ジャンル時流に乗るのを切っちまうのと、これまで伸びまくったジャンル世界樹が今ますます爆発する34歳の話

どんな表現分野でも、表現ジャンルでも、その時代ごとに「トレンド」とか「ブーム」とか「今イケてる奴ら」とか、そこから派生して「次来るのはこいつらだッ!」っていうのがあるじゃないですか。トレンド競争っていうか●●を好きな俺スゲー的な。差異化ゲームっていうむつかしい言葉もありましたね。
自分は十代後半のあたりから音楽を聞き出して、なんだかんだで15年余り、いまだに音楽が好きなので、この文章では「音楽」で各種の例示をしますが、もちろんこれは読者の皆さんのお好きな表現分野、表現ジャンルで当てはめてみてくださいね。少なくともこの文章を読もうと思われた方は、それくらいの読み取りはできるくらいの屈託は持ってるはずだ。

●この2年くらいのシーンの大雑把すぎる概観

例えば2018~2020年あたりの音楽の超大雑把な流れとして、
・音圧競争がひと段落したかと思ったら、欧米EDMやトラップ系の超低音志向の影響を受けて、まだまだハイファイに磨き上げる方向の音作り
・ロックは「超絶技巧テクニカル」がもう通常になって、その上にまたも異種混合になっていって、ブラックミュージックのリズムとフロウの感じを歌謡曲性と矛盾しないように導入
・リスナーに対する歌詞やバンドのアティチュードの「煽り方」も「露悪自意識」一辺倒は終わった
・ボカロが古典
凛として時雨以降の変拍子バキバキプログレちっくなのは、むしろアニソンの方に伸びていったか
・シティポップとディスコ再解釈は完全に定着した。
ナンバーガールが古典
・コライトが通常になったけど、じゃあ音楽業界界隈以外で「これがコライトの典型的代表曲だッ」と言えるものってあるんかいな

参考音源としてなんとなくこれを貼ってみます


【まちカドまぞく】オープニングテーマ「町かどタンジェント」&エンディングテーマ「よいまちカンターレ」試聴動画


などなど簡単に概観してみて、まとめて簡単に言うと
「音の詰め込みや超絶技巧、普通になったよね」=「全体的に今の音楽、難しいのが当たり前になった」
→「だからカウンターとして時代の雰囲気をうまく取り込みつつのシンプルなリフ重視歌謡ロックが出てきてる」

っていう風に「自分には」みえています。このあたり概観な上に、偏見的な音楽史観によるものなので、ツッコミ大歓迎。とくにメタルのオリエンタル和要素の取り入れっていうのはGYZEの4thあたりで、ほーうなるほどそっちに進んでいってるなぁ、というのは把握していますが、まだバリエーションを追いきれていなくて。

で、自分はこのちょっと前の超絶技巧派(UNISON SQUARE GARDENを想像してみてください)の方向も、2020年のカウンター的シンプル派(ザ・リーサルウェポンズを想像してみてください)の、どっち側に着くんだ、って話ですが……


UNISON SQUARE GARDEN「Phantom Joke」ショートver.


ザ・リーサルウェポンズ『プータロー』 THE LETHAL WEAPONS - Pooh The Law [EngSub]

はっきり言いまして「その、どっち?! っていう図式そのものに乗りたくない」っていうのがあります。ユニゾンもポンズもどちらも今自分はヘビロテしています。ポンズの「E.P.」は聴けば聞くほどハマりが激しいですし、ユニゾンが先日発表した8thなんて、音楽性の情報がほとんどないにも関わらず、今から「これが出るまでしねん!」と思っていますよ

●時流(シーンのトレンド)のへの意識、そして斬鉄剣

例えばビリー・アイリッシュがどうこうとか、King Gnuがどうこうとか、ヒゲダンがどうこうとか、ミュージシャン個別の「音楽解釈」については、やはり聞き込んで、自分の中で「なるほど」と思いたいです。というわけでこれからKing Gnuの「CEREMONY」をPCにインポートしたので聞くわけなんです。そのチョイスの理由ですが、「うーん、【飛行艇】のリフはイケてますよ」「勢喜遊のドラムのグルーヴのドタドタさってやっぱ独特ですよ」ってあたりの小さいものですが、そういう小さいきっかけを大事にしていきたいと思っています。


