残響の足りない部屋

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Krik/Krak「黒い森」

Krik/Krak Official Web Site | 同人音楽サークルKrik/Krak

 

「黒い森」公式ページ

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●前書き

最高傑作。神盤。

……とだけ書いて「全て言い切った」としてもいいのですが、それではさすがにアレなので。第一どう「傑作」なのか書かないと、音楽ブログしている意味ないですし……


というわけで、あとはすべて蛇足です。この神盤を言祝ぐための理屈にすぎません。願わくば、この盤を好む全てのひとに、何か訴えるものがこの文にあれば。
そしてまだKrik/Krak芸術に触れていないひとが、この文を読んで、さっそく公式ページにある視聴音源に触れることを。

本作は、幻想系物語音楽サークル、Krik/Krakが、2009年に発表したものです。
処女作たる1stアルバムから、シングル(コンセプトep?)を挟み、発表された本作は……ダーク。

童話「ヘンゼルとグレーテル」を下敷きにし、もとの童話とは似ても似つかぬ、狂気の物語が展開されます。そこには萌えも、安易なデウス・エクス・マキナ的な大団円もなく、ひたすらに「森の中の暗黒劇」が、沈み込むように、ひたすらに。

もともとわたしは、洋楽リスナーということで(あとインストから音楽に入ったということで)歌詞をあんま読まない人間なんですが、Krik/Krakだけは別だ(あとはパティ・スミス)。特に本作のような表現は、音が言葉に目を向けさせ、言葉が音を強烈に印象づけさせる、という相乗効果が成り立っています。

それだけに、読み込めば読み込むほど、難解さが際だっていく本作で、実際自分も、この盤の「すべて」を言い表したくなる幻想に引っ張られ、こうして2014年春のM3で本作をゲットしてから、感想文(これ)まで、こんなに時期が開いてしまったのですごめんなさい。

正直、今も「すべて」を言い表せる自信はないですし、いま本作の骨子をとらえた感じがするというのも、一部なのだろう、という感じがします。
でもまあ、そんなことをいつまでもいうてても仕方がないなぁ、と思い、まずは書くことからだ、ということで、書きます。

 

Akt 1:囁く者達の言葉(問題提起)

 

語りです。
しかも2分以上ある。
カタカタと映写機サウンドがキネマらしいですね、ノスタルジィですね。そこに少女ボイスの深淵な語りが入ります。

音楽的なあれこれだけを云うのだったら、飛ばしてもいいのでしょうが、しかし世界観という点でいったら、tr2にすぐにいかないで、ゆっくり聞きましょう。

……というか、この盤は、時間をとって、部屋でゆっくり聞くことをおすすめしますね。歌詞カードをもって、一時間ばかり部屋でゆっくりと。iPodで聞くのが、あんまり似つかわしくない。ターンテーブルにのせて。

最後のほうで、幕開け的な「ぱちぱちぱち……」なSEが入ります。
なんかまるで中村一義がよくやるようなコンセプトアルバム感! しかし祝祭感がなく、この時点で「沈み込む」感があるのは、どうしたことだ!(笑)


Akt 2:黒い森(連動のSchalter《A》、彼方にて幕は閉じ)

最高のキラーチューンがここに来たーーーーっ!!
もはやこの曲の前には「音楽的に殺されろ!」としか云いようがない。

tr.1の語りが終わってから、開幕早々の挨拶代わりに、壮麗なるクワイア! そしてバンドサウンドが、ガン!ガン!ガン!とぶちかます! そこから疾走、めくるめくクワイアのコーラスワークが美しくも妖しい、そしてカッコよすぎる!

フロントで鳴るヴァイオリンの壮麗さは云うに及ばず、バックで上昇シーケンス・フレーズを展開するベースとエレピの音が煽る!煽る!

そして第一メロからして、あまりに芳醇なメロディーセンスの傑作曲。一瞬たりとてダレることがなく、ひしひしとした戦慄感を全面に押し出す。

ていうか。
この曲に関しては、過去にも書いたことがあるのですが、

Krik/Krak試論(2、後編) - 残響の足りない部屋

Krik/Krakは大判振舞で、この曲を無料公開しているのです。とりあえず、わたしがこの曲でなぜにこんだけ興奮しているか、ということは、公式ページでの音源聞いてみて、ちょっと思い知ってくださいよ、さあ、さあ!

