残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

らき☆すたSS

第一話(3)

「やあかがみちゃん。……というかこなたの嫁なんだからどう呼べばいいのか……」
「いやお父さんそう率直に言われても……」
「そうですよ……」
こなたとかがみは顔を真っ赤にしていた。数日後の休日、かがみは一人で泉家に来ていた。
「あ、そうか、オレは『お義父さん』になるのか。だとしたら柊さんにも挨拶を……」
「いやいや今はいいから、それよりかがみが話があって」
「そうなの? 珍しいねかがみちゃんがオレに話って」
「んじゃ私はこれで~」こなたは部屋を出ていく。
そうじろうとかがみは面と向かった形で座り合う。
「え、こなた行っちゃうの? 二人きり? どういうシチュ?」
「おじさん、実は……」
「んーと、かがみちゃんだからな、ひょっとしてこれはアレか、オレもいよいよ『娘さんをください!』って言われるようになったのか? いやかがみちゃんだからOK出してるが、ちょっと心の準備が……」
「いや違いますから」
「あれ、そなの? じゃあどういうことだろう?」
かがみは緊張しながら話し出した。
「『記憶の固執』読みました」
何といっても、現役作家――しかも作品が滅茶苦茶面白かった――を目の前にして、こうして話をするのははじめてである。本読みであるがゆえに、その緊張度合は相当なものである。今までは「こなたのお父さん」で「オタク」だったが、今となっては違う。
「へえ、読んでくれたんだ!」
そうじろうはとても嬉しそうに破顔して語りかける。
「ひょっとして、その感想を言うために?」
「はい」
「聞かせてくんない?」
かがみは、この小説を読んで思ったこと、感じたこと、知ったこと、のめり込んだこと、感動したことすべてをそうじろうに話した。そうじろうは時に興味深そうに、時に驚きをもって、そして終始優しげな顔でそれを聞き続けた。
「いや、そう言ってもらえると書いた甲斐があるってもんだよ。ありがとう」
「どうしてこういった本を書こうと思ったんですか?」
「引きこもってエロゲをする生活を正当化するためさ!」
かがみはちょっと引いた。
「いや冗談冗談。まぁ真面目な話をすると……作者がネタばらしみたいなのはご法度なんだけど、この際だからいいかな。かがみちゃんも聞きたがっているわけだし。あのさ、ああいう世界の状況に立たされたら、何が出来ると思う?」
「何が……ですか?」
「ほとんど何も出来ないんだとオレは思う。情報化は進み、人間が考えることは考え尽くされ、やることはやり尽くされてる。その結果としてのあの未来……ある種の頭のいい人間は、引きこもり――この言葉がアレなら、『隠者生活』に入ったっておかしくないんじゃないかな?」
「そうかも……しれません」かがみは考える。「引きこもりって言葉を全面に出してきたから否定的に見てしまいがちですけど、その逆に『何か出来る』って言葉にするのは簡単ですけど、『本当に』するのって難しいと思います」
「それってさ、今現在の世の中と何が違う?」
「あ……」かがみは言葉を失った。
「誰か特定の個人のことを言ってるんじゃないけどさ」そうじろうはゆっくりと息をつき話し続ける。「難しい言葉を使えば、社会のポストモダン的煮詰まり、ってやつだね。『世界を変える』なんてのはハリウッドの戯言になってしまった世界だよ。……そうまで話を大きくしなくても、人と人、一個人と集団が交わっていくのでさえ難しい世の中だ。何かをする、ってのはほんと大きなことなんだよ」
「だから、あの主人公は世界に対して『ちょっとしたこと』をしたんですね?」
「それぐらいしかできない。ほんのちょっと。世界の中のゴミ。でも、出来たら大したもんだ。何もせずに能書き垂れる連中よかずっと」
「でもあの主人公も、結構雄弁家というか、理屈をこねてましたけど」かがみははにかんで言う。