King Gnu - 飛行艇


その一方でいわゆる「時代のアイコン」みたいな、時流ありき、トレンドありきの聞き方っていうのを、もう本当に「切っていいや」と確信してしまったというのがあります。

なぜ時流を切っていいや、と思えるようになったかというと、まぁそんだけ歳を重ねてしまったんですね。とくに自分の音楽の聴き方が、かなり「時代を遡って、その時代の総体を想像しながら」の聴き方だったんですね。5~60年代のハードバップ、モード系のジャズ(そして70年代のフュージョン以降で分裂)というのとか、80年代のニューウェイブに対する「オルタナ」勃興、とか。NRG系、ユーロビートの日本歌謡融合からトランスに移る過程とか、まあそういう風に「時代を概観しながら聞いてきた」というのはあります。

だから今、の時代においても「時流(シーンのトレンド)」をある程度は意識していました。少なくとも、トレンドに浮かんだからといって、「ただそれだけで嫌ッ!」というあまりに‌スカンピンな脆弱な理由で、自分の音楽の可能性を封じたくなかったですし、老害にもなりたくはなかった。
で、その結果、努力してシーンを多少は見よう、としましたが……その「シーン概観」単位では、自分としては実りの率が少なかった、と言わざるを得なく。

自分のやり方がマズい、っていうのはあるんですよ。
「あ、このバンドいい!」→「仲良しのこのバンドもいいっ!」→「うわ、そうかと思ってたらこんなところにもマブいバンドが!」→「このシーン最高ッッ!」
っていうのが健全で自然な流れです。「そういう流れ」が自分のなかで自然に起こらない限り、やっぱそれは無理してるんですよ。
実際、自分が知ってる音楽ファンでも、
「ここしばらく新しいミュージシャン発掘していないな……」→「なんとなく最近のとあるバンドを聞いてみる」→「ウォーッ!ウォーッ!うぉーーーっ!(再燃)」
っていうパターンをよく見るようになりました。

おお、自分も最近の音楽についていけないようになったオッサンになったか、と思うのですが、どうなのだろう?ちょっとそれを断じるにはまだ早いような気がする。なぜなら、


●自分のこれまでの音楽世界樹の爆発に忙しい

なぜなら、

  • 「これまで聞いてきたバンドのソロプロジェクトとか、新作とか、過去ライブ音源とかをさらに味わうので忙しい(自分はユニゾン(田渕ケバブス&斎藤さんXIIXや、ナンバガ向井秀徳田渕ひさ子、がそのパターン)」
  • 「最近ハマったバンドが影響を受けていて、自分がこれまであんまり手を出してこなかった音楽を遡るので忙しい(リーサルウェポンズが影響を受けた80sサウンドとか)」
  • 「日本・アメリカ・イギリス以外の、自分がこれまで聞いてこなかった新しい国の言葉を覚えながら、その国のシーンを概観するので忙しい(改めて言うのもなんですけどアイスランドエレクトロニカ系フォークバンドシーンって「夢幻そのもの」ですよね。あとインドネシアやマレーシアのシティポップ/ローファイドリームポップとか、いろんな意味で「未成熟な洗練、都会への幻想」ってまさに今を生きる憧憬ミュージックじゃないすか……)
  • 「自分にとって【新しい】音源デバイスから見えてくる世界を追うので忙しい(カセットテープの話だよっ!)」
  • 「作曲家のメソッド論や、ミュージシャンの機材話から、【こういう音の奴らいるのか!】【こういう考えの奴いるのか!】を追うので忙しい」
  • 「当然、これまで溜めこんできた音源を聞き返し新しい発見を見るのでも忙しい」
  • 「そもそも同人自作曲の作曲・編曲の時点で忙しい」

アーッこりゃ確かに国内や英米の新しいシーンに本腰入れるばかりなことは出来ないゾーッ、と。
つまり、これまでは「若さゆえに、今を知らなかった」というのがありましたが、ある程度歳を重ねて「これまで」の音楽世界樹の幹や枝がどんどん伸びてきて。そして他のいろんな国・過去の時代の音楽世界樹も視ようとしていて。その上で自作曲の創作までしようとして。これまでの蓄積が、どんどん爆発していってる。そりゃ「今(時流)の流行歌」にまで手を伸ばせない、っていう話です。