ここの「試聴コーナー」


今、この盤を全部歌詞込みで「読んで」いったら、この曲は……ある種のテーマソングというか……ビーチ・ボーイズの「スマイル」でいうところの「英雄と悪漢」的な、アルバムの世界観を抽象的に語った曲なのだなぁ、と思えるのです。

 

スマイル

スマイル

 

 


つまりまだ、キャラは真の意味で登場していない、「テーマソング」といえるものなのです。
あー、いまこれ書いててわかった。「黒い森」読解/感想が、こんだけ力(リキ)いるのは、自分がこの作品を「スマイル」と同列の傑作だって考えているからなんですわ。
ビーチ・ボーイズ/ブライアン・ウィルソンのファンにとって、「ペット・サウンズ」や「スマイル」みたいな、全編キラー&構築性の極み、みたいなアルバムを、片手間で語りようがないように。
当然Krik/Krakを語る際において……それとおなじことが起こるわけなんです。


Akt 3:光る足跡(黒い絵本、其の壱)

聞きはじめ、この曲は好きになれそうにないなぁ……とかって、バカなことを思っていました。
先の「黒い森(連動の~)」の壮麗極まりないチューンに比して、こっちは牧歌的にはじまるものですから。緊張度落ちた? な感じで。

しっかし。
中盤以降、こちらも、前トラックとはまた違った壮麗さを演出して、卓越したメロディーセンス、アレンジセンスに打ちのめされます。

また、緊張度が低い、と書きましたが、それは第一聴目での印象であって、
緩和→緊張→盛り上げ→緩和
という構造をとっているので、ワルツ的なリズムが、だんだんと上り詰めていく螺旋のような「感じ」をももたせるのです。

 

Akt 4:魔女の家 I(台上にて少女は嘆き)

語りに続いて、透明感あふれるバラード。
最小限のバックと、折れそうな歌唱でもって。メロディが実に美しいです。

 

Akt 5:魔女の家 II(檻中のRegel、暴君は総てを蹂躙すべし)

非常に怪しい、スラヴタッチ(ロシア系?)のヴァイオリンから、ズンチャッチャ系のリズム。これもまた怪しい!
ダークな語りが導入を果たし、そこから低音の「いかにも意地悪な魔女!」なキャラの歌と、「いかにもいじめられっこ!」なキャラの歌が、回るように回るように、螺旋を描きます。

すごいミュージカルっぽい。
というか演技派。そして日本語がすごくメロディに溶けています。特にサビの歌唱を高低でユニゾンってるところなんか、コーラスワークの妙としかいいようがないです。盛り上げもいかにもミュージカルの神髄ですわ! 高めに高めるのがミュージカル!

バックのファンシーなアレンジと、それはそれは悪女な演技のvoが、シアトリカルながら、物語性ですねえ。

 

Akt 6:魔女の家 III(嚥下する獣の食卓)

ひどい歌だ(笑)
どうひどいかというと、

(1)はじめのほう、メロディが牧歌的、かつファンシーなアレンジなのに、毒のある歌詞

(2)中盤以降の、歌詞&語りのスプラッタ。アレンジもだんだん、血しぶきがこっちにまで来そうなスプラッタ様式になっていく

(3)それでありながら、スプラッタ様式の中にも、非常にバロック的な美しさを、メロディにもアレンジにも見せる。


そう、ひどい、は、誉め言葉。

あんまり理屈批評的なことをいうまい、と思っていたのですが、ここで解禁させてください。

まず、Aメロのあたりで、パッヘルベル的カノンフレーズがでてきます。これが「幸せ」を「まるで象徴しない」!
薄ら寒くなるかのように、裏切るかのように、バックでカノンフレーズが鳴る様が、逆に恐ろしい。

スプラッタ語りのあとのフレーズですが、このフレーズは前トラックで、戯画的に、ミュージカル的にでてきたフレーズなのですね。これをおもいっきり転調させ、アレンジ変えまくることにより、「組曲内でガラっと変わる!」という印象を与えます。

というか、本作では、この手の「変奏曲アレンジ」が非常に多い!
3~4つ以上? の音形をさまざまに、矢継ぎ早にアレンジ&再構築して、同じ音形でも、まるで違った様相を見せます。

この作品の物語は、「どれがほんとかわからない」というのが通低しているのですが、そもそも音からして、様々な様相を見せているのですから、そりゃ仕方ないよね、と。
むしろ、それは音が「聞き手をだましにかかっている」のではなく、「そもそも真実性がどこにあるのかわからない狂った物語」なのだから、まさに「音で描く物語」といえましょう。そう、物語音楽!

