残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

らき☆すたSS

第三話(1)

「で、それからオレとかなたは即座に金沢の実家にGOだったね。いや、あの実行力はすごかった。そしてアレよ、『お嬢さんをオレにください!』言ったね! いきなりの来襲に面食らってたようだけど、もう周知の事実だったし。そしてサクサクと結婚にこぎつけた。……うん、相変わらずかなたを振り回してばっかだったけど、笑ってたからいいのかな」
長い語りを終えて、そうじろうは後ろに手をつき、リラックスした体勢をとる。かがみに向かって、残りを語り添える。
「結婚式のことを言ってもいいんだけど、長くなるしね。まあというわけでオレとかなたは夫婦となった。んで、この家を買った。ローン組んでね。家族が増えるだろうし、ってことでかなたもすんなり納得。それでこの町に越してきたってわけさ。なかなかいい立地だったんじゃないか? オレも仕事がやりやすくなったし。都会のど真ん中より静かだし、都心に出ていこうと思えばすぐだし。かなたも、ごちゃごちゃしたとこよりは静かなとこの方が好きだったしね。……ま、物書きの収入なんてタカが知れてるけど、ローンさっさと返済してしまいたかったから、結構がんばった。オレだって仕事してるんだよ?」
そうじろうとかがみはそれを聞いて笑った。
「何だかんだでコンスタントに作品出してたのがきいたのかな、こなたが生まれるころにはある程度そういった細々としたことは消えていたよ。いや、こなたが生まれたときは嬉しかったね。オレも、かなたも。一生でトップだな、うん。ベストだ。なのに……」
かがみは、その後の言葉を知っていた。だから、しばらくの沈黙が続いた。何が言えるのだろう? 慰め? そんなことは何の足しにもならないことは言わなくてもわかる。だから、かがみは口をつむぐ。あるいはそれは、黙祷のそれだったのかもしれない。
「ふっと消えいるように病気でかなたは死んじゃってさ」
そうじろうはぽつぽつと話し出す。
「おい、何だよ、っていうか、ふざけんな以上に、わけわかんねえ、と言った感じ……なんでかなたが、よりにもよってかなたが死ななけりゃならないんだ、って。死ぬべき人間、死んだ方がいい人間なんてこの世にはいないけど、死すべき運命、なんてどっかの誰かが設定したのだとしたら、オレはそいつをぶっ殺したい。でも、とにかく、……なあ、かなたは……死んじゃったんだよ」
そうじろうは目をつぶって、何かを耐えるようにして語る。
「白状すれば、真っ白になって、もうどうにでもなーれ〜、っていうか……いやもっとひどく、無茶苦茶な精神状態になった。……うん、これ以上はかがみちゃんには聞かせられない。こなたにもね。あの時のオレの自棄っぷりは」
「そこから、どうやって……」
「自分の頑張り、ではないな。こなたが頑張らせてくれた、って言った方が適切だと思う。……残ったからにはさ、こなたをまっとうに育てなくちゃ、ってのが、かなたとの約束になったんだよ。これはもう確定的に。何しろオレもこなたが生まれた時からかわいがっていたけど、かなただってそれは同じだった。そんな娘を、ちゃんと育てるまでは……少なくとも、自棄になってる暇はないな、って、無理やり振り切った……振り切れちゃいないけどね。振り切れるわけなんてないさ。きっと墓に入るまで、何だかんだで引きずっていくと思う。人の死を抱えるってそういうことだから。だから、かがみちゃんのお父さんお母さんなんて、オレのような奴をたくさん引き受けているんだから、大変だと思うよ。神職ってのはね。別にオレもただの巫女さん萌えってわけじゃないさ……ホントだぞ?」
「にしてはこなたから話聞いた時は直球でそれ目的で神社参拝だったようですけど」恐縮して、そのように話をずらすかがみ。
「あれは眼福だった」
「やっぱり巫女萌えに尽きるんじゃないですか」
「……しまった、ここで大人の知性を見せるチャンスだったのに! 嫁の義父に対する評価を上げておくチャンスだったのに! オチつけるんじゃなかった!」
