残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

映画「数分間のエールを」自分の作品が誰にも届かなかった時の感情

Hurray!について

私は以前から映像制作チーム「Hurray!」のファンでしたので、初映画作品の当作「数分間のエールを」を観ないわけにはいかないのでした。

yell-movie2024.com

この日記ブログでHurray!については2年前にちょっと書きました。その時はヨルシカの「老人と海」Inspiredムービーのことでした。

modernclothes24music.hatenablog.com

Hurray!の作るMV(ミュージックビデオ)の特色は主に、

  • 登場人物も舞台もエフェクトもグルングルン動く空間的3DCG表現
  • シンプルながらポップな絵柄
  • 差し込まれるエモーショナルな言葉の力、作家性

といったものです。加えてヨルシカ「ただ君に晴れ」「藍二乗」といった実写MVでのお仕事も含めて、Hurray!のキャリアは2010年〜2020年代の映像表現…もっと露骨な言い方をすると「エモ路線MV」の旗手(トップランナー)と評して良いと思います。あんま良くない表現でファンとしてイヤんなりますが、とりあえずわかりやすさで…(すいません)。

www.youtube.com

www.youtube.com

もうちょっとHurray!オタクトークをすると、この映像チームは、ぽぷりか氏(監督)、おはじき氏(副監督)、まごつき氏(キャラデザ)という、同じ美大出身の三人によるものです。
チーム名の由来は、応援の言葉…あの掛け声「フレー!フレー!」からきています。

自分の作っているもの自体に驚きを見出し、自分が属するHurray!というチームの友情とクリエイティヴに胸を張りたい!そして誰かの存在や創作物にエールを送りたい……、

↑これはHurray!の公式サイトのコンセプト欄を概略としてまとめたものですが、これ、ほとんど「数分間のエールを」の内容ですよね。

hurray.fun

tablet.wacom.co.jp

そんなこんなで、スタッフロールの末尾にぽぷりか、おはじき、まごつき御三方のお名前が列挙された時、非常にこう、じーんとしたオタク心でありました。

 

作品感想、あるいは自分の作品が届かなかった時の感情

 

映画を見て、帰宅して思ったことを書きます。あらすじについては公式サイトで確認してください。いつものようにネタバレありまくりです。

中盤あたりで、彼方くんが作ったMVは織重せんせに「ごめんなさい」と却下されます。この失敗の理由は、彼方くんの解釈ミスでもあり、彼方くんと織重せんせがロクにMV制作上のコミュニケーションを取らなかったから、とは言えます。

ただ、私はこの映画を観ていて、そこは「おかしい」とは思わなかったのです。作品が世に出た以上、彼方くんのような解釈ミスというか、一部のみを切り取った解釈っていうのも、あって当然だと思います。どういう解釈であっても自由。

ただし作曲者には、自分を表現する上でMV(世界表現)を選ぶ権利があるし、むしろここで安易にほだされて「OKです」をいう方がよほど欺瞞です。織重せんせの絞り出すような「ごめんなさい」は、私は誠実なものと思いました。

そもそもMV制作上のコミュニケーションにしたって、今回の彼方くんと織重せんせはチームを組んでいるわけではないですから。織重せんせは自分の意志で曲を作って歌った。彼方くんは勝手にMVを作り、織重せんせの為になろうと思った。相互のコミュニケーションをもとにした創作(共作)ではなく、彼方くんは織重せんせにただぶつけただけのようなもの。その一方向性は織重せんせもだいたい同じで、

だから初めから、一般的な意味でのコミュニケーションはやっていないわけです。やっているとしたら、ある種の勝負というか、強烈な表現欲のぶつけあい。そのように私は思いました。そしてそれは全然悪いことではないのです。むしろ燃え上がる創作の熱。私はその創作の熱は素晴らしいものだと思う。

 

今回私がこの文章で書こうとしているのは、「ああ…届かなかったな…」という感情についてです。

織重せんせは曲を書き、ライヴをし、曲を書き、ライヴをし、100曲書き、ライヴをし、この世の大勢の人には届かなかった。

彼方くんも、MVを作ったけれども、爆発的にヒットすることもなく、織重せんせに最初に見せたMVは見事なまでに届かなかった。

そしてトノ。ずっとずっと絵を描き続けたトノ。本当に絵が好きで、努力を重ね続け、それでも限界を見てしまったトノ。だから織重せんせのことがわかってしまったトノ。それが分からない彼方くんに苛立つトノ。そうであっても彼方くんが気にかかってしょうがないトノ。夏の空に沸き立つ入道雲のように果てしない方向へ走っていける眩しさを持った彼方くんのことを憧憬の瞳で笑みすら浮かべて見つめてしまうトノ!…っと、トノのことがちょっと多すぎやせんかw

 

まぁしかし。作品、表現って、届かない時ぁほんと、届かないもんです。ものを作って、それだけで満足出来ていりゃあそれで良かったはずなんですけどね。ちょっと、欲が出てしまう。これだけ頑張ったんだからー、とか。自分の愛するこの作品世界を、よかったら誰かも愛してくれないかなー、とか。そういう弱い心が出てしまう。