 

Akt 7:満月の墓穴(黒い絵本、其の弐)

「Akt 4」のようなアレンジ、曲調、メロですが、こちらも折れそうな歌唱ですが、隠しきれない陰鬱さがあります。にているだけに、よけいにその悲惨さが際だつというか。

星屑が舞うように、ウインドベルのアレンジから歌いあげるサビの「壊れそうな心情」はどうだ!
音が絵を描き、言葉は詩情以外の不純物を何も入れず、歌はただ悲しみをのみ。

正直、語りと歌の間に、緊張感の差が(いい意味で)ないため、どこまでが歌でどこまでが語りかわからなくなってくる奇妙な感覚を得ます。

水に沈み込むかのような土の穴……壊れそうな花……痛みはただ痛みとして……それら一切を、詩と音が描く。

 

Akt 8:黒い森の御伽話(Märchenkönigin)

はじめは、この曲、そんなにいわれているほど、すげえ曲だろうか? と思ったものでした。

しかし……この曲が、最初の「Akt 2」の次くらいに、印象深く、今は聞こえるというのが、おもしろい。

それくらい、スルメ的に聞き込んだ曲です。

表面的なメロディーの明るさ、しかし踏み込めば踏み込むほど、引き返せなくなりそうな磁力に満ちた曲。

時折の低音のノイズが、「ただ明るいだけ」ではないことを暗示する。
もちろん、それは最初の壮麗なコーラス/クワイアから、すでに現れているのだが。

「Akt 2」のサビのフレーズ(音形)が、ブリッジのところでまた転調/アレンジされて、我らのこころを鷲掴みである。

「ランラララン」という牧歌的な感じと、明らかに闇の魔物、というアレンジが奇妙に同居する。洋楽で無理にたとえたら、ニルヴァーナのような。

後半以降、それがよけいに加速していく。恐るべき高まりを見せるコーラスワークはめくるめく、そこにギターのクラシカル早弾きが合わさる。

「ポップと戦慄さの同居」って書いたら、すごいありきたりなんですけど、これを実際に聴いたら、もう身震いするしかないです。とくに後半部は。
その「世界=森」に浸りきって、ヘドバンするしかないっ!

 

Akt 9 再び、囁く者達の言葉(耳を貸すべからず)

簡単にいえば、「コーラスのリフレイン」+「語り」だけで成り立っている曲なのですが、コーラスのアレンジが何気なく非常に盛り上がるアレンジをかましてまして。
さらには、語りの、飄々としていながらも、内実は非常にシリアスなのも相まって。

「幕間」的な立場にある曲なのでしょうが、いや、実に、腹もちのずっしりする曲です。


Akt10:黒い森(連動のSchalter《Ω》此方にて幕は開く)

初期サンホラライクなミドルチューンです。シンコペーション豊か、しかしどこか沈んでいくような歌唱から、サビが一気に舞い上がるような感じに移行します。
踊るように、でもその踊りに先などないことなど知っているように。

やがてそのシンコペーションなメロ(サンホラ系ワルツ、的な)は、コーラスにまで響きわたっていきます。そこにバグパイプが混じることにより、若干のケルトフェーバーが混じります。しかし明るさは付け加えず、どこまでも「終わっていく」感をのみ。

 


あまりここでネタバレをするのも作詞家の方への不義理かな、と思うのですが、この作品が難解な理由のひとつに、「この作品の世界はループものである」というのがあり。

歌詞を追っていけば、途中で「なんかおかしいな?」と思えるのですが、物語は途中から奇妙なループ感を感じさせるようになるのです。
直線的に、「はじまり→物語→おしまい」というお話ではないのです。

ところで、残響さん、非常にループものというものが嫌いなのです。それは非常に個人的な理由(病気)によるものなのですが。
(かいつまんで説明すると、夢をよくみるのですよ、ループ系の悪夢を)

まあ正直いって、この作品にふれて「うわ、ループ系かよ」と思ってしまったことは確かです。
でも。
なぜか、Krik/Krakのループ系は、「……これはこれで、信じられるものかもな」と思いました(えらそう)。
お気に入りなメロを紡ぐユニットだから、というのもあるでしょうが、理由はそれだけではない。

 

あえて記述すれば
(1)安易な結末(安易なループ賛美)を用意していない
(2)どこまでも沈み込むような童話感覚

この圧倒的なダーク&密室感……世界が広がって「いかない」感覚、森の中の感覚、というものが、非常にいい。
そこらのループものにある「なんか作中世界を信じられない」薄っぺらさとは違って、「不確かな”森”の実在を信じられる」という感覚。

いえ、それは、ただ一言で表されるもの。
「御伽話」

 

