残響の足りない部屋

同人DTMとか模型庭園とかエロゲとかの日記

DEKUの透明世界、あるいは震える賢者としての「とまどい飛翔する音」(1)

こんかいのおんげん
「TRANCENATION OF SUGURI」「ソラノカケラ」



●1、はじめに



はじめてDEKU
twitter上で何度か会話させていただいいた身なので、お世話になっとるので。以下敬称つけますが、スタンスとしては、いつものような批評スタンスです。イッツノー身内レビュー。ノーモアオモネリ)
のパーソナルを知ったとき……ようするに今はなきHPや、ツイッターでたびたび発言されているときのことですが、わたしは、ささやかな驚きを覚えたものです。
これほどの緻密な音づくりをするひとが、音楽理論知っていないだなんて、と。
ただ、同時に「なるほど」とも思いました。
このひとの音楽は、決して自然児の無邪気さを全面にあらわすものではありません。逆で、常にスタイリッシュ……今回の音源ではとりあげませんが、「奇跡の魔法少女」のような曲でさえ、「洗練」の二文字を忘れません。
ではそれは冷たい音楽なのか? 工業生産という意味での、インダストリアルなのか?
……そうではないのです。ここにあるのは、知性の高みとしての音楽ではなく、知恵の繊細な震えとしての音楽なのです。
音楽に、構成美などの「知性」を大々的に持ち込んだのは、大バッハ……J.S.バッハですが、その後、いわゆるバッハフォロワー……音楽に知性を、学理を持ち込んだという連中の、ことごとく音楽的につまらないのをみるにつけて、いよいよDEKU氏の、「知恵の震え」としての、圧倒的清らかさが、際だってきます。
わたしは今音楽史もジャンルも飛び越えましたが、わたしが問題にしたいのは一点、いや二点。


世界観の清らかさ
音の清らかさ


その系譜に従っていえば、バッハのあとにはシェーンベルクがきて、なんの矛盾もなく、ニック・ドレイクモグワイブライアン・ウィルソンレニー・トリスターノ一派を結びつけることに違和感がないのがわたしです。(そういうジャンル横断がいやだという学理原理主義者は読むのをやめよう!)
そう、そのような音楽性、精神性、世界性のもとに、DEKU氏の音楽はある、とわたしは思っています。
ただ、音の清らかさを。
そこに知恵の震えを。空の清流をひたゆくイカロスとして。
――とまどう勇敢な雛鳥、世界の美に震えながらも飛翔するその姿――


2、知恵と知識


定義します。


知識」とは情報であり、学理であり、音楽理論であり、理屈であり、オベンキョウであり、記号であり……浅い、アタマで考えるもの


知恵」とは、賢者の思想のこと。賢者が万物を知ってきたなかで得た、経験則。そこから「知識」が生まれるのだけど、そのメイキングは「ちょいとアタマのいい後世のひと」がやるものである。別名、知恵とは、体から、腹から自然に生み出たもの


3、個人的DEKU体験……1)ファストリズム、クリーンアトモスフィア


思えば、はじめてDEKU氏の音楽を聞いてこのかた、「印象」がぜんぜん変わってないのです。
もちろんDEKU氏のスキルは、刻一刻と進歩しています。とりわけソロアルバム「Realism.」を越えて(その間にはレコーディング機材の増強がありました。後述)、そのアトモスフィア的音像の清らかさは、清流のそれから、いよいよ純水のそれへと変化していきました。
1でかいたように、DEKU氏の世界は、不純物のない、透明世界です。
前へ前へとゆくベースラインは、グルーヴを常にたたえながらも、下卑た「どや!」的にはならず。
さりとて「お上品」におさまらない……とりわけ橙汁作品におけるBGMでは、まさにモーツァルトシューベルトシューマンBPM高めの音楽にみられるような疾走感をも感じさせます。
……が、爆走ではない。ここがミソ。


よき音楽の法則として、「実際BPM計ってみたら、思いのほか数字が上がらないけど、体感としてはずっと早く感じる」
というのがあります。
端的な例として、ジミヘンの音楽がそれ。
後代の速弾きギタリストは、BPMだけをとってみたら、ジミヘン以上の数値を叩き出します。
が、ジミヘン以上に「早く感じる」だけのギタリストは?


「疾走であり爆走ではない」はここにかかります。
前へ前へ、と駆け抜けるリズムは、疾走です。しかしそこに「ムリしてる」感はありません。ズタズタドタドタした「騒がしさ」がないのです。
ハードに、ソリッドにトギスマサレたリズムトラック、ハーモロディックフレーズ。トランス・メロ。しかしそこに「もたつき」はなく。
そう、「よけいな音」がないのです。「騒がしい音楽」は、つまるところ、ここです。プラモでいうとこの」「バリ」が多すぎる音楽なのです(もちろん、そういう音楽も、よいものはよいのですけど。プロディジーみたいに。もっと端的な例は、アタリ・ティーンエイジ・ライオット


たんにリズムだけ分析していってもこれだけあります。
ではDEKU氏初期の曲からいってみましょう。

そして上でかいた「次ステップ」へといったDEKU氏の疾走


次回へつづきます……