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残響の足りない部屋

同人DTMとか模型庭園とかエロゲとかの日記

本を売る

読書感想文 こころのやまい
買ってしまった……ZOOMのB3
これは、ベースのエフェクターであり、同時にそれをPCにつなげて音が取り込めるインターフェイスでもあり、さらに、簡易的な作曲ソフトまでついてるやつなのです。

オクで。
送料こみで、だいたい13000円
それくらいの金もぽーんとだせんのかいなわたしは。

で、買ったはいいものの。
年末の定期収入で余録はあるものの。
「買ってもうた……」の慚愧の念はともかくとして、
あんまりグンバツの余裕がない今、そんなことして、さらにボーナス的に収入がない……のが現状。

いらんもの売るかなー……
とか考えました。

しかし、そもそもいらんものは買わない、という趣旨でものを買っているのが現状。
そんな無様な判断はしていないっ! 我が部屋にあるものは、すべて歴戦のつわものよっ!

……とか思っては、いました。
ですが、視点を変えて「じゃあ、買ったはいいものの、放置してるもんとか、一回読んだきりでたいして『繰り返し学んで』ないもんとか、ないの?」

……冷静に、考えてみました。
……あの文庫セットとか。
……続刊を追わなくなったマンガとか。

顔をおおって、さめざめと泣きました。
こういうブログのタイトルしといて、これはねえよ。


売ります。


 

●さて、なにを売ろうか。


基準としては

・ざっと読んでみて、これからは学べそうにないな、と判断できたやつ

・明らかに惰性(とくにその作者の過去のコンテンツの栄光に期待してたもの)で買ってるような続刊マンガ

・資料的価値がないもの。で、そのうえ、一年以上も手をつけてないもの

……ざっとこのような区分けを、簡単にしてみましたが、でるわでるわ。
作者さまの名誉というか、もったいないおばけのために、書名をあげるのは控えますが、しかし……こんだけあったのね……わたしの部屋……

あ、「思い出品」は除外ですよ。
それから「何度も読んだ」ものも除外。
ノスタルジーもありますが、これらは「それそのもの自体が価値」ですから。

また、これらを再干渉・鑑賞することにより、学ぶ機会というのも、いや増すというもの。

「線を引いて、折り目つけまくって学びまくったもの」……これなんか、論外ですよね。まあ、もっとも、商品的価値なんてねえよ!(笑)

自分の読書スタイルにおいて、そして趣味スタイルにおいて、もっとも重要(いまのとこ)は、このブログのタイトル「すべてじぶんのために」・学ぶ、ということですから。
それを「結果的に」阻害するようだったら、在庫(あえてこう呼ぶ)を抱えてたって、意味ないですし。


●いままで(とくに学生時代)


学生時代は、こうやって本を売ることを、多くしてました。
慢性的に金欠で、バイトもしなかった(病気のため)というのもあります。

……それが、結果的に書庫の「新陳代謝」になってた、と思います。

いまのように「すべてじぶんのために=為学即為我」「学ぶ」「活かす」という視点を当時からとりいれてたら(前回の更新でも書いたなこれ)、もっといい代謝だったんでしょうが、いま言っても詮無いです。

断捨離、を、崇拝するわけではないですが。
でも定期的に「本当に自分にとって価値のあるもの/こととは?」と問うてみることは重要で。
それを、この数年……「逆に」就職により金銭事情があったまったおかげで、考えなくなってました。

豚が、とののしられても、仕方がないです。
実際、豚です。金銭というか、資本主義の。あるいは飽食の。

そう考えると、これも「結果的」ですが、当時の学生自分は、本能的かつ貧乏的ですが、ある程度は正しいことをしてたのだなぁ……と。
もちろん、やたらめったら買うことを控えなさい、って話ですが、あのころはなんでも宝もんに見えてたのですよ……これも経験のなさですかね
「坊やだからさ」

●再三

「捨てる」ことが人徳なのではなく、
「学ぶ/選ぶ」ことの見極めと覚悟が人徳なのです。

というわけで、「また」ろくでもない買い方するようだったら、意味ないんですよ……ここでこうして選定してても。

そういうわけで、むかしのひとが「大掃除」を年末にしてたのは、知恵だったのだなぁ……哲学だったのだなぁ……と思い知るわけでした。

ああ、たかがZOOM b3の補填ぶんの金を得るためだとは、いえませんよ今回の掃除!(オチ)