残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

らき☆すたSS

第二話(2)

甲斐あって、大学卒業時にはそうじろうの収入は安定していた。かつてのようにやたらめったら書き散らすのではなく、段々と、自分の書きたいものをマイペースで書けるようになってきた。
そんな中でも、そうじろうのオタ趣味はとどまるところを知らなかった。相も変わらずゲームだの同人誌だのフィギュアだのを買っていた。収入が安定しているがゆえに余計に買っていた。かなたはそれを見て、勲章のような、御褒美のようなものでしょうか、と思いつつも、ちょっとその狂熱は理解出来ない。でも恋人の趣味なので、否定はしなかった。受け入れてはいた。
ある日、かなたは雑誌を読んでいた。その中のドールハウスを取り扱った記事が、とてもチャーミングで、いいなぁ、と思っていた。
「何見てんの?」仕事を一段落終えたそうじろうがかなたに聞く。
「こういうのよ」かなたはその記事を見せる。
「ああ、そういえばかなたは昔っからこういうの好きだったよな」
「うん。素敵」
ふと考えるような仕草をそうじろうはした。
「そういえば今度はあのイベントか……なあかなた」
「はい?」
「今度の週末、空いてる?」
「大丈夫だけど」
「んじゃオレに付き合って。遊び行こうぜ」
そして週末の正午。とある会場にそうじろうとかなたは来ていた。
「東京ホビーフェスティバル」と看板には書いてあった。
「結構人がいるわね……」
「これでもマシな方だよ。始発で来る連中をかなたには会わせられないからな」
「どういう人たちなの?」
「悪鬼羅刹の群れ」
そう言いながら、そうじろうはかなたを連れ、会場内に入っていく。はぐれないように手を繋ぎながら。もちろんそれは名目。本当は、ただ手を繋ぎたいがため。
「おもちゃ……?」かなたは問う。
「そう、季節ごとに開かれている展示会。全国のモデラーが集まる」
「あ、これそう君が良く見ているアニメのロボット……おもちゃ会社のお披露目会なの?」
「半分正解。でもこれは会社が作ってるんじゃなくて、個人の手作り」
「ええっ!」かなたは驚いた。「じゃあこれ、みんな趣味で作ってるの?」
「プロもいるし、アマチュアもいる。会社も新作のお披露目をする」
「こういうところがあるって知らなかったわ……あ、そう君が集めている女の子のフィギュア」
「それは後で見ることとして、まずはこっち」
「見るのね……はぁ」
かなたはそうじろうに連れられて、会場の隅の方のこじんまりとしたスペースに行く。そこは、かなたが雑誌で見ていたような人形やドールハウス専門のスペースだった。
「わぁ……」
「な、ただ模型やフィギュアといった『おもちゃ』ばかりじゃないんだ。こういうフェスには、それこそ日本屈指の人形師も顔を出す。『造形物』の前にはジャンルなんて関係ないのさ」
「洋服のレースなんかこんなに細かく……お家もすごい本物みたい……」
「『箱庭好き』ってのは模型好きの中でも一ジャンルだからな。鉄道模型とかってあるだろ? 縮尺された世界を構築するのが好きな人種っているものさ」
「そう君、ごめんなさい」
「ん?」
「私、今までこういうのっておもちゃとか女の子のとか、そういうのばっかりだと思ってた……不勉強ね」
「不勉強って言っちゃうところがかなたといえばかなたなんだけどな。まあ、一概にオタク趣味っつってもいろいろある、ってことを知ってほしかったのさ。何もかなたにオタクになってほしい、ってわけじゃない。ただ、こういう趣味の中にも、かなたに訴えかけるものもあるのはわかったろ?」
「はい」
「小説と同じさ、文学もあれば、エンターテイメントもある。要は、各々が好きなものを拾っていけばいいだけの話」
「あの、そう君、私、ここを一通り見たら、他のところも見てみたくなったのだけど……」
「お、そうか? んじゃ、とりあえず一旦別れよう。オレもオレで見てみたいとこあるし。待ち合わせは、入口でいいか? コミケじゃないんだし、そうはぐれることもないだろ」
「子供扱いしないで。あ、コミケ……ってあれよね、そう君がお盆と大晦日に行く……それが終わって何か一週間は妙に熱っぽく色々な本を……」
「さあ後で待ち合わせよう! 楽しめよ!」そうじろうは慌てて立ち去った。

……………………………………

「わぁ……こんなに大きい怪獣や妖怪……それもすごい生々しい……あ、こっちにはこんなに細かいお城。これも大きい……さっきのお家みたいで、世界に飲み込まれそう……」
かなたは会場を気の向くままに見て回っていた。今いるブースはさっきのドール系の延長線上の、リアル志向の模型が展示されている個所である。やがてそこが途切れ、今度は美少女フィギュアがやたらと陳列されている所に出る。そうじろうと暮らしている部屋で見慣れているものの、やはりこうも一同に会すると、ちょっとどきっとするものがある。けれども、
「長い髪の毛が舞っているのなんかすごい綺麗……わ、すごいです、どうやって立っているのかしら、この女の子」
と感心することもしきりであった。しかしやがて、そのフィギュア群の色彩に肌色が目立つようになってきたというか、要するに、エロフィギュアの展示場に足を踏み入れてしまったのだ。何となくきまりが悪い。周りの人たちもかなたのあどけない姿を見て怪訝な顔をする。
「ここは早く立ち去った方がいいかもしれないわ……」
そう思ってかなたは帰ろうとするが、ふと、
「お、さすが! この曲線美! エクセレントな艶めかしさだよいつもながら!」
と聞きなれた声が聞こえてきた。
「ありがとよ。原型師冥利につきるね。さすがは泉、お目が高い」
「写真撮影いいかな?」
「もちろん」
そう言ってカメラを取り出し猛烈な勢いであられもない姿のエロフィギュアを撮影しまくるそうじろうだった。
「いや〜素晴らしい素晴らしい。まったく萌えとエロスの立体化だな」
「そう君?」
聞き覚えのある声にそうじろうが振り向くと――青ざめて振り向くと、そこには表面上にこやかな笑みを浮かべているかなたがいた。
「か、かなた? どうしてここに?」
「どこにも何も、そう君がこの会場に連れてきたんじゃない」
「あいやそれはそうなんだけど」
「やっぱりエッチなお人形を探していたんのね……」
「違う! これは小説の資料!」
「どうなったら小説の資料になるの!
「おい泉」そうじろうと話をしていた、件のフィギュアの原型師である。「こんなところにこういう小さい嬢ちゃんを連れてくるのは感心しないな。まだ早い」
「私は大人です!」かなたはぷりぷりして怒って言う。
「……えーっ! 嘘―! ……ていうか泉、この娘お前の何なの?」
「オレの彼女」
原型師はしばらく沈黙して、
「犯罪者!」
「な、おま、誰が犯罪者だよ! どういう意味だ!」
「二重の意味だ! やっぱりお前は真正のロリコンだってことと、こんな可愛い彼女持ちだってことだ! ちくしょー!」