残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

らき☆すたSS

第三話(2)

それからそうじろうとかがみは、そうじろうの部屋(書斎)に行って、そうじろうの著作を見ていた。
「これが処女作。結構王道の純文学。これがやたらめっぽう書きまくっていたころのSFとか。今見ると粗がかなり見えるけど、ここでこれやっておいたから、今こういったものを小説内エレメントとして自由に活かすことが出来る。そういう意味では習作だったのかもね」
かがみは速読を使って、全体の文体やあらすじを追っていく。あまり褒められた読み方ではないのは理解していたが、とりあえずどんなものか程度は知りたかった。
「この本のころから、わりに今のような感じでミクスチャー的に書けていけるようになった。だからオレの本領が出てきたのはこのあたりから。で、それが安定したころになって、「よし!」って感じなのが書けたのが、これ。結構売れて、家買うときにかなり役に立った。……で、次の本が、かなたが読んだ、オレの最後の本」
そうじろうは天井を仰いだ。
「そっからはこなたを育てながらで、かなたの痛手からまだ回復しきっていなかった時期だったから、いささか迷走している感がある。かがみちゃんはあんまり好まないかもしれない。でも、今になって読み返してみると、ああ、あん時オレはこういう感情でこういう考えをしていたんだな、って客観的に見られる。……頑張ってはいたのかな、って、少しは自分を褒められなくもない。内容にも、文章にもいささかの影が落ちている。……が不思議なことに、何か妙な力のようなものも感じられる……何でかは言わなくてもいいよね?」
かがみはうなづいた。
「かれこれオレも20年以上作家を続けてきたけど、いろいろあったよ。だから、オレは他のクリエイターの人を笑えない。ただの読者には笑う権利はある。それが読者だから。けど、オレには笑えない。それから……何だかんだで、かなたが死んで以降、かなたのことを考えて書くことが多くなった。文学というのが自分を語るものだとすれば、どうしたってかなたのことを考えざるを得ないから。今回の小説は、それがダイレクトに出たって感じかな」
そうじろうは本棚からいくつかひょいひょいと本を抜き取っていって、かがみに渡す。
「あげる」
「え?」
「で、よかったらまた感想聞かせてくんない?」
「でもタダでいいんですか?」
「どうせ著者のもとには結構な数の本がくるんだから、どーってことないさ」
「……ありがとうございます。読み終わったら、また他の本も読みに来ていいですか?」
「どうぞどうぞ」そうじろうは言う。「こうやって、読んでくれる人がいる、ってのが一番ありがたいことでさ。……それの象徴がこなたなんだけど」
こなた?」
「あいつは、オレが書いたものを一番最初に読んでくれるんだ」
「えっ……でもこなた、いつもあんまり小説読まないって……」
「なんだけどね。でもどういうわけだか、オレのは読んでくれる。もちろん批評とかそういうのを期待しているわけじゃなく、またこなたもそういうのはしない。義理なのかもしれないけど、でもオレとしては、父親の仕事に興味を持ってくれてるってのは素直に嬉しい。んでさ、あるとき、正直に教えてくれ、って聞いたんだ、こなたに。何で読んでくれるんだ、って。そしたらさ」
「そしたら?」
「お父さんとお母さんのことを知りたいから、だって。この時は、オレ、正直まいったね。オレ泣きそうになったもん」

……………………………………

深夜、かがみは自室でそうじろうからもらった本をひたすら読んでいた。お菓子を食べる暇さえなく。「裏事情」を多少なりとも知っているがゆえに、そうじろうの思考の道筋が見えてくる。その作品がそうじろうにとってどういう意味合いを持つ作品かがわかってくる……いや、それは半分は嘘だ。だって、テキストから、何がしかの「思い」がひしひしと勝手に伝わってくるからだ。
人生とは何なのだろう、とかがみは考える。これらの本を読んでいると考えざるを得ない。思想を練り、本を書いて、一方で恋をして、家庭を築き、子供を授かる。それは、作家にとって、誰でも出来ることのように今まで思っていた。でも、それを「本当に」やり遂げることは難しいのだ。かなたは、途中で死んでしまった。残された者たちは、自分たちの人生を歩まねばならない。
一人の人を思い続けるというのは、ロマンチックであるが、実際に行うと、これほど難しいものはない。その上、その思い人に何がしかのことをしてあげられるか、というと、本当に難しい。その人のために、自分は何が出来るんだろう? 何かしてあげられたんだろうか? もし仮にこなたが明日死んでしまったら――いや、こういう考え方はよそう。
でも私は、こなたにとって何なのだろう、とかがみは思う。口やかましい存在、だったら恋人になんかなってないわよね、と思う。だったら、自分は何かできている、と言えるのだろうか。
わからない。安易な結論を出したくない。今はただ、本を読もうと思う。少しでも、いろんなことを――そうじろうが考えたことを、そしてそうじろうとかなたが生きたことを――考えようと思う。そして、いつか何がしかの結論が出た時、それはこなたの側からか、自分の側からは分からないけれど、少なくとも逃げることだけはすまい、と改めて思う。だって自分は柊かがみなのだし、それに、自分が愛したあの人たちにとって失礼であるから。
かがみは寝るのも忘れて、そうじろうの本を読んでいく。夜は更けていく。そしてかがみは気がつかなかったが、読み終わったそうじろうの本の上に、一枚天使の羽がそっと舞い降りた。

おしまい