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残響の足りない部屋

同人DTMとか模型庭園とかエロゲとかの日記

「ダイヤミック・デイズ」――ピーカン照りの暴投変化球

※レビュー新体制になってからのエロゲレビュー第一弾です。

レビューのポイントは、「テーマ」「雰囲気」「テキスト」の三本柱です。

もっとこの区分けの詳しいところは、こちらの記事をご覧ください

何のためにブログを書くか、2014年上半期、エロゲ編 - 残響の足りない部屋

 

●理屈押しのテキスト、目的のない掛け合い

 

ダイヤミック・デイズ(公式ページ)

 

……と書くと(上の項の名前)、けなしてるようなのですが、実は褒めているのです。まぁこのゲーム……Lump of sugar(以下角砂糖)の「非萌木原ライン」の、非常に地味~な評価を受けている、この「ダイヤミック・デイズ」という萌えゲー。

さて、レビュー記事でこういうことを書くのもどうかと思うのですが、もしあなたがこのゲームをプレイして、ひとにこのゲームの魅力をどう伝えますか?

……

…………

……どうでしょう、この「特別何かが秀でているわけでもない」感は。なのに、不思議と記憶に残るのです。

まず、「あらすじ」を、プレイしてても――いや、むしろプレイしてるからこそ、再読してみませう。

あらすじページ↓

http://www.lumpofsugar.co.jp/product/dd/story/index.php

 

「道理」

この言葉、なんか違和感ないっすか?

いや、わたしも、世の中が道理で動いていったらいーなー、って考える人間ですが、しかしだな。本編でしばしば主人公・怜(れい)君は、この道理って言葉を使いまくる印象があるのです。

それは、この主人公の周りの連中が、ことごとく「道理」に微妙にずれた行動ばっかりする問題児ばかりだから。……ということを踏まえたうえでも、この「道理」という言葉の浮きっぷりが妙に目につくのです。

そもそも普通、萌えゲーの主人公だったら、

「俺の周りは変人だらけだ~!」

とか

「ひと癖も二癖もある少女たちに巻き込まれ、俺の学園生活は――!?」

みたいな感じの導入テキストになると思うんです(このなんたる平凡臭よ!)。ところがダイヤミックの場合だったら、これが「道理」。

いや、「常識」とかだったら、まあわかるんです。真面目系主人公なのだな、と。ところが道理。何?福沢諭吉なの? って具合ですよ!

 

で、この違和感は、そのままダイヤミックの全体的な「理屈っぽい」傾向に通じます。

 

まず、このゲームをプレイして

「屁理屈が多すぎるわ!」と思ったかたは正常な感覚の持ち主です。そう、多い。屁理屈が。

しかも、まわりのヒロイン(とくに希沙。とくに希沙。とくに、希沙!)が、少し異様な理屈・少し異様な信念、少しずれた行動ばっかりするので、怜君はいつもその尻ぬぐいばっかりしています。あ、いや、尻についた白いアレをぬぐうのはもっと後の話で……(レビュアーまでどうでもいい類の話をするように!)

じゃあ、それが何か「ちゃんとした目的」のためにするのか、といったら、さにあらず。

大抵はその場の思いつきなのです。

この連中(生徒会執行部)の引き起こすなんやかやは、わりに適当に出て、適当に片づけられます。

こういう場合、主人公は傍観的な立場にあって、それで、ちょこっとしたことを行動して、ヒロインから惚れられる、というのがテンプレなんですが、ダイヤミックの場合は少々違う。

(1)まずヒロイン(とくに希沙)がドタバタする

(2)なんか失敗する

(3)予想の斜め上のスマートな解決法で怜君が解決する(笑)

(4)それでもどうにもならなかったら、かなか様が強引に潰す(笑)

 

が、日常パートにおける、ダイヤミックのノリなのです。

つまり、怜君からして、道理を説くわりには、妙なのです(笑)

この、脈絡もなければ、社会正義にも通じなければ(そのくせ社会的コネをしっかり使いまくる)、最終的な意味で「道理」にすらあんまり通じてない、その場主義の突貫工事的、ハリボテどたばた感。

そのチープさをあなたは受け入れるか……?

 

●雰囲気「ドン! タタ! タン、ドンタタ!」

 

ダイヤミックを起動したら、すぐ聞こえてくるのが、セレクト画面での、このリズムです。そっから、のーてんきなメロディーが聞こえてきます。

このメロディとリズムが、ダイヤミックの「全部!」と言いきっていい気がするのは、気のせいでしょうか。

まず、この作品は……雰囲気というものを論じるうえで、非常にやりやすいゲームです。

なぜなら、「ショッピングセンターを学園にしてしまえ!」という、これまた妙な勢いの「僕たちの学園作り」というのがテーマだからです。

学園の「雰囲気」そのものを、これから作っていく……雑用だったり、購買だったり、その他もろもろの、どちらかといえば地味な……しかしそれがあるからこそ、学園たり得る、というもろもろを、ひとつづつ、上のノリ/メソッドで問題提起され、解決していく、というのが「ダイヤミック」です。

それは、子供たちが作る「秘密基地」という感じが、もっともふさわしいです。

だから、トラブルが起こるときも、解決されるときも、どこか「子供の遊び」感覚があります。

それを気にいるかどうかで、このゲームは分かれてくるんじゃないでしょうか。

ドタバタも、屁理屈も、その場主義も、全部「秘密基地」だから、と納得出来る、子供心を忘れてないひとと、

「なんだこのB級萌えゲーは! シリアスもなければイチャラブも薄い!」と憤慨する大人心のひとと、

さあ、あなたはどちらでしょう?

