残響の足りない部屋:HP百合機械別館

現在主戦場運用している「ホームページオブ百合機械」の別館ブログ

兄貴のこと(前線で相対する仕事、例えば中国に行っチャイナ)

このブログはあくまで書評ブログであり、政治論とかネトウヨとか死んでも取り上げまい、と思ってる系男子の残響なんですけどね。

本日のおはなしは、わたしの数少ない友人のひとりについて語ってみます。勝手に。親しき仲にも礼儀あるだろうがよ……

 

http://ecx.images-amazon.com/images/I/51wCyr-UuBL._SL500_AA300_.jpg

 

●序 シグシグさん

 

数年前から、Nagaleさんのサイト(エロゲレビュー古参)の、某月某日特設掲示板経由で、「シグシグ」さん、という方と交流を持つようになりました。

シグシグさん(twitterアカウント:@sigu49)――わたくしが勝手になぜか「兄貴」とネタ呼称するのを、寛大にも受け入れてくださる懐の広い、熱狂的プリキュアン&アニソンファン。

毎週日曜日には、日頃口数が少ない氏が、突如プリキュア実況を熱くツイート連投されるのは、自分の中で、なんか風物詩になってもうた。

こないだ、週末にアニソンライブ巡礼とかで、地元→大阪→東京、と、各会場(しかもそれぞれ別ミュージシャン)のライブ巡りをして、「え?2daysライブなんて普通ですよ?」と聞いたときにはさすがの音楽マニアたるオレサマも底知れなさを覚えた。これはメラゾーマではない、メラだ……!

 

ネタ呼称、というたけど。

まあぶっちゃけ、「シグシグ」というお名前に、「兄貴」という敬称が、自分の中で妙にハマってしまったから、という、とんでもない理由で兄貴兄貴呼んでるわけなのですが死ねばいいよ。おっと自己ヘイトが出てしまった。

でも、その半面、「あ、こりゃ、本気で見習って襟を正さなくてはならんわ」なことを仰るひとなので、兄貴呼びを続けている面もあります……とくに最近は。

で、このお話は、シグシグさんが語ったことでなく、自分が勝手に思っていることなのです。勝手に思って、勝手に感心していることなので、褒められようという思いもない……どころか、逆に迷惑になるかな、みたいな。

それでも書いてみよう。

 

 

●破 中国防空圏とか、国際事情とか、「損害許容限界」とか

 

 東の砦将「魔族との共存ですか?」

 

女騎士「うん……。信じたいけれど、信じられないわたしもいるんだ」

 

東の砦将「それは出来るでしょう」けろり

 

女騎士「そうなのかっ? 本当にっ!?」

 

東の砦将「そんなことは自明ですよ。

 もう穴っぽこだってあいちまってる。

 今はまだ細い流れだけど、この流れが途絶えることは

 もう無いですよ。共存しなきゃ滅ぼしあいだ。

 共存するっきゃないでしょう。

 そんなものは『開門都市』を見ればすぐ判ります。

 ええ、共存できますよ。

 魔族だって人間だって、本当はたいした違いなんて無いんだ」

 

女騎士「そうか……。そうなのか。勇者と魔王の夢物語じゃないんだな」

 

女魔法使い「……問題は損害許容限界」

東の砦将「そうですな」

 

女騎士「え?」

 

 

東の砦将「いずれ共存は出来ますよ。それは保証できる。

 問題は、それまでに、どれだけの血が流れるかって事です。

 共存はいずれ実現しますが、その共存は五年後か、十年後か、百年後か……そこまではわからない。

 それまでに流れる血は年月に比例して大きくなるでしょう。

 もしかしたら、人間か魔族かどちらかの血を

 全て流し尽くすほどの犠牲が必要かも知れない。

 共存は出来るでしょうが、それまで人間や魔族が

 『保つ』かどうかは別問題ってことです」

 

女騎士「そうなの、か……」

 

東の砦将「キツイでしょうが、それが傭兵の見立てです。

 明日は来るけれど、今日流れる血の量は判らない」

―― 橙乃ままれまおゆう魔王勇者 2 忽鄰塔(クリルタイ)の陰謀」

 

