残響の足りない部屋:HP百合機械別館

現在主戦場運用している「ホームページオブ百合機械」の別館ブログ

模型について考える(前編)


近況報告

twittermixiでちろっと書いたのですが、高校時代からの友人みずき君と同人企画をはじめることとなりました。とりあえずは彼がHP立ちあげて、写真をアップして、わたしは短編をそこに、ってな具合です。いずれは彼に絵も描いてもらいたく(わたしはついに絵を描くためのもろもろの努力を放棄しました。ようするに、自分には絵心がないと悟ったわけで)、また、わたしもMTRを買ったので(中古)、自作、またはアレンジ曲などもアップできるかと思います。何か突然いろいろと企画が進行してますが、こちらの「やってみるか」精神と向こうの「やってみるか」精神がうまい具合に重なった、ってな感じです。


とりあえず、今は双方コンテンツの作成中なので、実動はもうしばらく先になりますが。ちなみに、わたしの短編の締め切りは、とりあえず七月半ば、といったところです。うん、なんとかなるでしょう。どの口が言うかな、と自分でも思いますが、今のところ、毎日なんやかんやで文章を原稿用紙十枚は書いているので(小説・雑文込み)、これが続いていったら大丈夫かと思います。まだお互いのコンテンツを「重ねて」ないので、全体像がどのような感じになるのかは明確に示せませんが、わたしとみずき君の企画合わせの流れからして、「静か」な感じになるのではないか、と思います。少なくとも、今自分が書いている短編は「静か」なものです。


まあそんな感じで……日常のことを言えば、一時期よりは病状は回復したものの、やはり全体的に低調。薬のせいで一日中頭が朦朧とするのはいただけません。ただ、少しは小説(例の連作短編)は進んでいます。この作品も、八月末を目途にいいかげんケリをつけようと思います。八月末、というのは、まあもろもろの事情で。ある程度の余裕をもったスケジューリングで、そのあたりなら大丈夫だろう、と。先に言った同人用の短編と同時進行(締め切り上、こちらを優先させる必要があります)ですが、まあ、一日に書ける文章量の多さをもっと高めないと、と思っているわけですよ。一日二十枚くらいでないと、なんか自分はどこへも行けそうにない、と感じてきたもので。


……というわけで、最近の残響さんはこんな感じです。あとは仕事してるか本読んでるかエロゲしてるか、くらいしかないです、マジで、ここのところ。生活パターンが完全に固定されている……おまけに、夜寝るのが30分さらに早くなりましたし。10時にはもう眠りの底ですしね……(子供か年寄りか!)。なので、朝五時から起きてこの文章を書いているわけです。わたしの好きなエロゲシナリオライターの保住圭氏は、いつかどこかで、起きてすぐに作業をする、つまり、「頭が起きないまま」作業をはじめる、ということを書いていて、それが案外効率的だ、ということを書いていました。エネルギーが溜まってくるのを待つよりも、まず手を動かす。ものを作り上げる。うーむなるほど、と思って、そのやり方を採用しているわけですが、まあ確かに、「エネルギーが溜まるのを待つ」ということを言い訳にいつまでも作業にとりかからない傾向のある自分には、存外このやり方が合っているかもしれません。
……では、いつかの日記で書いた「模型考」、はじめますか。


模型について考える(前編)


はじめにお断りを申し上げますが、この模型考はあくまでわたしの個人的な感想、というか感慨であり、世間に対して何かもの申す、みたいなものではありません。それは後々の文章の内容が証明するところではありますが。いたって個人的に、今のわたしを形作るにあたって重要な位置を占めてきた「模型」というものが、今わたしの中でどのようなものであるか、を述べたものです。なので、これが個人的なメモであることを否むものではありません。



この写真は、去年の年末にmixiで自室の状況を説明するため(というか自室晒しというか)に撮った写真の中の一枚で、「模型棚」です。取り立てて説明の必要はないとは思いますが、棚の上にレゴブロック、そして棚のほとんどがガンプラです。今でも状況はほとんど変わっていません。まあ、この棚の隣の棚に鉄道模型をしまった、ってくらいでしょうか。