 

 

……それでもときたま思うのが、これらの要素をシミュレーションゲームにしてしまったら、それはそれで面白かっただろうになー、と思うとこがあります。

これらの要素は、全部ノベルゲーの体裁(紙芝居)で、上のノリ……目的もなければ、その場主義の突貫ドタバタで、「細かいディテール」が突き詰められることなく、お話は進行していくからです。

案外、味があるのが、モブ的な「町の様子」だったりするんですよ。どことなくオサレ感ある町に、自分たちの「秘密基地」めいた学園を作っていく、というシチュ。シムシティレベルじゃなくても、いまの角砂糖の――マジチャを作った角砂糖の技術なら、出来るはず! という感じがします。

ああ、話がずれました。

ともかく、「ディテールすっぽ抜き」感覚の、こののーてんきさ。これがダイヤミックです。

本来なら、「ダイヤモンド的な輝き」(=ダイヤミック、という造語)を描こう、というゲームだったはずなんですが、それは夏の解放感(いや、別に全部夏じゃないんですが、なんか夏っぽい感じがする)なアトモスフィア……別に細かいことは考えるのよそーよ!みたいなアトモスフィアでもって、強引にこのテーマ自体も押し流されてしまった感じすらあります。

そう、このゲームは、キャラゲーであると同じくらいに、「変な雰囲気ゲー」でもあるのです。

 

●テーマ……というか希沙

 

メインヒロイン、希沙。

http://www.lumpofsugar.co.jp/product/dd/character/images/char01_bs.jpg

 

 

はい、この姿だけみたら、おお、王道ツンデレか、と御思いですね? 

幼馴染なんですよ。

おお、王道素直になれない系幼馴染か! と御思いですね?

 

……それを期待するひとは、まんまと裏切られるがいいわ!!(笑)

 

えーとね、このゲーム、以上の点とか、そしてこの希沙のこととかを知るために、体験版必須です。とくに、このゲームは希沙のためにあるようなゲームですから!

 

この世には、幼馴染スキーが集まるコミュがあって、そこのwikiなどをたまに見るわたしなんですが、まあ、この希沙というヒロインは、地味な本作に関わらず、定期的に話題にでること!

 

それだけ、変化球なんです。暴投の。

まあひとことで言えばバカ。

二言でいえば、頭が回るバカ。

 

ツン成分はみじんもないです。むしろ、怜君に自分の尻ぬぐい(性的ではなく)をいつもいつもいつもいつもさせる……困ったら「怜えも~ん」と頼ってくるようなのび太君めいたヒロインというか。

よくいわれるのが「ウザい」なんです。

が、わたしは、「まあそういうひとがいるのも理解できるかな……」としたうえで、「わたしはこいつ好きだ!」と思いました。だからこのレビュー書いてます。

 

ときに、怜君というのは、スペックが高いのです。文武両道容姿端麗、しかもコネとか裏道とか堂々と使ってしまう類の人間。

しかし融通が、なんか利かない。

それが、いつもコンビを組む希沙によって、この怜君の「閉じがち」な世界は、バーン、と開けてしまうのです。

そもそも、怜君は、生徒会に入って、この学園=秘密基地を、率先して作っていこう、とは考えてませんでした。

でも、こういうバカ(希沙)は、率先してこういうことやりたがるんですよ。

いちいち暴走する希沙の尻ぬぐい。でも奥底では知ってるんです。それが自分の楽しい役割なんだって。

役割……。

そう、怜君は、自分が「天才」だとは思ってません。むしろ天才なのは、口にこそ出さないものの、希沙のような人間だ、と思ってるフシがあります。

でも怜君は、頭がいいので(良すぎるので)、それをコンプレックスには感じません。

その上で……ここが希沙の魅力なのですが、そんな怜君を、頭で考えることなく、率直に本心から「まあいいじゃん、私のこと助けてくれるんでしょ!? 頼むよ怜!」

みたいな感じで、おもっきし頼りまくるんです。

ざっくり言ってしまえば、怜君のような人間は、西尾維新が言ったように「代替可能(ジェイルオルタナティヴ)」な類の人間であるのは、社会に出てるわたしたち(といってしまっていいのかしら)が良く知ってることですね。

こういう人間は……なにより、「自分が、自分であっていいのだ」「自分そのものを必要としてくれるなにがしか」を強く、強く求めているのです。

ようは、「特別」になりたいのです。

 

プログラマの心の健康

 

数学ガール」とか、プログラミング系の本の名著者である結城浩氏のHPで書かれてることなんですが、このページ、すごくいいんですよ……人によっては、泣いてしまうかもしれません。

で、この中の「あなたは、そのままでいいんです」

の項。

これを結城氏は「」と回答します。

 

……愛。

言葉にすればチンプですが、怜君が、唯一このゲームで求めているものは、この「特別な思い」ただひとつかもしれません。

でも、希沙は、それをさっと与えてしまいます。序盤から、さらっと。気づく間もなく、「与えられている」と、ダイヤのプレイヤーは知るのです。

この、感覚。

だからこそ、希沙は、幼馴染スキーのなかでも、特別な地位を与えられているのではないでしょうか。

 

 

……そして、そんな希沙と恋人関係になったときの、クールだった怜君の独占欲といったら、すばらしい!(笑)

やっぱり、ツンデレ主人公がデレるときは最高ですね! クール系であればよけいに!(非常に少女漫画的思考)