「またある種の人間にとっては、それが推進力になるんだよ」そうじろうも微笑む。
そして、そうじろうは中空を見つめてかがみに話しかける。
「で、だ」
「はい?」
「オレは何かが出来たかな? って考えるわけだよ」
かがみはさっき以上に言葉に詰まった。こなたから「お父さんは実は頭がいい」と聞かされていたが、作家だからそれ相応なんだろうな、とは思っていたが、この自己懐疑をずっと抱えながらこの小説を書き続けていたのか、と考えると、背筋がぞっとした。ああ、本当にこの人は頭がいいんだ。
「まあ、かがみちゃんだから話してもいいかな。ちょっと込み入った話」
「え……と」
「あ、嫌だったらいいんだけど」
「いえ、そんなことはありません!」
「悪いね。……オレは、これを書きながら……いや、他の小説でもあったことなんだけど、『何かが出来たか』っていう点を考えると、この小説は、かなたのことを考えながら書いたと思う」
「お母さん……ですか?」
「一度さ、オレあいつに叱られたことあるんだよ。『オレお前になにかしてあげられてるかな』って。そしたらあいつどんな感じで言ったと思う?」
こなたが時折話してくれるかなたの姿を思い浮かべて、かがみは答えた。
「優しく諭されたんじゃないんですか?」
「逆逆。すっげー怒られた。漫画的表現が許されるなら、後ろに炎が燃えてたね。『そういうこと言うそう君は嫌いよ』って。ああいうかなたは後にも先にもオレくらいしか見たことないんじゃないかな~」
「そんなに怒られたんですか」
「うん。マジ怖かった。で、オレも馬鹿な質問してしまった、って思ったよ。そういうこと聞くくらいなら、自信持って何も言わずに当人を幸せにしてやるってのが筋だ、ってね。別にかなたはオレにそうするべきだ、とか言っていたんじゃない。ましてや憐れみとか施しが欲しかったわけじゃない。自分の身体が弱い分、あいつはそういうのすっごい嫌うから。……ええと、オレの言ってること分かるかな」
「……ちょっと難しいです」
「かもね。けど、いつかわかると思うよ。恋愛するって、そういうことだから。一度愛すると決めたら手前の責任もって愛し尽くすこと。別に恋愛するにあたってルールなんてないけど、それでも覚悟ってもんは決まってくる」
かがみは、自分に置き換えて考えてみた。そこまでの覚悟が出来ているだろうか、と。そうじろうの前というのを忘れて、自己の思考に入りかけてしまった。
「ま、頭で考えたってわかるもんじゃないけど、小説にしたらその『行動』――『何かする』ってことの意義は伝えられると思う。実際、かがみちゃんには伝わったわけだし」
でもなぁ、と言って、そうじろうは嘆息した。
こなたが生まれて、さあこれからだ、って時にかなたは死んじまったよ。やっぱりこうなると、『オレかなたに何かしてあげられたんだろうか』って思ったよ。今でも思ってる。あいつが見てたら怒るだろうけど、オレは思わないわけにはいかないんだ。矛盾してるだろ? ……『何かする』って、息したり飯くったりするようには簡単にはいかないんだ」
何か、とても悲しいものをかがみは感じた。あれだけ本を読んでいても、この感情を言葉に変換することが出来なかった。思いあがりかもしれないけれど、目の前のそうじろうという男性とこの悲しみを共有しているような気がしていた。だから、自然と次のような言葉が出た。
「よかったら、お父さんとお母さんのお話を聞かせていただけませんか?」
「え?」
「どんな二人だったんだろう、って思えてきちゃって……あ、すいません、お話ししたくないことでしたら……」
そうじろうは、一瞬何かを見透かしたような優しい目をして、
「……超ノロけるけど、OK?」
「あ、はい! ……ちなみに、ええと、どれだけ……」
「まずかなたがいかに愛らしく最萌で素晴らしいキャラだということから話をはじめないといけないな……」
これは長くなりそうだ、とかがみは思った。

(第一話おしまい・第二話に続く)