とりあえず、「現存する」模型は、ざっとこれくらいです。「現存する」というのは――まあわたしの模型歴は幼稚園時代からはじまり、本格的にのめり込んだのは小学生。中学もボチボチやっていましたが、高校ではしばらく休止していました。で、大学に入ってしばらくしてから、再びボチボチ再開、となり、しかし現在はまた休止中、といった具合です。それまでの間で、いくつもの模型を作り、そして改造するためにバラバラにしたりしていたので、作ったはいいもののジャンクと化してしまった模型が数多いわけです。あまりにそのジャンクの集積がカオスになってきたので、大学時代に、「鑑賞に堪える」ものだけを残して、あとは処分したのです。「現存する」とはそういう意味です。


おっと、まずはわたしの守備範囲、というか専門を明らかにしないと話がはじめられませんね。失礼しました。わたしが基本的にやるのは一言で言えば「可動・改造が可能なおもちゃ」です。すなわち、上に挙げた鉄道模型ガンプラ


鉄道模型は小さい頃にはじめて、それからしばらくブランクが入りましたが、大学時代になって再燃。いつか庭にGゲージの線路を敷いてやろうと思っています。昔は国鉄志向でしたが、今は外国型志向。英国ナローとかギアードロコとか最高ですよね。


ガンプラには相当つぎ込みました。前にも書きましたが、少なくとも子供時代の小遣いはほとんどプラモデルに消えてました。毎月模型屋さんに通いつめてました……いや、毎週だな。


レゴは模型には入りませんが、まあブロックは模型以前から好きなので。というかブロックによってわたしは「創作精神」を覚えた、と言っても過言ではないので。――余談ですが、わたしは今小説を書いていますが、実質やっていることは、「ブロック遊び」だと考えています。言葉というブロックを使って、奇怪なオブジェや街を作ったり、その中で人形を動かしたり、ってな具合で。……結局今やっていることは子供のときと何一つ変わっていない、変わろうとしない、という事実……。


まあそれはさておき、「模型考」と題しましたが、模型とはすなわち「おもちゃ」であります。工芸品であり美術品であり芸術でありますが、やはり一端は、というより本質は「おもちゃ」であります。ここでわたしはこの「おもちゃ」という言葉を、幼稚だとか格が劣るだとか、そういった意味では一切用いておりません。おもちゃは「遊ぶもの」です。そしてそれゆえに素晴らしいのです。というわけでわたしが好むおもちゃは、ぬいぐるみもそうですが、わたしは本やCDですら「おもちゃ」であると考えています。具象的であるか抽象的であるかの違い、それだけです。なのでそれらに対して恐る恐る触る、ということはしません。気に入ったものは徹底的に「遊び倒し」ます。ボロボロになるまで。


また話がずれました。模型ということで話を限定するならば、モデルガン/エアガンや模造刀もそれに入ります。もっともエアガンよりも最近ではモデルガンの方に興味が湧いていますね。もう撃つことに興味はなくなりました。サバゲーしようという気にもなれませんし。というか、もうただ眺めているだけで満足なのですから……まあ、もともとこれらには実銃に対する興味から入ったので、自然な流れといえば自然でしょうか。


飛行機や船にも興味があります。そろそろ作ってみたいな、と思っています。スピットファイアとか、木製キットの帆船とか。あとそれから、博物館などでジオラマがあったら当然のように見入ってしまいますね。おお、この樹木と芝生の質感の表現すごいな、とか、ウェザリングが冴えてるな〜、とか、じ〜っと見ています。子供のころからそうです。子供のころ、模型屋のショールームに飾られてあった鉄道模型のレイアウトを、いつまでもいつまでも飽きることなく見続けていました。そこにある「世界」の存在の素晴らしさに見とれていました。あー、まあ、鉄道模型やってればレイアウト作ること当然考えるんですけど、やはりTMS(タイム・マネー・スペース。趣味を行う上での三つの課題)の問題がですね……。


ところがどういうわけだか、こうやって「陸・海・空」それぞれに興味があるにも関わらず、そしてオタクだというのにも関わらず、フィギュアには全く興味がないという不思議。いや本当に興味がないのです。事実わたしはフィギュアを一体も持っていませんし、昨今の模型誌は美少女フィギュアの項が多くなりましたが、読むのほとんどすっ飛ばしています。友人にも不思議がられました。なぜ?と。


