残響の足りない部屋

模型と音楽についての日記ブログです。楽しい随筆文章を書くのを継続していきたいです。

インターネットのお気に入り記録 夏休み特集号

本連載記事「インターネットのお気に入り記録」は、私残響のお気に入り個人サイト・ブログ・web記事を記録し発表するためのものです。

 

前回の

modernclothes24music.hatenablog.com

少年少女たちは夏休みです。いろんな経験や思い出を、楽しんできてほしいものです。

え?大人で社会人なおれたちには夏休みはない? そりゃあ…まぁわかりますけども。血涙でもって。

でも、「夏休みの思い出」を、大人の私たちも作ってはいけない法はないわけです。私たちも思い出を作っていきましょう。未来の私たちが振り返って励まされるような思い出を……。

というか、積極的に思い出を作るというのは、その明日にでも「やってよかった」とすぐ思えたりするようなものですよ。実際私、先日とある機会があり、友人への応援漫画として1pまんがを描きました。その人に笑ってもらえたらよいなぁ、と思いながら。いや、描いている時間は生き生きしましたね。描いてよかった。翌日もじんわりそう思ったほどです。

私は未だに、小学生の時、朝から自転車をこいで夏空のもと、模型屋さんに最新キットを買いにいったことを思い出します。趣味の意味を疑わず、他人にどう思われるかなんて考えもせず。模型屋さんに行って、キットを買って、すぐ作りたい! …あの時、少年の私は実に「正しかった」。今はずいぶんとヌルくなったものです。だからこそ、私はあの自転車をこいで模型屋さんに走っていた私のように、またなりたいのです。SNSなんかやっている場合じゃない! 

 

Yostar李社長×4Gamer.net:Kazuhisa社長/編集長 対談連載「社長のボヤキ」

www.4gamer.net

現在ゲーム業界のなかでもトップを走るYostar(「アズールレーン」「ブルーアーカイブ」「雀魂」etc)の社長と、老舗ゲームメディアサイト4Gamer.netの社長兼編集長による「社長業」「経営」をめぐる対談です。キラキラ感・イケイケギラギラ感が絶無。社長という立場を謳歌するなんて全然なく、「社長なんて究極の雑用係」「社長=無限働かせプラン」「社員は福利厚生使えるんだろうけどおれら社長は使えないし…」と、とてもリアルな「社長業」の姿が見えます。

そもそもこのお二人も「社長になってやる!企業!」というタイプではなく、なし崩し的に社長になって仕事を半ば便利屋的にやっていく…というタイプでした。だから一般的な「社長」のキラキライメージからは相当遠い。本人の仕事にスター性はなく、仮にあったとしてもそのスター性を仕事の為に使うのが一番合理、という話ですらあります。あ、ここわかりにくいですね。要は、新作ゲームの発表の時にタレント呼んでいろいろ手間やギャラが出たりするようなら、社長が出てプレゼンしちゃった方が早い、っていう類の話です。その方が手間もギャラも大幅に抑えられるし、「(この場合)社長にNOはないですからね」という風に諦め、今日も仕事が回っていきます。

前からこの対談連載、面白く読んでいたのですが、この数年実際に私が事業の代表になってみると、ここで書かれていることが非常に実感をもって身に迫ってきます。「あー、この感覚かー」という。ついでに言うと桜玉吉「幽玄漫玉日記」の会社・社長業パートも「うわ、わかる~」と思いながら読めるようになりました。なっちゃいました。

「案外理解されない社長の気持ち」。会社の中で社員として働いている人たちが、この気持ちを奥底まで痛感する必要はありません。もしそうなってしまったらそれはそれでヤバい状況でしょうし。社長としての対価も一応もらってはいるけど、「それくらいはねぇ。ていうかそれくらいの対価もない会社ってどうなの」というくらい。

対談している社長お二人が率直に、ユーモアも交えつつ、しかし本気の愚痴を言い合う対談なので、テンポよく読めますが、ベースにあるのがある種の慢性的疲労…というのも事実です。それでも会社は回していかなきゃいけないし……。

ラスト付近の「社長(俺たち)にとってのモチベーションって何?」のくだりは良い話でした。「気の置けない仲間たちと一週間頑張って、帰りにささやかにちょっと良い食事するのが幸せだった」。どこからか聞こえてくるロード第四章です。なんでもないようなことが幸せだったと思う……。そんなわけで、面白い記事ですし、今の私の仕事状況的にも大事な記事でした。

 

デイリーポータルZ編集長が選ぶ、クラフト感のある個人ホームぺージ/「野花の写真帳」

csoption.nifty.com

デジタル、インターネットにおける「クラフト感」。ひとつひとつwebページや企画、日記を丁寧に作っていく。webデザインにも凝ってみる。CMSでサイトを完璧に管理するのが目的じゃないんだ。自分が、自分自身としていつまでもいじっていられる「箱庭」感、クラフト感。それがあるホームページはいつも、いつだって最高なんだ…!