「もうボロボロですよ」
「まあそれはともかくだ」むりやり話を展開させるそうじろう。「こなたが生まれて、男やもめで、親はオレ一人。じゃどーやって育てていくか……って考えたとき、どーにもいいやり方が思いつかない。おしめを替えたり哺乳瓶与えてるうちはまだいいさ。人格が出来てきて、どうしたって「母の不在」を知ることになる。不思議に思い、理不尽に思うようになる。……そこで、寂しくさせたくなかったんだ。これは親としての感覚だけど、そういう娘を見るって想像するだけでひやっと背筋を凍らせるものがある。でもどーすれば寂しくさせずにすむか……って考えて、じゃあ一緒に楽しむことをしようじゃないか、って思った。ていうかそれしかなかった」
「で、オタクとしての英才教育を」
「なかなか楽しかった。こういう機会はめったにないし。しかも実の娘だぜ?」
「堂々と言われても困ります……」
「あはは。ま、かなたもそこは案じていたとこだったけどね。けど、オレにはこの方法しかなかったよ。オレが楽しんでなけりゃこなたも楽しめない。これは自然の道理だ。嫌がるようだったら止めるつもりだったけど、思いのほかすんなり順応したからな。子供の順応性なのか、それとも才能なのか。オレとしては後者を取りたいけど」
「普通は前者をとると思います」
「オタクとは不可思議な生き物なのだよ」
「はい、お二人を見てるとわかります」
「OH、さすがにこなたから聞いているようにツンデレ特急」
「あいつどんな伝え方してるんですか!」
「まあいいじゃんオレもこなたも萌えるんだし」
「あんまり褒め言葉になってません!」
「ううむツン度が上がってきたな、どこでフラグを回収してデレに以降させるか……」
「そんなこと言ってるうちは無理です! それに私ツンデレじゃありません!」
「どんな人種であれ誰だってはじめのころはそう言うもんだよ、これ人生の特色ね」
「違うったら違います!」
ああ、こなたの父親だ、とかがみは改めて思った。一度言いだしたら話が通じないところ。でも……。
「一度言いだしたら、猛烈な熱意でやる、ってことなのかしらね……」
「ん?」
「何でもありません。それより、話が猛烈な勢いでずれたような……」
「ずれてはいない。これもオレの本質さ」そうじろうはあっけらかんとした口調で言う。「オレはオレでしか生きる他ないのさ。かなたもこなたもそこは了承済み」
一瞬、呆れてしまった。でもその次に、冷静に考えたら、そうじろうが、重い話題の泥沼にはまり込んでしまう前に、話をずらしたのだ、と悟ることができた。やはりこの人は何だかんだ言って頭がよく、大人で、いい人なのだ、と思った。言動と思想に問題は多々あれど。
「ま、立派にこなたもオタクとして育って、父としては嬉しい限りだ。これからもこの道に邁進してほしいね」
「同じ漫画の単行本をいろいろな理由をつけて複数買いするのがですか?」
「いやそれは仕方がないのさ」
「納得できません!」
「……いやまてよ、これは嫁としての自覚のもとの進言……そうか、かなたが言っていたように! なるほど、そうして二人の間はバランスがとれていくのだな」
かがみの顔は一瞬でぼっと赤くなった。
「まあ何はともあれ、かがみちゃんには感謝している」急に真面目な顔をしてそうじろうは言った。「時たま考えるんだ、こなたを寂しくさしてやしないか、ってね。オタク趣味だけじゃ限界があるさ。そりゃ当然。でも、かがみちゃんがいる。つかさちゃんたちもいる。親としては、そういうのを見てると、女学生のキャッキャウフフの微笑ましさとともに、安堵する気持ちもあるんだ」
何か不穏当な言葉も混じっていた気がするが、しかし父として娘を案じる気持ちは確かだと伝わってきた。
「私は……」かがみは言う。言わなければならない。「こなたと、ずっと一緒にいます」
「うん、よろしく頼むよ」そうじろうはにこやかに返した。「かがみちゃんだったら、安心だ。というわけで、オレは公認ね」
(続く)