考えてみるに、最初の定義「可動・改造が可能なおもちゃ」でないからだ、というふうに、自分の中では結論が出ています。完全なディスプレイモデルには興味はないけれど、例えば武装神姫とかFigmaとかだったら、あるいはドールだったら興味が向きます。要するに、「遊べないものに興味はない」んですね。フィギュアで萌えようとか微塵も考えていません。ただ「遊ぶ」のみ。……というか美少女への興味は、わたしの場合完全に二次元媒体に限定されてるんですよ。もっと言えば一枚絵・制止画に。だから漫画やエロゲがこんなに好きなんですが。オタとして不思議だな、と自分でも思うのですが、まあこれが自分です。というか、ことはもっと単純に、わたしは模型は基本メカにしか興味が湧かない、と言えるのかも。


というか、ここまで書いてきてなんですが、前の記事でも書いたように、わたし不器用なんですよ〜。すっごい不器用。接着剤使うのも下手だし、ヤスリでの処理も下手だし、ハンダごて超苦手だし、塗装も苦手だし……。だから、レイアウトもロクに作れないんですよね。模型誌読んでても、ぜ〜ったいこのレベルには到達しないだろうな、なんて作例がどんどこどんどこ出てますしね。……なんというか、自分のあまりの下手さに自分で絶望、みたいな? ……自分でも嫌になりますけれど、そういう星の下に生まれたんでしょうね。


……とりあえず、わたしの守備範囲はこんな感じです。遅かれ早かれ、元祖SDガンダムの復刻版とか、武装神姫とか、アッセンブルボーグとか、HOeの鉄道模型とか、手を出すだろうな、とは思っています。欲望の赴くままにいけば。とある去年のワンフェスのレポートを見て、ヴァッシュとウルフウッドのリボルテックに無駄に盛り上がったのも先日の話です。それから、奈良にいるときに模型屋で見かけて、買っときゃよかったなぁ、と今さら悔んでいるのが、魔星頑駄無の復刻と烈火大鋼とレゴの海賊船です。あれも欲しいこれも欲しい、と。


しかし、わたしの部屋の片隅に、1/144HGアルケーガンダムが、一カ月以上も放置されています。作らなきゃな作らなきゃな、と思いつつも、すでにそれ用のアクションベースまで買ってあるというのにも関わらず、未だに作っていません。


このことは、今のわたしの模型状況を象徴しているものといえます。先ほどわたしは書きました。模型は「現在は休止中」と。そしてそれは、まだしばらくは続くのではなかろうか、と思います。模型は未だに大好きなのに。先日も模型誌を買っては、とても楽しく読んだのに(とくにTMSの二号に渡って連載された森博嗣博士のジャイロモノレールの記事には熱を入れて読みました)。それなのに……模型棚の状況が、去年の年末からもう半年経ったというのに、ちっとも変っていない、という事実。


理由を考えました。そして、ちゃんと理由があることに気付きました。次回はそれについて書きます。

(続く)


●これからの予定


とりあえず、毎日文章を書いて、とにかく小説を完成させること、これに尽きます。尽きすぎます。いいかげんわたしの小説の話に関しては、出す出す詐欺もいいとこなので、というか、もう弁解するのが心底嫌なので、そういう状況を脱するためになんとかします。はい。


最近思うのは、一度文章で弁解をはじめたら、永久に延々と弁解を重ねなければならなくなる、ということです。遅いですが、ようやくそのこと――文章の怖さ・怠惰な精神の愚かさに気付きはじめました。だから、謝罪するときは謝罪し、弁解することは、少なくとも文章においてはやめよう、と思いました。思えば、わたしがネットでの付き合いでトラブルを引き起こしてきたのはこのあたりにかなりの原因があった、と今になっては思えるので。


まあそんなわけですから、とにかく小説を書くに尽きるわけですが、だったらブログ書いている暇はないよなぁ〜、とある意味セイロンティー並みの正論を思うのですが、まあ、このブログの雑文が文章の訓練になっている、というのもまた事実でして。……だったらもっと短くしろよなぁ、と思うのも否めません。反省。沈黙。そして無。


本日のBGM:朝だったので音楽かけるわけにもいかず