もし、「届いてほしい」という欲を前提として、多くの人に良い評価を得たいと思うのならば、弱い心の愚痴を言っている暇なく、作品のレベルアップに勤しむのみなんです。それしか本当にやることはない。これだけ頑張ったんだからー。そんなことは皆はどうだっていい。
まぁ、我々の頑張ったエピソードが「艱難辛苦ストーリー」に化けるとしたら、その作品がヒットした後、答え合わせ的にインタビューされてようやく化けるんだから、やっぱり作品のレベルアップしか道はない。今の私たちにインタビューなんて誰もしない。

自分の愛するこの作品世界を誰かも愛してー。それこそ作品世界の強度以外に頼るものなんてないのだから、やっぱり作品のレベルアップしか道はないです。
もし、私たちが頑張って作った作品に対し、友人が「頑張ったで賞」を引きつり笑いでむりやりプレゼントしてくれる、っていう状況、やっぱり辛いですよ。私の作品世界に付き合わせちゃったな…ごめんな…時間を無駄にさせちゃったし、余計に神経使わせちゃったな…っていう。あれ、誰も悪くないから辛いですよ。まぁもちろん一番悪いのはつまらない作品を作ってしまった私なんだが。そしてこれに対する答えも、やはり作品のレベルアップしか道はないんです。

 

うわー辛い話であります。彼方くんが、織重せんせが、トノが、夜空の星に向かって「届いてほしい」と願いながら創作活動をするのって、そんな辛い道のりなのか。創作ってそんな辛いものなのか。

…ちょっと考えにミスがあるんですよ。「届いてほしい」って、何?って話です。

 

誰かに見てほしい。読んでほしい。聞いてほしい。よかったら、喜んでほしい。よく言われることですし、私も未だにちょこっとは思います。
ただ、それが創作の「100%の前提」なのかな、っていうと、それはどうかな。まず自分の創作物が、自分を納得させてから…って、「今の私は」思います。納得、というか、自分自身に対するエールというか…自分が作った創作物や、創作している過程自体が、自分を励まし癒やし勇気づけるように、っていう。そこをまず味わっておきたい。

 

私の場合、以前そこで少しこじらせちゃったというか。「誰かにヒットするだけの強度・熱をもった作品でないといかんのじゃー!」式の考えを、前に持っていたんですよ。

でもそこを100%の前提にしちゃうと、話が一気にハードモードになるんです。これは結構怖い考えですよ。創作物が「届く」かどうかは、創作物のレベルだけではなく、受け取る相手のその時のコンディションもありますからね。どうなるかはわからない。

そもそも自分のコンプレックスを、作品を通じて誰かに「届かせる」ことにより癒やしてもらおうなんて、悪手もいいとこです。ちょっとそれは怖い発想に足を踏み入れかけている。

じゃあ…どうすればいいんだよ、って。

 

自分の費やした時間や努力。自分が作り上げた世界。それは自分にとって愛しいものです。とってもね。でも他人にとってはそうじゃない。ただそれだけの話。それだけの話が、どうにもこのように寂しくこじれてしまうのは何ででしょう。「届かなかった」という思いが、理屈ではこのようにわかっていても、それでも夜空の星のようにどこか寂しげなのは何ででしょう。

誰かに届いてほしい、と欲を持つことがそんなに悪いはずはなかったのに。それを自分の中で、100%の前提ではなく、4〜5%くらいの「ほの灯り」であったら良かったんですけど。でもいつしか100%の前提の業火になっちゃった。そうしてしまった私が悪い。

じゃあどうすれば、って思う。

もし誰かに届いてほしい、と思うのであれば、「こんな私を認めてくださぁい」ではなく、「私の世界を褒めてくださぁい」でもなく。自分自身がまず落ち着いた上で、誰かを応援するかのような。そんな自然なエールでようやく届くのかな、と、映画を見終わって今、思うのでした。

 

先に、自分自身に対するエール、と書きました。創作物であり、創作した時間そのものであり。そういう創作生活そのものが、自分自身に対するエールになればいい、と。
そのようにして健全になった心から、余裕があれば誰かへのエールを作れれば良い。今、作れなかったら作れなくてもいい。作れる時に作れれば良い。

というか、これも先に書いたことですが、「評価されたかったら、作品のレベルアップしか道はない」って話、これもよく考えたらちょっとミスってるな。まず落ち着け、負の怨念放ちがちな今の自分をまず落ち着かせろ、っていう話だと思う。

序文で書いた、Hurray!の公式ページのチームコンセプトの概略まとめをもう一度。

 

−−−自分の作っているもの自体に驚きを見出し、自分が属するHurray!というチームの友情とクリエイティヴに胸を張りたい!そして誰かの存在や創作物にエールを送りたい。

 

…これだよなぁ。まぁ原文は公式サイトを見ていただきたいんですが、「自分自身の創作に驚きたい、胸を張りたい」っていう健全さから、全ての創作は生まれてほしい…と思います。ルサンチマン&コンプレックスの暗い炎爆発じゃなくてさ。

そして自分の創作がそんな風に健全に力強くあれるのだったら、誰かの創作にだってエールを送れるはずですし、たぶんそういう順番でないとおかしくなる。初めから「誰かにウケよう!」とのみ考えて(100%の前提)、ものを作ったりレベルアップしようとするからおかしくなるんであって。