じゃあ「これまでの音楽世界樹」をあっさり見限って捨てるか、っていうとんでもない話にどうして耳を傾けることが出来るでしょうか。そんなの小理屈にすぎませんよ。そんな安い音楽人生を送ってきてないぞ。

ていうかこれ、アレですね。贅沢な話ですね。すでに自分は豊穣に実り育った音楽世界樹を所有してるっていうのに、まだ新しい何か、見知らぬ何かを見たい、って願っていて。しかも音楽世界樹から得られる滋養は年々ますます爆発してる。贅沢すぎる。暇してる場合じゃねえ。

だから、いまこの自分の音楽世界樹の爆発に身をゆだねるだけでいいかな、っていうのはあります。それが自然な結論。少なくとも上記「あ、あのバンドもこのバンドもいいっ!→シーン最高っ!」の図式のように、「うひょーっ、この国のアレおもろい、昔のこの音源これおもろい!」っていうのが、自分は上記の項目列挙のように、いろいろあります。「時流」をいつしか自然にオミットするほど。
つまり、日本・米国・英国の流行歌は、多分今のまんまでも、まあ自然に、いつかは入ってくるだろう、っていう据え置き感ですね。米津玄師も自分の中に、6,7年くらい遅れましたが、しかし入りつつあります。面白みを少しわかるようになってきた、というか。米津さん。
そんなわけで、相対的に「時流(トレンド)」の重みが自分の中で薄れて、弱くなっていった。そして、以前はコンプレックスだった時流の追い切れなさも(ほら、ビレバンでのPOPにちょっと忸怩たる思いをするアレです)、自然と「切る」ことが出来た次第です。

それよりもやっぱり「知らない国、知らない心象風景」の方が、自分にとって重きがあるんですね。他人が「えーっ、まだ2020年に来る、コレを知らないの~っ?」って差異化ゲームで煽ってきたとしても、冷静に考えれば、だいたいそういう手合いは1940年代のチャーリー・パーカーのノイズだらけの音源(天をハイスピードで駆けるペガサスのような天才)を出せば蜘蛛の子を散らしてピャーッと逃げる雑魚だというのは論じるまでもなく明白ですし。はっきり言いましょう2020年に来るソレをしらないよ。しらないから選り好みも、拙速な判断もしないよ。君ら「教えたい」のか「マウント取りたい」のかどっちかにしてくれよ。そんで「教えたい」のだとしたら、明らかに手法間違ってんからなKIDS、ってな話ですよ。

最近「考現学」というジャンルに目を向けるようになりました。路上の標識とか、道路の様相であるとか、「当時よくあった、普通のイラスト」であるとか、そういう「近いむかしの、みんなが見向きもしないささやかな現実アイテム」をやたら楽しみたがる、っていうジャンルです。Vaporwaveと近い。
つまり「楽しみたがろう」と思うその気持ちが、やたら「音素材」に向いていれば、そこで音楽趣味は成立する、って話です。すごい大雑把すぎる括りですが、まあいいじゃないですか。我々の何らかの達成であったり、時代であったりも、いずれ消え失せます。でも今日、音楽を聴いてなかなか良い感じになって、自分で納得いく音楽史観で、音楽世界樹を伸ばすことが出来たら、それでいいじゃないですか。自己満足こそが趣味の王道です。そしてそれ以外の王道はありません。

まあここまでお話しても、やっぱりKIDSからは自分は、老害おっさんということになるのかなぁ。グフフそれならばおっさんの音楽的手練手管のウネウネにいつしか飲み込まれるのがKIDSよグフフ! シーンの移り変わりと、幾多の「またかよ」をこっちは味わってきてなお、強靭に鍛えられた音楽世界樹よ。
あなたの知らない世界へ、光へ輝く世界へ!(人間椅子っていう50歳代のEUツアー大成功させた70年代風ハードロック/プログレバンドをロールモデルとしています)


【EU TOUR 2020】NINGEN ISU/ Heartless Scat (The Underworld Camden)