残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

何故最近映画を観なくなったか


近況報告


こんにちわ。近代衣服の残響です。
どわー! 「週一更新」破ってしまったー!
何かすっごい罪悪感というか……まあそんなたいしたもんじゃないんですけど、しかし自らに課した規律を破るというのは、気分のいいものじゃないです。
他人じゃなくて、自分だから、腹立つ。
他人じゃなくて、自分だから、悔しい。
小説が鈍足進行・遅れているのも、同じ理由で悔しいです。
自分で決めたことであるがゆえに。


映画について(または書物&音楽について)


そういえばtwitterでも書きましたが、今のわたし、映画って見ないです。
……興味がないわけではないんですよ?
見たら見たで楽しいですし、学ぶところも大きいと思っています。
決してジャンルとして「軽視」はしていません。そこのところはご理解ください。
じゃあ何で見ないんだ? というと……要するに、わたしの他の主たる趣味、書物と絵画と音楽(前二者には漫画も入る)に時間を費やしてしまうので、自然と映画に対して費やす時間/エネルギーがなくなってしまうのです。
もし映画にまで手を伸ばしたら、時間的にも経済的にも大変なことになってしまいます。
なので興味はありつつもやむを得ず……といった形で。
映画好きの人の文章とか読むと、「いいなあ、何でわたし、今映画を「切った」生活をしてるんだろ」……と思ったりもするんですがー。


それにしても……何故映画を「切り」、書物・絵画・音楽を「取った」のか。
まあ単純に大学(学部生)後半からのわたしの興味が極端にそちらに行った、という単純な理由が第一なのですが、それと同時に、「自分のペースで享受できないから」という理由もあります。
本や絵や音楽って、自分のペースで読んだり見たり聞いたりすることが出来ます。
今日は何ページとか、今日は絵・CD何枚とか、あるいは、CDだったら曲数単位で。
映画はそんなわけにはいきません。
キッカリ1〜2時間、椅子に座って画面を見続けなければなりません。
何かそれが今の自分には窮屈に感じられて……。よーするに「飽きっぽい」ってだけですかね?(笑)
まあそんなわけで、時間の分割の融通性が利くそれらの趣味に、今は耽溺しているのです。
……将来余裕(時間的にも、精神的にも)がある生活を送れるようになったら、じっくりとコーラとポップコーン片手に映画を見たいもんですけどね〜……。


以上のことは「ゲーム」についても言えます。
今のわたしが、かつてあれほど耽溺したRPGをしなくなったのも、「画面の前に拘束される」のが嫌、というのがあります。
シミュレーション系も同じく。アクションは昔から苦手なので最初からパス(笑)。
てなわけで、今はゲームっつったらギャルゲー/エロゲしかしてません。
しかもノベルゲーム(紙芝居ゲー)しか。
ていうかもはやわたしの定義では、これって小説や漫画を読むのとそう大差はないし!(ほぼ同義)
えーと、ノベルゲー以外には……東方を時間の空いた合間にちょこっとするくらいしかないなぁ。
てことはほんとに今の自分は書物・絵画・音楽しかやってないことになる。
ああ、昔もゲーマーとは言えない腕/熱中度だったけど、今は余計に言えないよぉ(涙)。
昔は「ゲーマー文化」にも浸かって、そこでオタとしての仁義を叩き込まれた身だというのに。


それから、模型(主にガンプラ鉄道模型&銃器)やおよーふく(ファッション)についても今は封印中です。
これも単純に、時間と金銭の問題。
ああ、塗装に何時間も時間をつぎ込んでも惜しくなかったあの頃が懐かしい。
毎日ボタンダウンの白シャツ&黒系のボトムス&カーディガン(ほんと毎日)、という格好をしている今の自分の好奇心/実験精神のなさが情けない。


後悔しているか?
こんな文章をものしている時点で、多少は心残りはあるってことですよね、間違いなく。
ただ、全部を一気にやることが今は出来ないのですよ、金銭的にも、時間的にも、そして何より、エネルギー的に。
その上、今は小説を主軸に据えたいですし、それから事務仕事(昨日から本格的に経理を任されるようになってきました)もしなけりゃいけませんし。あと家事も。
時間と金銭とエネルギーが欲しい。
とくにエネルギーが欲しい。
これさえあれば、何もかもどうにか出来るのに! と忸怩たる思いです。
朝からバリバリ仕事も出来る。夜遅くまで小説書いたり、本読んだり出来る。
でもエネルギー/体力が無いから、午前中の半分以上は意識が朦朧としたり、午後9時を過ぎると眠気とだるさがやってきて何も出来なくなったり。
……誰に何を言ってもしょうがないのですけど、やっぱり悔しいですね。
ビジョンだけはあるのですが、あるがゆえに、進行の遅さが悔しい。
もっと小説を書きたい。
もっと本も読みたい。
書きたいもの、読みたいものは山のようにあるのです。
しかしそれらは限られてしまう。
……まあ、好奇心&やる気が継続しているだけでも、まずはよしとしなくてはいけませんけどね。


昨日決めた、今年の目標、というか基本方針があります。
尾田栄一郎ONE PIECE』55巻のイワさんの言葉、
「奇跡は諦めない奴の頭上にしか降りてこない!!!! “奇跡”ナメんじゃないよォ!!!!」
この言葉、最初は「そーかな」みたいに軽くとらえていたのですが、しかしよくよく考えてみると、自分が間違っていた、本当にその通りだな、と心から思うようになりました。
それで思った今年の目標。twitterにも書きましたが、もう一度。


「何があっても、見苦しくても、「奇跡」をあきらめない」


ここまでの文章をお読みになればお分かりになられる通り、わたしは何かにつけすぐ諦めたがる人間です。
そうした方が楽だから。傷つかなくてすむから。見苦しい真似をさらさなくてすむから。
……正直なところを言うと、ここ最近の自分は、持病についても、「しょうがないか」と諦めかけていました。もう病気なんだから仕方がないんだ、と。そのせいで小説進行が遅れるのも仕方がないんだ、と。
けれど、「諦めた奴」の頭上に「好転のきざし/機会」は降ってこないのです。
……可能性は……限りなく少ないかもしれませんが……しかし、0ではないのです。
ですからわたしは、今年は、持病の克服も、小説完成も、見苦しくて情けなくて恥ずかしくてさっさと死んじまえお前的に見られたとしても、決して諦めたりするものか、と思い直しました。
いつか「奇跡」がやってくるまで。
だから、エネルギーが再びわたしの内に戻る日を待ちます。
そうすれば「余裕」が出来て、いつかコーラとポップコーン片手に映画を見たり、ゲームや模型の塗装に没頭できたり、春物のおよーふくを見繕ったり、という日々がやってくるでしょう。
そう、いつか「奇跡」がやってくるまで。


しかしこれでは死亡フラグではないか。(オチはそれかよ!)


追記:twitterで書いた(予告した)「アニソンとわたしの(悪い)相性」については次回にします。
有言不実行ぶりでスイマセン。


本日のBGM:ホワイト・ストライプス『Get Behind Me Satan』(ブルースが好きな人、カントリーが好きな人、古き良きアメリカン・ミュージックが好きな人、未来を何も恐れることはありません、わたしたちにはストライプスがいるじゃありませんか!)