そもそも自分がこれまで見て聞いて読んできた創作物&クリエイターだって、自分を攻撃しようとしているわけじゃないですからね。ついつい嫉妬しちゃいがちなこれら創作物ですが、これらだって上の理屈でいったら、彼ら彼女らの健やかさがあって初めて成長のループに入り、やがてヒットしたわけですし。世の中にある創作物は、ライバルのような顔して、結構エールだったんですよ。

 

まぁ、わかっちゃいるけどね!w 
わかっちゃいるけど、創作やってて、暗い炎の嫉妬やらルサンチマンやらコンプレックスやら、「どうして届かないんだ」って思いがちなのが人間ですよ。そのあたりの業というか、暗い側面。そこをこの映画は、美しい画面とともに、しっかり描いています。

あー、本気になれる、っていうことは悪いことじゃないんだよなぁ。その本気の勢いが、時になぜかこじれてしまう。すれ違ってしまう。なんでなんだろう。

それでも、時に盲目的だの狂信的だのと言われても、どうにも止まれない勢いでもって創作をしてしまう時が人にはあります。そこはこの映画は完全に肯定している! どうにもならない創作熱、あのバチバチした紫電が脳内に散って、体全体が「作る」のみで動かされている瞬間!

だから、そこで「誰かに評価されるために…」とか「自分のルサンチマンを癒やしてくれるために…」とかって言ってるのではなく、その創作の瞬間をバチバチにやっていってほしい! そのメッセージは確かに受けとりました。

そこで、ラストの「未明」MVをガツンと作中で展開することについて。

私は、これがあってこそのこの作品だと思いました。
時に私達は創作の日々でミスる。対象をミスる。表現をミスる。創作生活のスケジュールをミスる。レベルが追いつかなかった。デバッグ的な工程でヤバいミスがあった。いろんなミスがあります。
コミュニケーション不全については考えたくない!(いや、考えます…)
そればかりか、創作生活をいつまで続けていられるかわからない。創作の傍らの仕事がうまくいかなかったとか、日常でいろいろあったとか、親の介護とか、たまたま病気にかかってしまったとか、いろいろ…。さらには、自分自身の才能だとか、情熱が消えたとか、惰性になりつつあるとか…。実際、筆を折った人。もうこの世に居ない人も、いる。

それでも「創作の日々」は本物だった。その勢いは本物だったし、今も本物です。創作において、最上位に置くべきはその熱情ですし、その熱情がやがて闇ではなく、健全な光、光のある生活にやがてなることを祈るばかりです。祈るばかり、というのがちょっと頼りないですが、でももっと創作を続けたいでしょう、やっぱり。

やれることはいっぱいある。いっぱいやろう、創作を。

 

最後に…この作品の風景は徹頭徹尾「夏」だったな、と思います。序文でHurray!の作風を「2020年代のエモ路線」と書きました。この路線、今や定番となりつつありますからね。それは事実だ。でも、この路線を先頭切って高品質なMV作り続けてきたHurray!だからこその総決算的映像表現だと思いました。自転車、青空、雲、教室、海、夕焼け…。その美しさと、創作の屈託と。ビジュアルと作品のメッセージ性が一体となっている。そんな作品です。

でも、映像の美しさだけではないんです。正直この映画を見るまでは、Hurray!のグルングルン動く3DCGアニメ表現「だけ」の面白さだったら、ちょっと残念だなぁ、ファンくらいしか楽しめないのでは、と勝手に気をもんでいたのです。

いやいや、まったくHurray!ファンたり得ませんでしたね私は。結局私が映画を見て、帰宅後書いているのがこの文章ですよ。映像だけではない。内容も、創作の屈託だけではない。考えさせられる…という手垢のついた表現で語りたくもない。

そうですね、創作する人たちへのエール。ものを作ることの屈託から逃げない作品でした。そういう意味ではいろんな意味で「甘さのない」作品だったかもしれません。でも、こういう作品では余計な添加物的甘みってものは不要でしょう。

ただ、創作の日々の熱さを。そういう日々を送る人々に対してのエールを。そしてエールを受け取った私達は、各々の創作の日々に活かしていくのが筋でしょう。ありがとうございました。

youtu.be

日記 6月8日土曜近況

残響です。元気です。簡単に近況を書きます。

新作以降~秋M3に向けて

新作4コマ漫画「月光カモミール」を書きました。先月、ホームページに投稿しました。

redselrla.com

この漫画のホームページ以外のSNS投稿ですが、先日「月光査読」を告知用ついったーに投稿しました。そろそろ「カモミールを煎じる」を投稿します。
pixivnoteレッズ・エララのはてなブログへのまんが投稿はその次あたりに…(遅れていてすいません)

 

次の作品は、8TR戦線行進曲名義の同人音楽CDになります。10/27(日)開催の秋M3に向けて、新作EP「空中都市ナナイロシティ ~Report of RedsElrla 7」を制作します。

4曲入りのEPです。2年ぶりの音源です。現在、soundcloudにデモ曲をふたつupしています。

 

