺなぺなした、薄い、プラスチックをも思わせる貧弱な音が好きなのよ(笑)
これが負け惜しみでないのが、ほんとにビョーキだと思う。
何せわたしは、クラッシュのあの『白い暴動』の音質を「かわいい音」と思ってしまうローファイ音質フェチなのだ。
チープ音源全般に言えることだが、ざらついた音像、分散されていないベース音、ハウリングするノイズ、リバーブのかかりが弱い音響……すべてが愛しい。
まーこんなになってしまったのも、オルタナやパンクや古いジャズを聞きまくったせいだろう。間違いなく。
貧弱な音像の向こう側から迫ってくる「熱い精神」を聞きとる喜び。
そしてその結果、その音質までも好きになってしまう、という反転現象。
オーディオマニアや一般的な楽器オタには理解しがたい境地だろうが、こういう人だっているのだということを理解していただければ幸いだ。

まーもちろん、このギターが最初に買ったギターだから、ということもあるのだけどね。
わたしって、そういうとこ結構義理堅いのよ。
実は名前も付けてある。痛いとか言うな。
名前は「ベレッタ」。
名前の由来は、ピエトロ・ベレッタ社の「ベレッタM92」というハンドガン。
この銃が昔から好きなのだ。
で、この銃、黒いの。だから。
……何かいろんな方面から「それはどーよ」な目線がするー。
黒いだけならデザートイーグルでもCz75でもスターム・ルガーのブラックホークでもレミントンデリンジャーでもいいじゃんか、って言われそうな気がする。
(え、銃ってみんな黒いんじゃないの? と思う人もいるだろうが(そっちの方が大多数だろうが)、最近の拳銃(といってもグロック以降だから80年代以降)はもうほとんどプラスチック製になってるから、色はむしろ灰色が主だったりする。あと、グリップの色も考えてのことだから)
ていうかベレッタならM92の他にもクーガーやらトムキャットやらもあるじゃないか、え? やっぱり一番メジャーなの選びやがったか、とか言われそうな気がする。(明らかにガン・フリークの考えすぎ)
でもいーのっ。M92好きなんだからっ。

思いっきりギターの話から脱線した。
チープ音質が好き。そうは言っても、やはりある程度のサステインは稼ぎたいし、やっぱり愛器にはいい音を奏でてほしい、という矛盾した思いもある。
本人的には矛盾はしてないのだが。要するに、B級はB級でも「B級カルト」になりたいのだ。
「チープないい音」を鳴らしたいのだ。言い換えれば、「チープだが味のある音」。
そこで改造を目論んでいる……わけだが、一向に手をつけていない。
それはもちろん、わたしの不器用さゆえに二の足を踏んでいる、というのもあるのだが、
それ以前に、下手にいじくってストラトの味を消してしまうのが怖いのだ。
何か変に改造して、テレキャスターレスポールみたいな音になったら……と。
誤解してほしくはないが、テレキャスのシャキシャキした高音、レスポールのずしんとくる中〜低音、確かにどちらも魅力的で好きなのだ。
ただ、わたしはストラトの音作りにおける汎用性が好きなのだ。
リアかセンターかフロントかハーフトーンか、ってな具合でこれらをいじくるのが楽しいのだ。
高音も低音もなかなかいける汎用性が好きなのだ。
わたしがどちらにもこだわりたいと思っているからなのね。
というわけで、あくまで「ストラトの音」のまま、音質のバージョンアップを図ろうとしているのだが、まだギターの内部構造に全然詳しくないという事実(笑)
近々実家に帰るわけだが、近くにカスタムショップがあるだろうか……。
とりあえず、ショップを見つけたらペグ・ナットまわりやブリッジまわりに手を加えてみようか、と思っている。
(普通にまともなギター買った方が早いんじゃない? のツッコミは却下)

<<5.>>
もしカート・コバーンが生きていたら、今頃はどうなっていただろう。
ニルオタ(Nirvana信者)には怒られそうだが、多分『ネヴァーマインド』ほど売れまくることはあるまい、その代わり、成熟した味わい深い音を鳴らしてくれただろうな、と思う。
よーするに、『ロッキング・オン』や『クロスビート』の表紙を飾ることはなくても、『ミュージック・マガジン』や『ストレンジ・デイズ』でディープな特集を組まれる、とか、まあ、そんな感じ?
表層的なポップ性、わかりやすいサウンド・プロダクツはなりを潜め、人生の悲哀を省察する歌詞を、心の底から自然に湧き出てくる、真の「ポップ」なメロディーに乗せて歌う……
ティーンには支持されなくとも、ディープな心ある音楽ファンには熱く支持される存在、そんな感じになっていたのではないかなー、と思う。
案外ニルヴァーナも一度解散して、ソロになって、そして再結成なんかしちゃったり。
でもカートが書く曲にはあのメロディーが常にあることだろう。だってそれだけのナチュラルな才能がカートにはあったわけだから。
人はまだ、カートを「時代のカリスマ」として見て、神格化するのだろうか。
あのような死を遂げてさえも。
カートは、そんな権威になることなんか、逆立ちしたって望んでいなかったと思う。
彼はただ、ミュージシャンでありたかっただけなんだと思う。
それも……

「いつかアコースティックギターで演奏したい。シンガーソングライターと呼ばれたい。グランジロッカーじゃなくてね。そうすれば歳を取ってからギターを抱えて椅子に座りながら──ジョニー・キャッシュみたいになれるからね」――カート・コバーン

こんな風に。
彼は「誠実なミュージシャン」でありたくて、でも売れまくってしまった今となってはそれが「手の届かない夢」となってしまった、という事実に、ある種の吐き気すら覚えていたのではないか?

(次回に続く……)

本日のBGM:ビーチ・ボーイズ『トゥデイ!/サマー・デイズ(アンド・サマー・ナイツ!!)』(二枚のアルバムを一緒にしたCDです。永遠の南カリフォルニア神話のシンボル、ビーチ・ボーイズ。何かビーチ・ボーイズを聞いていると、あのころのアメリカって良かったんだよなぁ、と思ったりします。もちろんそれがビーチ・ボーイズの、ブライアン・ウィルソンのすべてではありませんが。しかし「ヘルプ・ミー・ロンダ」は名曲。)