わたくしの音楽人生の最初の4,5年に起こったこと(基本的音楽観の確立の昔話)

●最初に自分で買ったアルバムはmove「OPERATION OVERLOAD 7」

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深夜放送でmoveの「Gamble Ramble」のPVを偶然見ました。なんつーカッコのよろしい連中だ、と衝撃が走る。受験があったので「趣味のもの購入禁止令」が出ていたので、即座にCDが買えず、1カ月ばかり悶々と我慢し勉強。晴れて合格し、即座にCDを買う。「暗記するほど聞き込んだ」とは常套句ですが、これに関しては本当に暗記した。

 

●鍵ゲーとMy Little Lover「Hello,again」

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まあそりゃそうだわな、って感じでオタクになる。そしてなんとなくマイラバを聞き出す。これがあまりにKeyの「Kanon」と相性が良すぎた。特に白いカイトとハローアゲインの親和性が強烈すぎた。「音楽は情景だよ兄貴」と悟る。以降、音楽を聴く一番の楽しみが「脳内情景展開」になる。多分ここで、音質重視派にいくルートが消えた。

ユーロビートとトランス、美メロと打ち込み

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もちろんmoveの流れで。ちなみに、トランス(とくにエピック系ハウス)に関しては当時のkeyのスタッフ日記での麻枝准の音楽紹介記事も影響を受けている。、だーまえは、あの当時のサイバートランス勃興期における、エイベックスが海外トランスシーンの情勢をリアルタイムで紹介する仕事を、誠実に高く評価していた。これって結構すごくないですか。

今思うに、音楽における自分のツボ、「美メロのリフで疾走」はここで刻印されたようだ。

スピッツでバンドサウンドを知る

そんな「ヴェルファーレに行けない、一度もクラブに行ったことがないクラブ系地方学生」が、なぜかスピッツはスルっと聞けていた。ある時、「空の飛び方」収録の「ラズベリー」を聞いていて、ノリノリな低音が好みだな、と思った。その時「ベース」という楽器(の意味)を知った。バンドメン・田村の存在を知った。ロックバンド、という構成を知った。つまり、楽曲の成り立ち、というものを知った。

上海アリス幻樂団が自分の人生を根こそぎ変えてしまった

 

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忘れもしない。MIDI着メロばっかり聞いていたころ、他と明らかに違う曲があった。すぐさま公式ホムペに行って「明治17年の上海アリス」「上海紅茶館 ~Chinese tea.」を聞いた。幻想が、脳内で爆発した。東方紅魔郷をプレイした。「亡き王女の為のセプテット」でジャズと、アドリブを知った。エンディングで「紅桜 ~Eastern dream...」の美メロに震えた。そして1stアルバム「蓬莱人形」をオークションで破格の値段で落とし(妖々夢が出たばっかりで再発がなかなか見込めなかった頃でした)、以来、このアルバムが自分の人生の1番に、15年以上経った今でもいまだに君臨している。全曲暗記なんて当然である。いまだにトラック1「蓬莱伝説」の静かなイントロを聞くだけで泣く。ということで今から一緒に極東幻想の風景に泣きましょう。

 

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ASIAN KUNG-FU GENERATIONでロックに入門し、スピッツを聞きなおす

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「これ以上オタクオタクしていても、なんか先はないような気がする」と思い、オタク関連から手を引く。そして、なんとなくロックというものを聞いてみたくなった。アジカンの「ループ&ループ」の奇妙な浮遊感がかなり好みだった。そして「ロック」という文脈でスピッツを聞きなおす。どうやら「ギターが歪んでいる」ということは、ロックの命だと認識するようになる。

 

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Number Girlからオルタナティヴロックに入門

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アジカンが影響を受けているから、ということで、「School Girl Distortional Addict」を聞く。酷い音、ノイズだらけ、爆裂する演奏が上手いとは思えない。ボーカルは歌っているというより叫んでいる。ギターソロはただの電気ノイズ。暴虐。荒々しい。……だけど、「ここには何かがある。これはただ捨てていいものではない。ここに自分の可能性があるかもしれないんだ」となぜか直感的に思い、何度も聞き返す。やがて、向井の目玉が切り取った、透き通った世界であるとか、早朝のインマイヘッドなOMOIDEであるとか、冷凍都市とかが、自分のなかで「わかる」。そうしてオルタナに入っていった。

●USグランジ/オルタナ、NYパンク、シューゲイザー

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 ニルヴァーナを聞いた。そこからソニック・ユースを聞いた。そこからさらにパティ・スミステレヴィジョンを知った。アリス・イン・チェインズを聞きなおした。ナイン・インチ・ネイルズを聞いて、初めて英語の詞を自分の手で訳したいと思った。少年ナイフからラモーンズを知った。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインを知った。そして、「こういうオルタナな連中がいるなら、多分、メロディアスとポップさと轟音を兼ね備えたバンドがいるだろう」と、「理想のオルタナバンド」を勝手に想定するようになっていった。そして見つけた。この世に居た理想のオルタナ。その連中の名はピクシーズと言った。

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村上春樹和田誠のコンピレーション「ポートレイト・イン・ジャズ」を聞いて、ジャズを聴く。最初まったくジャズがわからんかった。