最近のお気に入り音源、音楽話題

Aiobahn氏の曲に大ハマり。

「Internet Overdose」「Internet YAMERO」のヒットで有名な氏ですし、私もこの2曲は好きなのですが、今現在の私はAiobahn氏本来の路線というか、ゼロ年代深夜アニメ&ノベルゲームのエンディングテーマ的なデジタル静謐感のある曲の数々を愛好しております。とても良い。チル、静謐、ノスタルジア。ふつふつと静かに沸きたつエモーション。


www.youtube.com


www.youtube.com

www.aiobahn.net

↑ 公式サイトはMIDIのBGMが鳴ります。嗚呼なんと懐かしい。そのようにゼロ年代のオタク/ネット文化に並々ならぬ愛がある作曲家です。

近日6/12に出る新曲シングルはKAMITSUBAKI STUDIOのヰ世界情緒氏を招いての曲です。お互いの世界観コンセプトや表現の親和性がもともと高いので、期待大。

 

それから坂本慎太郎ソロ/ゆらゆら帝国を聞いたり、スピッツのライヴDVDや、上海アリス幻樂団の新譜。
また、春M3音源の感想が遅れております。音源は今聞きこんでいます。こちらの文章も書きたいところです。

 

また、明日になるのですが、神戸に行ってこのライヴを聞いてきます。音楽小旅行です。

オルタナティヴ・シューゲイザーバンド・土曜日と人鳥とコーヒーが出演するライヴです。こうやってライヴの為に神戸まで行くのは、コロナ禍以来はじめてです。楽しんで轟音を聞き、幻想に浸ってこようと思います。

そんなわけで、6/9(日)~6/10(月)は、ご連絡の返信が遅くなると思います(関係各位への私信)。申し訳ありませんがご承知ください。0泊2日の深夜バス弾丸旅行です。ライヴ観たらすぐシマーネに戻ります。

↓最近の土曜日と人鳥とコーヒーのライヴ動画

 

そんなこんなで、元気にやっております。ちょっと最近リアルが忙しかったのですが、ようやくそれが終わったので、またやっていきたいなと。

それではまたライヴ後にお会いしましょう~。近況でした。

 

ザラついた世界の生活を愛す ーー香山哲「レタイトナイト」1巻

香山哲「レタイトナイト」は、web漫画雑誌「路草(みちくさ)」にて連載されている、ファンタジー世界での旅と生活の漫画です。この度、待望の第1巻が発売されました。

michikusacomics.jp

kayamatetsu.com

私は香山哲氏のファンで、海外生活レポート漫画「ベルリンうわの空」が大好きです。また、本作レタイトナイトと並々ならぬ関係にある「香山哲のプロジェクト発酵記」※1も大好きです。それから香山氏の個展レポート漫画「水銀柱」も、生活思想漫画「ビルドの説」も……ようは「香山氏の描く作品は極めて個性的で熱心なファンが付いている、私もそのひとり」って話です。

どこから話をしようかな。とりあえず香山氏の「生活」というアプローチの話をしよう。
webで「ベルリンうわの空」の冒頭部が試し読み出来たり、「ビルドの説」はnoteで連載されていました。

ebookjapan.yahoo.co.jp

note.com

なんだか日本の一般社会の「ふつう」とされている物事に、昔からしばしばイヤ〜な違和感を覚える香山氏です。そんな氏は、社会・世間に対するルサンチマン・負の怨念※2 を爆発 ※3させるのではなく、建設的に社会の中で生きていこう、とし、生活レポート漫画でその日常を綴っています。

 

※1…「香山哲のプロジェクト発酵記」はこの作品「レタイトナイト」のメイキング本です。

※2…香山氏の作風に、ルサンチマン、負の怨念がないわけではないのがミソ。「ベルリンうわの空」シリーズ第3作「ランゲシュランゲ」はかなり負の屈託が見え隠れする生活漫画です。しかし、この巻はそれがあってこその味があります。

※3…いつしか香山氏は、爆発させるのは怨念ではなく「創作生活そのものだ!」という「スパーク」の思想を強く抱かれるようになった。詳細は「プロジェクト発酵記」

 

香山氏のレポート漫画は、常に「生活者」としての視点を忘れません。というか生活そのものを大事に、楽しく行っていこう、というポジティヴな考えが随所に表れています。

そんな等身大の生活漫画でありながら、香山氏の漫画の画風は「変なオブジェ満載」であります。実際の人物であっても、漫画キャラになったらユーモラスな玩具的なデザインに落とし込まれます。

以上の二つは、上記漫画の画面を見て頂いたら「ああそういうことなのね」とお分かりになると思います。そしてファンはこれらの丁寧な生活思想、ディテール、キャラデザイン、玩具やゲームに対する偏愛、人生への屈託、根底に流れるポジティヴな生き方、そして異国情緒…そういった香山氏のテイストにヤラれちまっているわけです。

そんな、どことなくインディー感ある作風・作家性なので、私はこれまで香山氏の作品は個人的に楽しんでいました。「私がわかっていればよいのよフフフ…」みたいに。そういう「親密さ」を抱かせる作風でもあり、人徳ある作家性だといえます。

