残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

発掘:過去に書いた詩(詩)

○目の道

僕は警官なのだけど
今僕は人を撃った
だってあの目が怖かったから
今僕の目が見ているのはあの目以外にない

怪しかったから、転んだ彼に職務質問をしようとしたんだ
僕は彼が起き上がるときにあの目を直視してしまった
その目は僕に道のイメージを想起させた
異常に荒涼とした道
空と朽ちた並木は緑と黒に染まっている
身体を侵す病理的な寂寞
ああそれでいて
「いつでも襲いかかれるぞ、いや今襲いかかろう」
という血肉の意志が見えた
そこに獣の吐息を感じるほどに
この目がいざなう道に足を踏み入れたら僕はどうなるのだろう
今居るこの現実でさえ風の流れがおかしく感じる
彼の目が発する無音の奇怪なリズムと
僕の平凡な心臓が打ちつける鼓動とが重なって
異国の呪術的空間を展開する
ふわふわと漂ってくる呪術の匂い、風、肌触り
それは僕にとっては幻覚ではない
今時計はどのように動いている?
頭は夜の海で船酔いしているかのよう
冷や汗が滑り落ちたり這いずり回ったりする
恐ろしい不安が後頭部を延髄を脊髄を殴りつけ、
僕はどんどん端へと追いやられていく
彼の体は影に覆われているように見えた
その影は僕に不思議で不気味な接触をしようとしているように思えた
ああ彼の目は僕を見据え続けている
僕が警官だからか
いや彼の目は単なる卑小な反抗心のみによって支えられているのではない
僕はたまたまやってはいけないことをやってしまったのだ
彼に触れてはいけなかったのだ

そこで僕は撃った
彼の目は僕の想像力を
いや僕の今までの人生を
いや僕の存在をも凌駕していた
ねえ
撃たざるを得ないんじゃないか?
僕はもう何も考えることが出来ない
ただ己の存在を守るだけの男だった
彼が今生きているのかどうかわからない
確かめる気が起きない
しかし思う
でも僕は今何とか生きている、ということ
そうだ、そのことを思い出す
僕はあの目の道に飲み込まれなかった、
という偉大な達成をしたのだ
忘れよう、忘れよう
忘れよう……