残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

らき☆すたSS

第二話(1)

そうじろうとかなたは高校時代から付き合い始め、数々の武勇伝(主にそうじろうのかなたに対する無茶振り)を残し、やがて大学進学のため上京した。しばらく経って、
「やっぱ恋人っていったら同棲だよな同棲! オレらももうそのレベルだろ!」
とそうじろうが言いだし、双方の両親に許諾を得て同棲することとなった。
「相変わらず強引というかマイペースね……」
と振り回されるかなたであったが、しかしそれを楽しく、嬉しく思っていることも事実なのであった。
確かにあの告白はなかった。それを知る人は皆ドン引いていた。が、昔から表立っては出せなかった自分のそうじろうに対する思いを、そうじろうの側から言ってくれた。そうじろうは確かに無茶振りをするが、かなたが嫌がることは一度もしたことがない。いつも自分の思いをくみ取ってくれる。昔から。ずっと、昔から。
だから今回の同棲発案も、かなたが望んでいたことだったのだ。もちろんいつもながらのそうじろうの暴走であったが、そうなったらいいな、と夢見ていたことも事実。
というわけで学生時代からそうじろうとかなたは同棲することになった。しかし双方の両親からの条件がひとつ。学費等最低限の仕送りはするが、同棲する、つまり一個人として生きるのであれば、それ以上は自分で稼げ、と。かなたはそれを聞いて不安になったが、そうじろうは「そりゃ当然」と動じなかった。
はじめそうじろうは開いている時間を塾講師や通訳や翻訳の下請けなどのバイトをこなして生活費を稼いだ。それだけそうじろうは頭が良い早熟さだった。
実際、高校時代からかなたが優等生だったのに対し、そうじろうは規律を平然と無視するが抜群の秀才であった。こつこつ勉強するタイプのかなたに対してそうじろうは、さらっと範囲をさらっただけで高得点を出してしまう。かなたはそれを見てすごいと思いつつも、
「もっとまじめに努力したらどうなの、そう君」
「えーいいじゃん結果出してるんだし。最低限で最大の効率を出す。それも何のためだかわかるか?」
「ええと……遊ぶため?」
「『お前と』遊ぶためだよ」
「……そ、そう言ってくれるのは嬉しい……だけどやっぱり真面目に勉強しましょう! このままじゃそう君がもっと駄目人間になるわ!」
「ちぇー。だったらやるかー。……ていうかさらっとひどいこと言ってなかった?」
そして真面目にやったら、あっさり学年トップをかっさらってしまった。ついでにそうじろうに勉強のコツ(というか手抜きの仕方)を教えてもらったかなたももとから良かった成績がさらに上がった。そういうことをしていたら、段々とそうじろうの無茶を咎める人も少なくなってきた。
「いちゃいちゃするために勉強をしておくのか。ひとつの処世術だな」
「違うと思うけど……」
「まーいいじゃん、じゃ遊びにいこーぜ!」

……………………………………

というわけで大学にも推薦で二人ともさらっと合格(受験勉強なんて不毛なことする暇があったらいちゃいちゃする! がそうじろうの口癖であった)、大学でも、周りが単位修得にあくせくする中、この二人は難なくこなしていた。そしてそうじろうは上記のバイトに加え、単位が厳しい友人たちのヘルプをこなし、見返りとしてさらに稼いでいた。
もちろんかなたも成績が悪いわけではない。そうじろうが良すぎるのだ。しかしかなたは、そうじろうのようなバイタリティはなかった。体力的に。だからせめてもと思って、同棲生活ではかいがいしく家事全般をこなすようになった。
「ありがたいけど、あんま無茶すんなよー」
無茶してるのはどっちなの、とかなたは問いたくなった。自分があまり動けない分、そうじろうに負担をかけているのは承知していた。が、それを言い出したら、そうじろうの努力を無碍にすることがわかるくらい、かなたもまた頭がよかった。きっと、出来ることをお互いすればいいんだろうな、そういう共通認識が二人の中にはあった。だから生活が爛れることはなかった……はずなのだが、
「またそう君エッチな薄い本をたくさん買って……」
「違う、これは資料! 小説書きのための資料! 信じて!」
相変わらずそうじろうはそうじろうであった。つまりオタであった。ある程度生活に余裕が出たら、そうじろうは平然とオタ趣味を再開しだした。いや、生活が軌道に乗る前からそこそこやっていた節がある。早朝そうじろうがパソコンに向かっていて、仕事をしているのかと思ったら、エロゲであった、ということは数知れない。また、時間の合間を縫って同人誌即売会に行ったり、アニメを撮りためて延々見たり、と。わりとかなたは呆れていた。