でもねー、私、レタイトナイト読んでて、ちょっとその個人的方針をズラして、「レタイトナイト良いよ!」という推し活をやっても良いかも、と思うようにもなったのです。レタイトナイトの神話的スケール感は、インディー感というところで収まらないものがある。

 

本作「レタイトナイト」は、「ベルリンうわの空」「プロジェクト発酵記」「ビルドの説」みたいな生活レポート漫画ではなく、完全オリジナルの世界観で繰り広げられるロードムービー的旅物語です。

 

あらすじを書くのが苦手な私のあらすじ〜。

主人公の少年カンカンは、自身の村が妙に貧しいのは「なんか社会がおかしいのではないか?」と思い、魔法学校の学業に身が入りません。カンカンは叔父のマルさん※4と一緒に暮らしていました。
ある日カンカンは家出気味に旅に出ようとしましたが、(ネタバレ)(ネタバレ)なことがあってしばらく断念。そうこうしている内に今度はマルさんがカンカンより先に旅に出てしまって、(ネタバレ)な所へ…。
…というのが大体のあらすじです。どうだい私だってネタバレ配慮は出来るんだ(出来てないと思う)。

※4…やさしい性格の叔父さん。ちょこっと魔法が使えるがFF5の黒魔道士マスターレベルは遥か遠い。赤魔道士よりも魔法弱いと思う。

 

レタイトナイトが素晴らしいのは、まず冒頭数ページの異常な描きこみの神話的スケール感です。これはぜひ試し読みで見ていただきたいです。これで一気に「この世界」に引き込まれます。

しかしレタイトナイトで描かれるのは、神話的世界でのドラゴン殺しでもなく、剣と魔法のロールプレイングでもなく、お姫様とのロマンスでもない。ついでに言えば異世界転生もなければ、メニューバーでコマンド選んでチート能力もない。作者香山氏はそういうジャンクでインスタントで「売りやすい」ファンタジー要素をかなり意識的に排している。

この世界で描かれるのは、旅を基本にした「生活」なんです。舞台はどこか中近東〜北アフリカの中世みたいな、どこかホコリっぽい空気感で、自然豊かな田舎が主です。いわゆるロマン派以降のヨーロッパ的洗練とはまた違った、ホコリっぽい「地に足の付いた」感覚、ザラついた空気感、ざわざわしているストリート…そういった「路上」の魅力あふれるファンタジーです。そうだ、本作が掲載されているweb漫画雑誌は「路草」でありました。なんたる符合。

レタイトナイトの独自性はまずここにあります。本を開き、独特の画風によって展開される世界。これがなんかホコリっぽい。ザラついている。描きこみも、路上の人々・動物たちの数も凄い。ほとんど某ウォーリーをさがせ的な感じすらあります(あそこまでギュウギュウにはなってないけれど)。
いわば「世界のリアリティ」と申しましょうか。それは「ファンタジーをそれっぽく描く…ツッコミ入れられないように…」のではない、「作品世界の強度を際限なく強めていく」作家の意気込みの表れです。

それだけ「強く」構築された世界です。箱庭的とすら言える。とにかくこの漫画を読んでいて、「感覚」が先に来ます。没入感というか…路上(ストリート)のザラつき、熱気、草いきれの匂い、夜の冷たさ、風の流れ…。まさしく世界です。香山氏が作った世界がここにあります。五感を…働かせたい…!

そんなレタイトナイト世界の中でカンカンやマルさんは旅を、「生活」をします。町の日替わりの定食(マリム)をコンプリートしたり、自分に出来る仕事の手伝いをしたり(少しずつ上達していく)、ちょっとした機会(チャンス)を見つけたり。

その生活のディテールが「素敵」なのがまたレタイトナイトのヤバいところです(語彙力)。
旅先の小さな宿のスノコ、徹底的に考え抜かれた食べ物のメニューの豊富な種類(定食メニューだけで何コマ何ページあったっけ…)、アイテム・果物の実・装備品の細かいデザイン…。とにかく生活のモノのディテールが凄く、そして素敵です。
昔、FF(ファイナルファンタジー)の攻略本で、武器やアイテムの絵がやたら描かれたのあったじゃないですか。NTT出版の。あれを見てやたらわくわくした感覚が、今ふたたびよみがえる…!「世界」のリアリティはまさにここにあるのだ、と言わんばかりです。

 

全体的に地の足の付いたザラついた&ホコリっぽい空気感の世界です。わるいやつもいます。それでもカンカンやマルさんは、旅を、生活を楽しんでいます。社会・世間に対する「おかしいよそれ」はあっても、自然世界の悠々とした美しさやアイテムのこまやかさ、そして人々の純朴な親切に対して、「ありがたいなぁ」と思えるような楽しさが本作の世界にはあります。

どこまでもディテールに集中して見ていくのも楽しいですし、なんかのんきな旅のストーリーを読むのも楽しいです。世界の描きこみのリアリティと、純朴な人々の生活。それは良質な児童文学の要素すら持ちます。