村上春樹を読んでいた。特にエッセイばっかり。あの人はジャズのことをよく書いていた。古いロックやレッチリのことも書いていたけど。随分熱心にジャズのことを書いていた。ちなみに、同時期に土屋賢二のエッセイも読んでいて、この人もずいぶん熱心にジャズについて書いていた。そして、上海アリス幻樂団のルーツは、まぎれもなくジャズだった。

自分は、この音楽--「ジャズ」を、知らなければいけない気がする。ということで、村上・和田コンピを聞いてみる。何がなんだかわけがわからない。メロディがない。リズム感覚がロックと違う。アドリブの意味がわからない。音が古すぎる。

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スタン・ゲッツの「move」だけは、なんか上海アリス幻樂団に通じてるような気がしてよかった。しかしよくわからない音楽だ。でも、ナンバーガールの時、「頑張って聞いて、確かに音楽世界観が深まり広がった。価値観が更新された」経験があったから、多分ジャズでもそれが起こるはずだ、と思い、頑張って聞く。そのうち、なんとなくリー・コニッツのクールジャズ系のアドリブを聞く。確かサックスとギターとのデュオと言う、ジャズの中でも激シブな音源だった。でも、その時、唐突にジャズが「わかった」。アドリブが「魂の自由」を表現しているんだ、ってわかった。リズムは横ユレのスウィング(しなけりゃ意味ないね!)、音質の悪さの中にはジャズメンの本気の息吹が眠っていると知るからこそ、音質を突き抜けて耳を澄ませて音楽の本質を聞くように努めねばダメなんだと知る(明らかに音質重視派の対極)

 

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(音質の悪さとジャズ史上最高の天才が同居している例)

●(ジャズと同時期)the Clashをなんとなく聞いてみる。そこからワールドミュージックに射程を伸ばす

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「なんだこの古臭いロックは」とクラッシュを聞く。でも頑張って「ロンドン・コーリング」と「サンディニスタ!」を聞いて、そのうち唐突に、ジョー・ストラマーに対する親愛が止まらなくなる。こいつは弱者を絶対に裏切らないぞ!と思った。

そんな奴ら、クラッシュは、音楽マニアの集まりだった。あいつらは妙にいろんな音楽を聴いてるらしい。ということで、クラッシュの作品を遡る(いわゆる「ロンドン・パンク」の代名詞の時期)とともに、レゲエ、ダブ、カリプソ、スカ、古典ロックンロール、英国トラッド/ケルト、と野放図に、世界中の音楽に手を出していく。

●以降、ジャズ、パンク/オルタナ、ワールド系、が三本柱となる。

 もうこのあたりで、自分はいつしか「全世界・全時代・全ジャンルの音楽を聴こう」と心に決めるようになる。新しい音楽や、古い音楽を聴いて、もしそこに「違和感」があるのなら、そこにこそ音楽鉱脈、可能性金脈はあるのだ!と悟るようになる。この文章だけで、その金脈を掘りあてたことは何回も書きました。

ちなみに、オタク系のものから一時期離れ、自分のオタク関連ではブランクがあるのですが、ジャズを十分に自分に染み渡らせたあたりで、上海アリス幻樂団の音楽は、見事に自分の中で復活しました。「風神少女」一発で。

それからクラシックを聴いたり(特に、精神の病みが進んでいた頃、室内楽は自分のこころを癒してくれました)、ゲーム音楽を掘ってみたり。

その一方で、なかなか「打ち込み音楽」には戻れませんでした。「ユーロビートやトランスなんて……」みたいに、黒歴史になっていたのは事実です。アニソンもこのあたりで聞けなくなっていました。まあこれだけ「ロック、ジャズ、ワールド」にズブズブだったら、それもそうか、と今になってみれば思います。ただ、もし「ユーロビートやトランス、ゲーム音楽」をそのまま掘っていれば、「打ち込み音楽」をもっともっと掘っていって、その後違った音楽観を構築していたかもしれま……いや、これはわからない。ロックに進んだからこそ、「dig(掘る)」という音楽趣味に芽生えたのですから。

ともかく、この時期……大学生半ばのころには、モダンジャズ(特にビ・バップとハード・バップ)、オルタナロック(ロンドンパンクよりもNYパンク。ノイズ志向、ポエトリーリーディングにも手を伸ばす)、ワールドミュージック(奈良のジャンゴレコードで世界中のCDを漁る日々。ほぼ毎週通い詰めてた)、という音楽史観になっていました。

……ふと思うのですが、すげぇ厄介な音楽趣味をこじらせた大学生ですネ、コレ(笑)。そこまで凝り固まらなくても、と思うのですが。とくにワールド系に関しては「純正主義」になってる面もあって。この当時からチーフタンズだアルタンだムジカーシュだ、って言っていました。大学で小泉文夫サウンドライブラリーを聞きこむっていうね。

でも、それもそれで非常に楽しかったのです。多分、あの当時に戻っても、同じことをするでしょう。自分は。本当に、音楽を骨身にまで染み渡らせていました。そんな時期が自分の人生の「青春」だった、ってことを、今頃になって(34歳)、ようやく解ったりするのです。

今も、まだ音楽の旅の途上です。聞こえているでしょうか、あの日の自分。今もまだまだ、音楽には飽きていませんよ……。