……………………………………

そして、そうじろうはそんな公私ともに多忙を極めるなか、小説を書いていたのだ。これは、そうじろうの昔からの夢であった。かなたはその夢をそうじろうから熱っぽく聞かされていた。
先にも述べたように、そうじろうは塾講師・通訳・翻訳の下請けなどのバイトをこなしていたが、そうじろうの文芸・言語におけるセンスは、他の分野にも増して優れているものであった。……というより、子供のころから、かなたはそうじろうの作り話をとても楽しく聞いていた。あんまりにもそれが普通だったので、他の友達がそういう「話し手」を持っていない、ということに愕然としたくらいだった。もっともらしいホラをつくときもあれば、奇想天外な話をすることもあった。そして、そうじろうもかなたも本を読むことが好きだった。そういう話ならずーっと、延々とすることが出来た。
だから、そうじろうが高校時代になって、「オレは作家になる!」と聞かされたときも、きっとなるんだろうな、と自然に理解できた。そしてかなたは、昔そうじろうに聞かされた話を聞くかのように、そうじろうの小説の第一の読者となった。
そうじろうの小説は、本当に面白かった。書きはじめた当初から面白かった。そうじろう自身がさまざまなジャンルの表現に触れてきたからだろう、時に文芸性の香り高いものを読ませられれば、時に痛快活劇を読まされる。万華鏡のように、それはめくるめく世界だった。
それで、学生時代から同人誌を出してとりあえずの評価を見てみたところ、これがあまりパッとしなかった。いくら内容がよくても、やはりキャッチ―な絵のようなものがないと衆目を惹かないのが創作同人界の常である。さすがにそうじろうもかなたも少々の落胆をした。自分の作品の出来にはある程度の自信を持っていただけに。
「うーん……」
「大丈夫よそう君、ちゃんといつか、面白いって言ってくれる人が来るから。私が面白いって思っているんだもの」
「うん、それは分かってる。けど、この業界、厳しいのはある程度経験則で分かってはいたんだが……やっぱなぁ」
「そう君……」
「ま、悩んでいる暇があったら次のを書くか」
ただ、そうじろうは諦めなかった。次々とストックを増やしていった。絵描きなどと組んで同人誌を作れば話はもっと上手くいったのかもしれないが、そうじろうは自分の力だけでやりたかった。それで、自分の力を試したかった。かなたにとっては、それも心配のひとつの種であった。あまり自己を追い詰めてはいないかと。作家稼業が厳しいということは知っている。でも、夢を諦めてほしくはなかった。それだけは願い続けた。
ところが、大学生活も終わりにさしかかった頃、そうじろうはとある文芸賞に入賞し、学生作家としてかなりあっさりデビューしてしまった。それまでのわりに鬱屈していたことを思えば、破格といってもよかった。
「お、おい、賞とっちゃったよ、オレ作家だよ、どうしよう?」
「よかった! ほんとによかった……! ……っていうか、どうしようも何もないじゃないですか、昔からなりたがっていたものを」
「いやそうなんだけどさ、いざなってみるとこう、なんつーか、マジで? みたいな気分?」
しっかりしてください。これから受賞式なんでしょ? 自信持って、いつものそう君みたいに」
「お、おお、そうか? そうだよな、うん、よし!」
その後、そうじろうは各種のバイトを止め、執筆に専念することとなった。大学の単位はあらかた取ってしまってあったので、彼はひたすらそれに専念できた。……というより、専念せざるを得なかった。何しろ、生計を立てていかなければならない。まだ学生だから下宿住まいの家賃を両親が出してくれてはいるが、これからはそうもいかなくなってくる。何よりもかなたのためであった。そうじろうは内心、かなたに無茶をさせることだけはすまいといつも思っていた。それはかなたの身体の弱さによるものであった。惚れたからには、オレが守らなくちゃどうするよ、それがそうじろうの思いであった。
なので、そうじろうは舞い込んでくる依頼を片っ端から書きまくっていた。純文学が彼の最もやりたい分野であった。そうじろうはやはり文学青年であり、その熱は常に身体の中にあった。が、それだけでは食っていけない。新人のぽっと出の純文学オンリーの作家など、安定性に欠けること極まりない。だからそうじろうは何でも書いた。同人時代に書いたストックをあらかた放出したら、その次にすぐ他のものを書いた。一般向けエンターテイメント、ライトノベル、SF、ミステリ、ファンタジー、今まで吸収してきた様々なジャンルのものを徹底的に書きまくった。それはかなたを心配させるほどであった。
「無理しちゃ駄目よ、もう三日徹夜じゃない……」
「あと少し、もうちょっと書けば仕上がりだから……そしたら思う存分いちゃいちゃするぞー」うつらうつらした顔でそうじろうは言う。そうじろうの無茶は相当なものであった。それは、ここで書いておかなければ干されるといった思いがあったからだった。
「……はい」
「あれ、何かいつもと反応違くない? いつもだったら恥ずかしがるとこじゃん」
「そう君が望むなら……それに、わたしも……その……いちゃいちゃ……したいから……」きまり悪そうに、それでいて顔を真っ赤にしてかなたは言った。
「……しゃーっ!」
「きゃっ」突然の咆哮にかなたは驚いた。
「一時間待ってろ、そしたら超絶いちゃラブタイムだ! おらー!」猛烈な勢いでキーボードを打鍵していくそうじろう。
「む、無理しないでね」
「せずにいられるかホトトギス!」
ああ、何かよくわからないけど火をつけてしまった……かなたは思うのであった。