つまり私はこの世界とキャラを愛しているのです。濃密でありながら風通しが良い。純朴だけれども、やはり濃密。しかしストーリーはまだわりと旅立ったはじめの方です。でも私はこの作品を推したい。なぜならやはりこの世界は凄いから。スケール感、空気感。私はもっとこの世界のことを知りたい。海を渡るところも見てみたい。月に導かれる旅路も見てみたい。そうだ、私はレタイトナイト世界の旅生活を通して、この世界をもっと知りたいのです。だからもっと巻数続いてください!続刊希望!(一気に発言のレベルが下がったぞオイ)

そんなわけで香山哲氏の新作「レタイトナイト」の世界の話でした。香山さんこれからも頑張ってください。応援しています。

ダイエット日記4月末 血糖値スパイク疑惑、漫画のための腰痛対策

数値2024/04/26

100kg(4月頭)→98kg(4月末)

微量ながらなんとか痩せました!やりました! 成功体験というにはちょっとおしとやかですが、まず体重は増えてはいませんです。ひとつの結果です。

ただ、体調がすこぶる改善されたか?…といったらそうでもないのが実感です。身体を結構使う系の仕事をした後のくたびれ(疲労感)は、前よりキツいような気がします。単純に体力(持久力)がない。

少しずつ暑くなってきています。これから夏を控えています。実は自室でこの文章を書きながら、扇風機を回しています。自室、家の2階にあって屋根裏が近いんですよ…西日の熱がこもって…。

しかし、これから熱がこもるといえば、私の肥満体にこそこもるのです。明白な話です。今少しでもダイエットして脂肪を落とし、身体を軽くすれば、今年の夏はいつもより快適に過ごせるのではないか?という話。頑張りましょう。

 

血糖値スパイク?

↑ これへの対策を意識的にするようになりました。

具体的には、食事をよく噛み、ゆっくり味わって食べること。
水分をこまめに取ること。
そして食後すぐに軽い運動(散歩とか)をすること(15分〜30分くらい)。

半年以上前くらいからでしょうか。食後、とくに夕食後、暴力的な倦怠感・眠気に襲われるようになりました。ゆっくり食べていない(デブの喰らい方)からこうなるのかな?と思っていましたが、もっと症状をつぶさに観察したら、どうも血糖値スパイクではないか?と(素人判断ですが)疑うようになりました。

dm-net.co.jp

この場合一番の問題は自分が確実に「糖尿病予備軍」だということです。というか今実際もう糖尿病じゃないのか?って疑ってもいますが…。まだ決定的に診断はされていません。去年の血液診断ではまだ大丈夫だとは言われましたが…しかしけして「良い」と言われてはいません(当然)。

まぁ、言うまでもなく、生活習慣が悪いのです。糖尿病にギリギリの所にいる、ということは、このままいけば糖尿病になる、という話です。当たり前すぎて涙が出ますね。

せめても、私がこれまで人生で愛していたジュース(清涼飲料水)を控えるようにしました。もっともこれは、ダイエットを意識してのことではありますが、それ以前に単純に自然に、身体が水を欲してくるようになったというのもあります。ジュースばっかり飲むが普通にキツくなってきた。学生時代は水のようにジュースを飲んでいましたが、そういう飲み方は出来なくなった中年化、というわけですね。こういう文章まで書いていたというのにね。↓

redselrla.com

そういえば飲料といえば、私は酒を一切呑まないのですが、これまでの人生で酒も呑まずに体重100kgにまで到達した、っていうのは考えてみれば凄い話ですね。食と薬と運動不足だけでここまで到達しました。デブの才能に満ち満ちたエリートと言わざるを得ない。嬉しくない。

modernclothes24music.hatenablog.com

 

腰痛(あるいは、漫画を描くために)

ずーっとこのブログでは腰痛について書いているような気がします。このブログにある検索機能に「腰痛」と打ち込んでみたら、2020年からずっと腰が痛い旨を書いてました。とくに冬、身体が「固まる」感じで神経痛になる、っていうパターン。

もちろん単純に体重が重く、運動不足だから、っていう理由です。これもヘルニアになる前にどうにかしないとなぁ…。

しかし私がこの腰痛のリスクを一番真剣に考えてるのが、漫画(絵)を描いている時です。

椅子に座って机に向かい、時にアナログ画材で、時にデジタル液タブで漫画を描いているわけですが(最近、ようやく新作の予告編をupしました!)、腰は泣き所だと常に痛感します。真剣に漫画を描いているほど、腰への負担がキていることがリアルタイムで把握出来ます。

今はまだ「腰痛いなぁ」で済んでいますが、この先も今の体重&運動不足のままだったら、確実に酷いことになります。何より漫画が描けなくなる。作曲だって出来なくなる。なるほど、こういう所に創作の危機というのは潜んでいるわけですね。

ダイエットをするようになって、かなり腰をストレッチするようになりました。ハムストリングスを伸ばしたりして。

togetter.com

自分のダイエット生活のなかでも、かなり腰はいたわっています。意識して腰をひねり、動かし、神経からずらすようにしています。そのたんびにゴキッ・ゴリュッ・グキュッ、と音を立てるんですよ関節ちゃんは。あ〜、かなり固まっていますねぇ。ギックリ腰にならないよう注意しましょう。この冬は「ハイパーレベルな」ぎっくり腰になることはありませんでしたが…(「ハイパーレベル」=寝込む以外何も出来ないくらいのぎっくり腰)。

