残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

らき☆すたSS

第一話(2)

こなたの父、そうじろうが作家だということは以前こなたの口から聞かされていた。が、純文学作家とは思っていなかった。はじめ作家だと聞かされたときは、あの人格あのオタっぷりに、まあラノベ作家、いや失礼だがジュブナイルポルノ作家、エロゲシナリオライターだと思った。こなた曰く「そういうのじゃないから」と見透かされてしまったが、まあ意外と普通の本書いてるのね、と納得した。
が、バリバリの純文学とは思っていなかった。白地に、黒、蛍光色、赤、青の細い線が無茶苦茶に幾何学的立体的に交差している。タイトルを見てみる。『記憶の固執』……どこかで聞いたことがあるな……あ、美術の時間で習った! サルヴァドール・ダリのあの時計と馬が歪んでいる絵だ!
難しそう……と思い、オビを見てみる。
「22世紀の引きこもり、世界の終わりの引きこもり」
ガクッときた。やっぱりあのお父さんだ。ていうかまさか自分をモデルにしてるんじゃないでしょうね……そう思いながらも、妙にその本に磁力のようなものを感じていた。哲学書のような風変わりな現代美術風装丁。あえてシュールレアリズム絵画の傑作からタイトルを引用してくるというところ。こなたの父が書いた、というのも興味をそそられる理由であったが、単純に本自体に引き寄せられるものがあったのだ。何故か。
本の裏を見てみる。裏のオビには、
「純文学の王道と異端を、SFの王道と異端を、独自の感性で織り上げる。近未来の情報社会と自己と『物語』の物語。泉そうじろう最新作」
……奇妙さは余計に増幅されるばかりであった。この本は何なのだろう? 純文学? SF? ジャンルは何? 書きたいことは何?
そしてかがみは、その本一冊を片手に、レジへと向かった。立ち読みをする気もなく「買う!」と決めた。頭の中は『記憶の固執』で一杯だった。
何がこの本の中にあるのだろう?――それは、古今東西の本読みが抱ける最も大切で幸せな感情のひとつであることを、かがみは気にする余裕さえなかった。

…………………………………………

「おっはよーかがみ、つかさー!」
「おはよう、こなちゃん」
「おはよ……」
次の日、登校の道でいつものように三人は顔を合わせる。
「あれ、どしたのかがみ? 元気ないよ? すんごい目にクマ出来てるけど」
「お姉ちゃん、読書で徹夜したみたいで……」
「うんうん、これで私がネトゲで徹夜したとしても文句を言われる筋合いはないね!」
「誰のせいだと思ってんのよ……」
かがみはこなたの肩を掴んで、じろっと睨んで言った。
「ええー! 私何もしてないよー! ……多分」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ああごめん、あんたのせいじゃないのよ、あんたのせいじゃ」
「へ?」
こなたは首をかしげる。そして問う。
「じゃどして?」
「あんたのお父さんの新刊読んだの」
「へー!」
こなたはそれこそ非常に驚いた顔をして声をあげた。
「どうだった? どうだった?」
こなたは――不思議なほど目を輝かせてかがみに感想を聞いた。かがみはそれを見て、まあ当然よね、自分の父親の作品なんだから、と思った。ところが、次に出てきた言葉が、
「わけわかんないでしょ~」
と予想外に貶してきた。自慢するようなところが一切見受けられない。
「いっつもああいうの書いてるんだから」
それを聞いて、かがみはすごく反論したくなった。
「面白かったわよ!」
こなたが「おおっ」と後ずさりするような勢いでかがみは言った。
「か、勘違いしないでよね、社交辞令じゃないんだから!」
「おお、ツンデレ~」
「だから私はツンデレじゃないと何度言えば」
「……でも、ほんと?」
「でなかったら徹夜なんてしないわよ」
そう、かがみにとってあの小説は、とんでもなく面白かったのだ。
SFで、未来を舞台としていて、人類は終末を迎えようとしていた。そんな中、主人公はひたすら引きこもっていた。オビのように「世界の終わりの引きこもり」だった。彼は世界にうんざりしていたがゆえに引きこもっていた。ところが、彼は様々な思考を働かせていく。なぜ世界はこうなってしまったのか? そもそもの原因としての、人類とは? 社会とは? 高度情報化社会とは? 果ては宇宙とは? 存在とは? と思考が飛躍していく。考え方はハッタリを効かせ、皮肉を交えながらも、時に愚直なまでに何かを信じている姿に心が打たれた。
やがて主人公は引きこもりながら、端末(コンピュータの進化系)を使って、世界に対してほんのちょっとしたことをはじめる。完成された「情報社会」に小さなバグみたいなものを付け加えるのだ。それは世界にとって――ほぼ終わりに近づいている世界に対して何の役にもたたないものであった。普通の社会においても意味のないことであった。事実、小説が終わるまで大して世界は変わりもしないし、彼は引きこもったままだし、世界がこのまま滅亡するかどうかもわからない。
しかし彼は、あまりに高度に発達しすぎた情報社会の中で生き、情報を享受し、批判し、それを自己というトンネルを通すことにより、自分の中で、宇宙と社会と自分を貫くひとつの「物語」を紡いでいこうとする。それは世界にとって大して意味のないことだと重々承知していた。その「物語」=彼の思考は難解だった。だが、「終わり」を見据えた人間がすべきことは何なのだろう、という一本の筋が通った話に、かがみはとても揺り動かされた。
「私は引きこもりだけど」というのがこの物語の主人公の口癖だが、こんなにクールで誠実な引きこもりはいない、と感動さえした。スケールが小さかったり、いきなり大きくなったりするそのダイナミクスに魅せられた。文章のテンポもそれに見合って自由自在。これはSFであり、同時に純文学だった。どちらとして見ても一級品だった。
「へ~」こなたは言う。「ま、気にいってくれたのなら何よりだけど。……じゃさ、今度ウチ来る? お父さん、それ聞いたら喜ぶよ?」
「行く!」かがみに迷いはなかった。