残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

試作ショートショート

○第二文芸同好会の思い出「BL・百合考」(第三回)

「「ホモが嫌いな女子なんていません!」という『げんしけん』の大野さんのセリフは、オタ社会の十年間(ディケイド)を規定したというか、象徴する言葉だったわね、何かにつけて。今思うと。私たちもずいぶん勇気づけられたものだわ。」
2年生の藤原月は出しぬけにそう発言した。レモングラスの爽やかなフレーバーをふんだんに用いたハーブティーの香りが漂う図書室第二書庫、時刻は午後一時。今日は授業は午前中で終わりの日であった。
「……まあ異論はありませんけど……」
1年生ではあるがわりに古株の矢野総司は困った顔をしてコメントした。
午前で授業が終わりというのも、かなり大がかりな教員会議が行われるからである。よって帰宅部は即座に帰ってモンハンをし、部活動・同好会は、いつも休日に行う類の大きめの練習などをこなす。
しかし我らが第二文芸同好会は、そんな世間の動向などどこ吹く風、いつものように駄弁るのである。何という青春の浪費!
同じく1年生の新入部員、糸杉浩太は総司の発言に付け加える。
「女の子の側からそんなふうにどーんと自己定義というか、断言されちゃうと、こっちとしてはコメントしずらいというか……」
月はさらりと言う。
「男性オタと女性オタの相互理解のためよ、尽力しなさい」
「無理やり引きずり込んでいるように見えるよ月ちゃん……」
部長の2年生、桜野こはるは、親友をなだめる。
総司は言う。
「でも正直、どの程度信憑性があるんでしょうかね、そのテーゼ。女性オタ=腐女子、ってのも短絡的ですし、インパクトはありますけど、「現場感覚」としてはその発言をどの程度まで真と捉えていいのやら」
「そうね……そういえば……先日、私とこはるが百合的絡み方を示唆したときに、浩太君は妙に興奮したわね、確か」
「はい」はっきりした口調で力強く断言する浩太。
「否定する努力をしろよ! 少しは躊躇えよ!」総司が突っ込む。
「まあそれはいいのよ、そこでね……」
「待って! 私と月ちゃんは百合とかそういうのじゃないから! 流さないで!」
「流すわよ」
「そんな!」こはるは親友の信義を疑うのであった。
「そこで、この問題を考えるにあたって、確かに男性オタは腐女子の心理と真理を理解しがたい面があるというのを頭に置かなければならないわ」
「ほんとに流したよ! しかも次に上手いこと言って!」浩太が言った。
月は続ける。後輩の男子二人に尋ねるように。
「浩太君と総司君は腐女子をどう思う?」
「どう……と言われても」総司は答える。
「じゃあ質問を絞るわ、腐女子は嫌い?」
「いや、別に」
「世間でネタにされるくらい言われているほどでは。ていうかアレはカリカチュアが過ぎるかと」
総司と浩太は交互に言った。
月は穏やかな笑みを浮かべた。こはるも同じような表情だった。
「ありがとう。まずそう思ってくれた時点でちゃんとした議論ができるわ」
「生理的嫌悪、ってのかな? まず何はともあれディスる、って態度が男の人の場合あるからね、BLは」
総司は言う。
「面白いものがあるってことがわかってますからね」
浩太もそれに引き続く。
「だよな。はじめ読んだ時戸惑いがなかったといえば嘘になるけど、漫画でも小説でもアニメでもゲームでも、面白いものは面白い。俺さ、BLに対する抵抗感があるって人は、まず三浦しをんの小説からはじめたらどうか、って思うんですよ。ガチ濡れ場があるわけでもなし、直截的な描写があるわけでもなし。しかしエッセンスは盛り込まれている。初期の傑作『月魚』もだし、直木賞取った『まほろ駅前多田便利軒』にしたってそうだと思う」
「いい観点ね。私も同意するわ」
「あ、なるほどー。確かにあの人、読書フィールドのメインの一端をBLに置いてるもんね」
それを踏まえた上で、と言外に滲ませたような感じで、月が話しはじめる。
「では共通認識が出来たところで、総司君の疑問に移るわ。どの程度あのテーゼが妥当か……それは、古今東西の議論の常として、対偶を取ってみるのが、証明としては的確じゃないかしら」
「対偶?」他の3人が疑問符を浮かべる。
「さっき言った「百合」ってのがそれよ」
「百合……ですか」総司が呟く。
「今世間……男性オタの世間では空前の百合ブームだわ。漫画雑誌は百合姫を皮切りに、新しい百合雑誌が創刊されることが多くなってきてる。それもコンセプトを明確にしたものが。同人でも、東方、なのは、けいおんスト魔女プリキュア、一時代前にはマイナージャンルだった百合が、今やメインジャンルにまでなってきてる。それもかつては女子のものだったのが、今は男性オタのものとなってる……もっとも、男性と女性の見ているものは違うかもしれないけど、今はその議論は置くわ」
「まあ確かに、百合の隆盛はすごいですよね……東方とかけいおんなんて、どんだけ同人誌あるんだよ、って話で」浩太が言う。
「そこでこういう論理が成り立つわ。すなわち……」
「『百合が嫌いな男子なんていません』!」
「あ、こはる、私のセリフ取ったわね!」
「さっき流された仕返しだもーん」
そのやりとりを見て、浩太が総司にボソッと耳打ちする。
「いいなぁ、こういうシチュ、キャッキャウフフだなぁ」
「お前……俺ほんと引くぞ?」
ボソボソ話している二人を見て、2年生女子二人は怪訝そうな顔をして聞く。
「何か思うところでもあるのかしら?」
「いえ全然」浩太はしれっと答える。
「お前なぁ……」総司は呟いた。
「ともかく」月は仕切り直した。「私が力強く断言したかった今の言説だけど、果たしてこれは男性オタに対してどれだけ真理か? ってことを私はあなたたちに聞きたいわけ」
「なるほど」
「あーそういうことですか」
総司と浩太は納得した。
総司は言う。
「おいそこの百合オタ」
「え、俺?」
「しらばっくれんじゃない。何ならお前の行状をこはるさんと月さんにぶちまけようか?」
「わかったわかった。男性百合オタ代表として言いますよ。……まあ個人的意見の範疇を出ないかもしれませんが」
「それでもいいわ」
「聞かせて聞かせて」
「ぶっちゃけ、全ての野郎オタが百合好き、ってのはないですね。むしろ憂いてる人間すらいるくらいで……例えば、ラブコメで百合的描写があったらその時点で妙に萎える、って感じの人間もいます。百合はメジャージャンルですが、オタ=百合好き、ってのはないです。東方やけいおんに萌えてる人間の声がでかい、ってのが現状ではないでしょうか?」
「なるほど、ね。だったら、「大野さんのテーゼ」は――」
「ああ、そうか」月が発言しようとしたところで総司が口を挟む。「結局は人によりけり、ってことですね。BL好き女子も」
「付け加えるなら、男性的視点で美少女に萌えてる女の人も少なからずいると思うよー」こはるが言う。「もちろん「腐」に流れがちな面はあるにしても、美少女&美少年の両刀使いだっているし。バリバリでハード凌辱描いてる女性同人作家さんだっているわけだし。ところで、みさくらさんは男性なのかな、女性なのかな?」
総司と浩太は焦って突っ込む。
「ちょっとこはるさん、自重してください!」
「いきなり発言飛びすぎですよ! そんなにこにこした顔で言われても!」
第二文芸同好会は今日も平和である。