でも、この腰痛対策が続いているということは、やはり私は創作に対してはそれなりに真剣になれるようです。リスクの天秤に「創作」がかかったら、素直にスッと動けるらしいです。自分はそういう人間なんだと自覚が持てたのは、まぁ悪い気持ちじゃない。

 

夏・秋に向けての目標

そんなわけで、これからもダイエットは続けていきます。ひとつの目標としては、この夏を少しでも快適に過ごしたいな、と思っています。創作活動をしながらというか、創作を上手くまじえながらのダイエットというか。

ちなみに、今週末に音系・メディアミックス同人即売会M3-2024春があります。春M3は私の同人サークル・8TR戦線行進曲は参加しません。ですが、今年の秋のM3は参加したいなぁ、と考えています。

それも、体調あってのことですからね。もし夏までにダイエットがかなり成功したら、きっと秋M3への参加がより良いものになると思います。そう目標設定してみると、これはなかなか楽しみですね。頑張りましょう。

 

過去のダイエット日記

前回

ダイエット日記0320 手持ちの確認、料理、仕事、散歩 - 残響の足りない部屋

前々回

ダイエット日記 2024年0313 - 残響の足りない部屋

最近わたしの音の暮らしはこう 2024年春 坂本慎太郎ソロとゆらゆら帝国と亀川千代

坂本慎太郎氏の音楽

坂本ソロ4thアルバム「物語のように」インスト版付きの初回盤CD

この半月ばかり、ずっと坂本慎太郎氏の音楽(坂本ソロ、ゆらゆら帝国)を聞いています。ようやく、坂本氏の音の世界にハマりました。


www.youtube.com

zelonerecords.com

さて、ゆらゆら帝国のベーシスト・亀川千代氏が先日逝去されました。

natalie.mu

その追悼の意味でゆらゆら帝国・坂本ソロ作の音楽を聞き直してハマった…というわけでは実はないのです。以下、きちんとお話します。

私は以前から中期以降のゆらゆら帝国のCDを買ったり、近年の坂本氏の音楽をチェックしていましたが、正直完全にハマりきることは出来ていなかったのです。音楽作品の深さやバンドの存在感に尊敬はしていたけど、まだ坂本慎太郎世界にはハマれなかった。

しかし今年の3月末から4月頭に、私はリアル仕事で重要度の高いイベントを控えていて準備に結構忙しく、疲れていました。そんな仕事を終えた夜中、なんとなく近年の坂本氏のソロ作をyoutubeで聞いていたら、すごく心にスッと入ってきたのです。坂本氏の声…歌い方が、メロディが、奇妙な世界にいざなう歌詞とサウンドが、スッと入ってきた。それは、単純な表現で申し訳ないですが…とても良かった。このブログで何度も書いているLo-Fiフィルター以降の耳になっていたから坂本氏のサウンド世界がわかるようになったのでしょうし、今の私の心情が坂本氏の奇妙な世界観を心の底というか根の方から欲していたのでしょう。

↓(Lo-fiフィルターについて)

中年音楽マニアとLo-Fi HipHop - 残響の足りない部屋

 

もっとこの坂本慎太郎氏という音楽家の作品世界を知りたい。そうして私はハマりました。ようやくハマりました。そして当然のことながらゆらゆら帝国の作品&ライヴ音源を聞き返すことになるのです。

 

なので私の坂本慎太郎体験(ハマった順番)は、ソロ→ゆらゆら帝国、という遡り方です。今までレコード屋ゆらゆら帝国のCDをリアルタイムで見かけてはいたのですが、その時は「良さそうな感じだけど、まぁ今はいいかな」という具合でした。でもその当時買っても、多分理解出来なかった(ハマれなかった)と思うのです。そして、もしその当時サブカル趣味的に半端に理解してドヤ顔しているくらいなら、今こうしてしみじみ「坂本氏の世界は本当に良い…」と思えている方がずっと良いと思う。


www.youtube.com

今、歌詞カードやアートワーク(これらのデザインも坂本氏によって手掛けられています)を見ながら、あるいはYoutubeの動画作品を見ながら(この動画にもかなり坂本氏は関与していますし、「ある日(One Day)」は坂本氏による全編手書き&自身編集のアニメで最高)、坂本氏の音楽を聞く。独りで。それはとてもすばらしい豊かな音楽体験時間です。良い感じで私は音楽と向き合えている。正座してにらめっこしてシリアスに聞くのではなく、ちょっとリラックスして聞く。

だんだん自室の空間が奇妙になっていく。あの歌詞の独特のズレが、鋭利に刺しこんでくる。奇妙なサウンドが、別世界にいざなってくれる。それは自室に居て異国情緒を感じているのに近い。そして、坂本氏のスタンスというか…どこかとぼけているユーモアと、醒めた認識と、世界に対する居心地の悪い心情と、面白いおもちゃみたいな物が、走馬灯のように夢見心地で展開されるあの坂本世界観…そうしていつの間にか部屋の空間は坂本氏の世界になっちゃっているのでした。

