残響の足りない部屋

同人DTMとか模型庭園とかエロゲとかの日記

エロゲーマー諸子百家(19)マルセルさん

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えろすけのページ

マルセルさんのサマリー ErogameScape-エロゲー批評空間-


twitterアカウント(偽トノイケダイスケ名義)@gannbattemasenn
twitter出没度 出るときは出る、出ないときは出ない。
文化趣味 ロシア文化とクラシック音楽

 

●論理長文の紡ぎ手

エロスケ内の有名人。萌えゲー中心に攻略していっては、その萌えゲーの良い点も、悪い点も、縦横無尽に解析解析! そして論理に基づいて、毎回ン万文字の超長文でもってしたためる。
幾度となく「論文かっ」と言われるそのスタイルでありますが、しかし読めば、その論文が、同時に一級のエンターテイメントとしての面白さを兼ね備えていることに誰もが気づくでしょう。論文調の言葉のわりに、使っているやたらの俗語、言葉の勢い……そして、何より、萌えに、かわいいに魂を注いだ者の、意気込み。一歩も後に引かんぞ、というばかりの意気込み。その「萌力」「萌眼力」がレビューからあふれでています。
というか、論理論説と、エンタメを融合させる、っていうマルセルさんの読み物は、残響、おなじ文章家として、多大に影響を受けた、と同時に、しばしば「すげえなぁ」「嫉妬するなぁ」と思うたものです。

 

●文章家として強くあるということ

ぼくに足りないもの……マルセルさんのレベルに達するまで、いやそのわずかでも通じようとするため、どうすればいいのかってことを考えました。
まあ、別にそこんとこを教えてくんなましー、ってことでマルセルさんと日々おつきあいしてるわけではないんですけどね。ぼく、twitterでは、Nagaleさん(次回記事)主催の「座談会」メンバー以外では、おそらくこのマルセルさんが、ぼく一番おつきあいさせていただいているというか。
なんでこんなにお話してるか、っていうと……いや単純に楽しく、また学ぶところが多いから、っていうのもあるんですが、ひとつ、「これだけはこの人を見習って、自分にセットしておきたい考えがある」というのがあるのです。

以前、ちょっとしたtwitter言説混迷の時がありまして。そのとき、ぼくとマルセルさんは、クローズドな場所でちょっと語り合ったことがあって。
そこで、マルセルさんが仰った言葉。

「自分はエロゲ評論、エロゲ語りをするにおいて、一つだけ誓ったことがありまして。それは、
「人間関係の軋轢リスクで自分が言いたいエロゲ(論)を抑制することはやめよう」
ということです」

と、仰ってくださいました。
このお言葉を聞いたのは、かれこれ半年前ですが、ぼくはこのお言葉を、半年ずっと考えてきました。

自分は……弱い人間です。すぐに意見を撤回してしまいます。それは「より強い意見」への賛意、でもありますが。ですがどこかで「争う」ことを放棄し、自分だけのぬるま湯ワールドに避難してしまう、という傾向があります。

……それでは、エロゲソーシャル言説空間で、「本当の意味で」いる意味がないのではないか。
マルセルさんの仰った「軋轢リスク」……それは、確かにこの浮き世にはあります。ありすぎるほどあります。
でも「それ」を、理由になんてしてはいけない。自分と作品との関わりは、孤独にして絶対のもの。そして……自分が作品を謳いあげるのだったら、人との軋轢などを理由にして、ビビって後ずさりする、ていうのは、それこそ……それこそオタクの恥です。

このお言葉を聞いて、なんでマルセルさんはあんなに「強く」いられるのかな、ということの、理由の一端を見たような気がします。

もちろん、強さそのものが正義ではありません。マルセルさんにしたって、その強さが、時に論争を巻き起こしたりしてますし。

でも、場が混迷していて、強くあらねばならぬとき。そこで、自分というものを屹立させなければならない。そこでは、やはり「強く」ならねば。
あるいは、まったく個人のとき……ボロボロになっていきそうなとき。エロゲとかそんなんももうどうでも、というとき。そんなときでも、この「強さのかたち」は、ぼくを導いてくれるものでした。

 

よくマルセルさんは、理屈にこだわる、というか。「そういうふうに考えると理屈にあう」「それは理屈に合わない」と、よく仰います。
彼の中では、この理屈という武器、得物が、自らの「強さ」とマッチしているのでしょう。理屈を精査することが、強さーー最終的には自分を支える強さーーにつながっていく、と。

さて、ぼくはどうだろう。
強くは、なっただろうか。いや、今日も精神が揺れて、それをなんとか安定剤で押さえて、落ち着いたときにこれを書いてるのですから、道は遠いといわざるを得ない。
得ないが……それでも、人生は続いていく。マルセルさんのように、どこか……twitter上、えろすけ上で、「論理の電子妖精」という、どこか「実在を疑わせるw」振る舞いをされていても、しかし、折りに触れて、マルセルさんもまた実人生でもがきながら生きておられる、と思うことがあるのです。その結果があの対談企画であったり。

 

ずっと、筆で萌えとエロを論理でしたためてこられた方でした。誰におもねることもなく。これからも、そうでしょう。
かつては一読者として、今は同好の志(レビュアー)として、ぼくは、この論理の人が、そのままに、エロゲをずっと楽しまれていかれたらな、と思うのです。そんで、またおもろい文章見せてくらはいw