Akt : (連動のSchalter《A-Ω》、即ち暗夜の大天幕)

ボーナストラックにしてはヘヴィ級。

何かににているな、と思ったら、サンホラ「Eltyion(フルアルバムのほう)」のラスト曲の壮大さ、かな、と。
途中のアレンジの壮大に広がっていく感じが。

でも。
ここに「明確な解決」はないのですね。
むしろこのユニット特有の「沈み込む感じ」が、ここでも遺憾なく発揮されています。盛り上げておきながら!(笑)

解決は彼方へ。幸せの形も、明確にされないまま、「さわり」だけ残して。


●総論

まずですね、音楽性以外のところでいうと、この作品、アートワークもすごいのですよ。

ぜんぶハンドメイドで作られたのではなかろか、的な歌詞カード、というかミニブック。

遊び心あふれてますねえ! しかもそれが物語と連動してるっていう。

https://lh3.googleusercontent.com/G91inN94Z0WkYh-aXeuEmOnfGbzKTnz175QoJprKpmo=w155-h207-p-no

空間恐怖症気味に描き込まれた絵の数々(その癖して奇妙な安堵感さえ与える!)。
圧迫感すら感じさせる黒一色の歌詞カードも雰囲気あります(でもちょっとルビはふってほしかったかもっす!w)

これは、このしちめんどくさい装丁を簡素化しないと、大々的に流通することは不可能だなぁ……と思いつつも、この少女吟遊詩人ユニットが「儲け」なんて考えるはずないよなぁ……そもそも儲け云々って考えたらこういう「装丁まで含んだ作品」作らないよなぁ……とぼんやり。

まあ同人とは、それでいいのでありまして。
まさに「持っていたい盤」であります。


さて。
この作品に何らかの欠点はあるか?
そっちも指摘しないとフェアじゃないなぁ、と思ったのですが……

1)もうちょっとギターが鳴り響くところではガッツリいってもいいのでは? 
2)語りが長すぎるのでは?
3)プラス、全体のバランスが悪くないか?
4)キャラの紹介とかしたらいかがでは?

というところが挙げられるのですが、以上の欠点(らしきもの)を克服した「黒い森」は、「よりよき黒い森」になるかっちゅうと、そうならない感がひしひしとするんですよ。


こう呼ばれることを、Krik/Krakのご本人たちは望んでないかもですが、ここにあるのはひとつの「混沌」なんです。正確にいえば「混沌に近い何か」。

混沌を批評したり、感想言ったりするのは、ほとんど不可能に近い。いえて、一面だけ、みたいな。

 

このCDには別名がありまして(歌詞カードに表記)

「Sandplay Therapy CD 2nd"initiation"」

箱庭療法CD 2nd「イニシエーション(通過儀礼)」ですか……これだけ残酷なマテリアル、物語を用意しておいて、それを「通過儀礼」の一言で要約してしまうセンスよ。


ああそれと、物語読解の面で、このレビューは対して役にたちませんが、今回物語について言及しきれなかったのは、最初に書いたように、まだこの物語を全部把握しきれていないからです。

いうならば、夢……悪夢を、「あのときあんなものもあったなぁ」的に思い起こしているだけのレビューというか。


そんなレビューになんか価値はあるのか? まあ確かにないかもしれませんが、この混沌……ひとつのめくるめく悪夢たる「黒い森」を、自分なりにどこかに定位させておきたかったんですね。
その試論/メモとしての、今回殴り書きでした。オソマツ。


振り返ってみれば、今作を語り尽くして、あわよくば点数をつけて、みたいなことをしたかったんです。最初は。
けれど、この物語音楽の本質が「混沌」にあると、なんとなく気づき、それからは「いいつくすことも、点数化することも、批評することも不可能だよなぁ」と思ったのです。

なのに……いや、だからこそ、この盤の存在感というのは、すごいのです。
「森」という、幻想にして混沌のみが持つパワーというか、力場。

 

 

「黒い森に飲み込まれた」
という表現が、一番近いのかもね。

 

 

過去の当ブログがKrik/Krakについて書いた文章

Krik/Krak試論(1) - 残響の足りない部屋

Krik/Krak試論(2、後編) - 残響の足りない部屋

Krik/Krak「たそがれ道化師」 - 残響の足りない部屋

Krik/Krak「Epitaph II」 - 残響の足りない部屋

Krik/Krak「リプレイ月紅レコード」 - 残響の足りない部屋

Krik/Krak「Nursery Rhymes」 - 残響の足りない部屋