 


www.youtube.com

そんなわけでソロ作から中期以降のゆらゆら帝国のCDを遡って聞き返しているわけですから、実はまだサイケでビート感ある初期のゆらゆら帝国にまで聴き込めていません。でもタイプの違う最高がすでにある、っていう状況って音楽好きとして最高じゃないですか? まぁそれはさておき、そんな風に遡って聞いてるわけなので、ビート感ある激しいロック云々よりも、坂本氏のいろんな変な世界を探訪する、というスタンスで私は坂本氏の音楽を聞き、愛好しています。

 

ゆらゆら帝国ベース・亀川千代

そんな中、亀川氏の訃報を聞きました。「えっ」と思いました。もちろん、早すぎます。しかし私は…こういう表現をあえて使いますが、ゆらゆら帝国については「にわかファン」です。さぁてこれからゆらゆら帝国のアンサンブルをライヴ音源も含めて聴き込んでいくぞ、と音楽体験の準備を整えている矢先の事でした。なので、「えっ」という当惑。そしてその当惑は今も続いています。

だってゆらゆら帝国のベース凄いんだもの。例えばゴリッゴリに歪んだリフをぶつけてくる時でも、そのぶつけ方そのものが楽曲の世界観・空気感を表していたり。ギターと完全にユニゾンして長いフレーズを奏でる演奏があり、しかし時にギターのフレーズを裏切るように独自の音をサッと入れてきた時の快感たるや。ライヴ音源のグルーヴというかベースラインのうねりっぷりの心地よさ、限界のなさ。


www.youtube.com

ベースラインの限界のなさ…それは初期のロックンロール的曲調でももちろんそうなんですが、中期〜後期の、いろんな不思議な世界の表現でも表れています。その亀川氏のベースそのものが、各「世界」の大事な要素なんだと。亀川氏の自由なベースがそこにあることが、ゆらゆら帝国が描く様々な世界(ほんと「世界」のバリエーションが多い)に欠くべからざる存在。

その事に気づいた時、ゆらゆら帝国のあの有名な解散宣言「バンドが出来上がってしまった。これ以上のものは出来ない。あとはルーチンワークになるだけだ」というのが、別の角度からちょこっと理解出来てしまったような気がしたのです。そういう個性的な存在がそこにしっかりと居る、という幸福な不幸、というか。これだけの存在が横にこうして居て、しかも長いバンド生活でいろいろなことを実験し、いろんな「世界」を表現しまくった。そしてあのアルバム「空洞です」…。いろんな世界を表現し続けて、最後に辿り着いてしまった。そんなゆらゆら帝国の三人の「やりきった」という感覚…それは創作者としては恐ろしい境地なんですが…。


www.youtube.com

話をもとに戻しますが、そんな風に私はゆらゆら帝国のニワカファンなので、私なんぞが亀川氏の訃報にショックを表明していては、長年のゆらゆら帝国ファン、亀川氏のファンの方々に対してあまりよろしくないのでは?と思いました。申し訳ないというか。だから語れもせず。

それでも日々は続き、私はゆらゆら帝国を聞いていくわけです。そうするごとに、バンドの楽曲が描くいろんな「世界」を見ていくわけです。そうする度に「凄いベースだ」という認識と「そのベーシストはもうこの世に居ないんだ」という感慨を同時に抱きます。そういうちょっとした思いは、やはり浮かびます。

そこで、だから、ゆらゆら帝国を持ち上げて過度にレジェンド化して聞こう&語ろう、っていうつもりもないです。私はやはり、坂本氏&ゆらゆら帝国の描くいろんな「世界」に用があります。追悼でもなく、レジェンド扱いや歴史的リファレンスで聞くのでもなく、懐メロで聞くのでもなく、「今の私に必要な音楽」として、用があるのです。上で書いたように、それは今の私にとってとても大事なものですから。

その上で。逝去された亀川氏のことを思うに…私は亀川氏に「感謝」することしか出来ません。もうその感謝はこの世では届きません。それでも私は亀川氏のベースに、ライヴでのベースプレイに、彼が作った世界に、感謝をしたい。亀川氏がベースを弾いたから、ゆらゆら帝国は在った。そうしてゆらゆら帝国はいろんな曲、アルバムで、いろんな世界を作り出した。その世界が、今の私をゆらゆらと「良い気分」にさせてくれているのだから。

そんなわけで。
これからも、もっとゆらゆら帝国の音楽を聞きます。少なくともまだ初期の音源で聞いていないの結構あるし、ライヴ盤もだし。それからベースを弾いていた不失者(灰野敬二のバンド)もいつか聞くことになるので楽しみにしています。そしたらまた亀川氏の逝去・不在を思ったりするようになるんだろうなぁ。

亀川千代氏、安らかにお眠りください。

 

 

お気に入り音源シリーズ「最近わたしの音の暮らしはこう」

最近わたしの音の暮らしはこう 2023年冬 - 残響の足りない部屋

最近わたしの音の暮らしはこう 〜2023秋に向けて〜 - 残響の足りない部屋

2023年お気に入りベスト

2023年に良く聞いていた音楽(1) - 残響の足りない部屋