 

「まおゆう」は無数の読み解きが出来ますな……この全13スレ全五巻の物語(+外伝)を一々ピックアップするだけで、多分一ヶ月毎日連続感想文エントリは出来るんじゃないか。

 

ところで、兄貴は、製造業に勤められてるわけなのですが(具体的な名称こそ知らないものの、テクニカルな技術関連職であることは、僭越ながら同じ「ものづくり」の現場で生きてる(働いてる)人間として、話してて見当がつく)、結構な頻度で、中国に出張されます。

今回は、このことについて語ります。

 

ときに、なんだか最近、東シナ海がみょんにキナ臭いっすね。あの領海とか防空圏とかのニウスが飛び交ったのは、ちょい前……まあ、最近っていっていいか。

時事問題に対する、オレのコメントは、ないっす。よくわからないので。オレはもちっと違う話をしたくて。

そもそも中国と……いや、他にも、国際関係上、いろんな国がいろんな国とゴタゴタしとるわけですが、それはいつか解決される日はくるのか?

わかりやすい例として、先日の防空圏のことがあったのですが。そのあとに、まおゆうの引用部のとこ読み返して、「そうだよな」と思ったわけです。良くも悪くも。

 

兄貴は、ほんと一年に何回も中国行くわけですが、現地でなにがあったか、とか、現地でこんな面倒なことがあったか、とか、

まーーーーーーーーーーーーーーーーったく、語らないのです。

あえてこちらから聞くこともしませんし、兄貴がtwitterで毎回「あ、○○日まで出張です」と唐突に告知して、

わたしは、空港出立あたりの兄貴のツイートに「いってらっしゃいませ、お気をつけてー」とか、

帰国されたときの兄貴のツイートに「おかえりなさい、お疲れ様でしたー」とか、

みたいな返事くらいしかしてないのです。今気付いたが、もっと語ってもよかったんじゃないか……?

……でも、多分、聞いても、兄貴、語らなかったんじゃないか、って気がするのです。

 

ここんとこ、まあ、メディアというかマスゴミの報道で、チャイナはイヤンな報道しかしないっちゅうか。でもって、ネットはネトウヨ化ムードが妙に強いから、イヤンな話題しか、目につくのはないっちゅうか。

 

でも、実際に、こうやって、「現地」で生きて、行動しておられる方は、決して、右寄りの発言はしないのですね。

じっと黙って、自らの使命……大仰だな。「行動」「仕事」としましょうか。淡々とやっておられます。

……わたしはですね。こういうひとがいれば、きっと、自然に、解決というか、交流というか、ひととひととの国際間の付き合いは、為し得ていくんじゃないか、って思うのです。

で、実際、いるんですよ。ほら、実際、兄貴はそうしておられるわけですし。

 

確かに、そのような人達の交流は、「細い流れ」だとは思うのです。細い道。

でも、兄貴たちのような、地道に毎日「作る」人――技術者――は、それが細かろうが太かろうが、目の前のことを、淡々と行っていくのですね。

我々ヒヒョーカは、その細さを、いろいろと語ったりします。なんかカンフル剤いれて大きくせねばならん、とか、歴史認識がどーこーだとか。

しかしだな……現場で動いてるひとの、淡々さを、ヒヒョーカは信じてないのが、愚かさなんですよ。

もちろん、問題は「損害許容限界」です。

おそらく、論者というかヒヒョーカというか学者は、このあたりの見極めをきちっとして、現場のひとたちをバックアップすることこそが、一番の仕事だと思うのです。(だから「まおゆう」では、この概念を、作中ナンバー2(あるいはトップ)のインテリたる、女魔法使いが語ったのです)

この限界を踏まえずして、無限の静かなる地味なる戦いを現場に強いることも非道ならば、現場もこの概念を正確に把握しないと、キツいです。

全滅するわけには、いきませんしね。

 

● 急 「決めつけ」の悪

 

ここまで書けば、

 

・状況判断の「決めつけ」

・国際イメージ、国家イメージの「決めつけ」

・現場を見ない「決めつけ」

 

もっともっとありますが、すべて「決めつけ」という思考停止が、罪悪となって、偏狭なプチナショナリズムを引き起こしています。

 

……で、一気に私的なはなしをしますが、オレ、兄貴と親しく付き合うようになったのって、オレのアニソン批判に、シグシグさんが異議を唱えてくださって、しばらく論じあった、ある意味での「雨降って地固まる」的な経緯があるのです。

いや、そこまでガチ喧嘩ではなかったけれど。でも、ネット長くやってるひとが、付き合うようになったひとに、「あえて相手の意見に真っ向から異を唱える」覚悟って、結構いります。

そのもととなったテキストって、これなんですけど。で、これ書いて、しばらくして、ちょっと書きすぎたなー、と思って、反省文を書きました。

それでも、まだしばらく、アニソン嫌い、続いていまして……今でこそ、愛好できるものは、愛好しておりますが。アニソンを「決めつけ」ることの愚かさ。幅広く音楽聞いてるフリして、実は偏見バリバリだったこと。

兄貴に諭されたのは、反省文以降のことだったんですが。過去の「決めつけすぎ」を反省はしているものの、「でもやっぱアニソンはなぁ……」と「しこり」が残っているときに。

で、兄貴はわたしをアニソン好きにさせようと思って、諭したんじゃないんです。自分がアニソンファンだから、アニソンアンチを攻撃したわけでもないんです。むしろ兄貴はわたしの論理展開すらも、ある意味では認めさえしたんです。

 

 

兄貴が異議を唱えたのは、わたしの「決めつけ」だったんです。

 

 

今ならわかります。

「決めつけ」が、いかに「ひとのその後」を狭めるか。

オレは、プチナショナリズムを当時からヘイトしてましたが、なんのこたぁねえ、自分もアニソンで同じことをしてた、という。

地道にその世界――中国であれ、アニソン界であれ――で「生きて」「行動して」いるひと。それを、「決めつけヒヒョー」で語られることは……嫌だったんでしょうね。

 

損害許容限界……マクロな視点でいったら、オレ自身たったひとりが、アニソンをヘイトしたところで、アニソンを巡るこの状況に何かが変化するわけでもなく。

でも、シグシグさんは、「わたし=残響」に対して、友人として、「それは違うんじゃないか」と、きちんと諭してくださったのです。

それは、シグシグさんが、シグシグさんとして生きる上で、揺るがせてはならんもの。

世界変革の影響率だとか、効率的だとか、そんなクソみたいなことは、一切考えてない、シンプルな行為。

現場で地道に生きる人間として、その考え方(あるいは、捉え方)は、ちょっと違うんじゃないか、と。

兄貴は損害許容限界の概念に基づいて行動しているわけではない……少なくとも、現場でそれを常にソロバンはじきながら動いているわけではないと思います。

ただ、「感じて」はおられるでしょう。どこまでがボーダーで、どこまでが……アウトかを。

 

で、それはそれとして、日々を淡々と送る。

おそらくは、それでしか「損害許容限界」のギリギリまで、現場で耐えることは出来ない。

 

 

 

それを立派だなぁ、と勝手に思うから。

きっとそこから、国際交流の道は開けてくるのだろう、と勝手に思うから。

だからわたしはシグシグさんを【兄貴】と呼ぶのです(というのが、兄貴呼称の理由の「ひとつ」です)

 

 

●シグシグ兄貴のこと、おしまい

 

●追記

……今もなお、ジャンルというかカテゴリは違いますが、わたしはいくつかの「決めつけ」が、てめえの中に残っています。

それが発動しそうになる度に、兄貴のことを思いだして「……ちょっと待とう。考えてみよう」とするように、しようと努力……できているかなぁ?

消しきるには、10年かかるかも。10年で足りないかもしれない。

でもそのとき、ひとりの友人のことが思いだせる、というのは、きっととてつもなく素晴らしいこ……恥ずかしっ(*/ω\*) ←だいなし