というように、デイリーポータルZ林編集長は@niftyの#好きがつながるプロジェクト 内のこの企画ページで、三つの善き個人サイトを紹介されています。とても良い企画ページです。

好きがつながるプロジェクト | @nifty

日用品でラジオを作るページ、野花の写真をupするページ。ローカル鉄道の駅や路線にちいさく佇む庭についてのページ。どのサイトも最高でしたが、私が特に好きになったのは二番目の「野花の写真帳」でした。

「野花の写真帳」

https://hototogi.world.coocan.jp/hototogi2/

いろいろな植物の、いろいろな情景がある。それだけでなんて嬉しいのでしょう。私から見たら、ずっと「夏休みの自由研究」をされ続けている、という風に見えます。素敵です。素敵な写真と、落ち着いていて長くない文章。長くなくていいんですよ。何かにせっつかれるようにして長文をものす、というのがすべてではない。自分のペースで自然と付き合い、自然世界への愛を自分の中に感じる。それがナチュラリストの生き方だと思います。

 

「生存記録」旅の話

hayasinonakanozou.hatenablog.com

この残響ってやつは本当にブログ「生存記録」が好きだな!と自分でもセルフツッコミしてしまうほどです。 いや、本当に好きなんです。

どこがそんなに好きなんだろう? まず、筆者elein氏の落ち着いた筆致、文体が好みです。私のようにメッキのテンション高さ・擬態の明るさみたいな筆致とは全然違う。ていうかそもそもなんで私はこういうメッキの明るさみたいな文体になっちゃったんだろう……。ともかく、elein氏の落ち着いた深い思索、趣味やネット社会への取り組み方、文芸から得た滋養を実社会や旅行でも活かしていこうとされる姿勢……そういう静かで豊かな書き手としての姿勢を、ファンとしていつも愛読しているわけです。

それから、読んでいる作家・作品でも「あ、それ私も好き」というのが結構あるのが勝手に嬉しく思っています。とくにpanpanya先生への愛は、私も同じくするところです。

modernclothes24music.hatenablog.com

ところで、私は敬愛するブログ/個人サイトの筆者の方が、自身のサイトのカテゴリ分けやシステム構築の裏話をされるのを読むのが好きです。私はそういうファンなのです。なので、「生存記録」の「お出かけ」カテゴリの舞台裏について話されるのを読んで、私はとても嬉しかったです。やはりelein氏の文芸(当然ここには漫画や映画、ADVゲームなども含まれる)の読み方は好きです。読み方……自身への「刻み方」、あるいは、文芸観を、ご自身の人生に豊かに活かしていこうとされる姿勢。文芸とは、ある意味で「視点をズラしてみるこころみ」です。そしてこの世界というものは、視点を少しズラすだけで、素晴らしくもなったり、迷宮になったりもします。panpanya作品のように。楽しいですね。

 

そんなわけで、最近の「生存記録」更新は横浜ベイブリッジへの旅行記録があって、面白く読みました。……と、まさに本日、次の記事がupされました。

hayasinonakanozou.hatenablog.com

私は、各地の同人イベントに自作の音楽CDや漫画同人誌、模型ジオラマを持って旅行(遠征)し、イベント参加した後シマーネ農業王国に帰宅する…ということをこの10年くらい何度も行ってまいりました。

多いのは、毎年春秋に東京で行われる音系・メディアミックス同人即売会「M3」。これは本当に良く行きました。他の音楽系の同人イベントにも行きました。それから岡山で開催された小さなオールジャンル即売会。九州コミティア。そして山陰の模型展示会にも参加をしたことがあります。

これらのうまいタイミングで、各地の友人とオフ会が出来ないか…と目論んで、実際にお会いしてくださった方々がいらっしゃいます。ありがたい限りです。場合によっては同人即売会の売り子までお手伝いしていただいちゃって……いや確かにこれはありがたい限り。その節は有難うございました。

そういう意味ではかなり「目的」のはっきりしている旅です。私のこの10年間の旅行は。その旅行中でも思っていたことですが、ずいぶん「目的」のための行動ばっかりだなぁ、と。町をゆっくり散歩してみる、っていう行動が、案外少ない。それはそれでもったいないことをしているなぁ……と思っていました。

反面、隣の町にいる、私の長年のリアル友人のI氏はこの「のんびり旅」の達人なのですね。彼は鉄道と飛行機、とくにボーイングが好きで、羽田の飛行場で写真を撮った後、東京をゆっくり街歩きするのが楽しみで、と話していました。ゆっくり街を歩いて見えてくるものがある。その価値を私も知っているだけに、彼の話を聞いて「いいなぁ!」とうなずいたものでした。

今回の「生存記録」記事の内容は、加齢によって旅の「ままならなさ、うまくいかなさ」が増えた、という内容です。私にしたって上記の「目的」はっきり旅……もっと言えば同人イベント遠征、というのが今後どれだけ出来るのかなぁ、と思うようになりました。前は夜行バスに乗って東京までGo、バスターミナルから駅を乗りついで、同人CDや同人誌や設営什器を入れ込んだキャリーカートをかつぎ、イベント会場まで歩く。イベントが終わったら、まぁ打ち上げをすることもありますが、結局その日のうちにヒコーキに乗ってシマーネ農業王国まで帰る。翌日仕事もあるし……なんていうあわただしさです。

そういう体力がかかる旅っていうのは、この先そう多くはやれないだろう……とぼんやり思うようになりました。仕事の状況も変わって、今はなかなか休みの時間がとれない。創作自体は今後もやっていきますが、たまにはコミティアとか文フリ(東京…が無理なら大阪や広島…)に出たいなぁ、という気持ちもあります。

でも、前みたいな「目的」に向かってバーストするような旅じゃ、きっと疲れてしまうんだろう。いや、過去のどの旅も最高でしたが(それはお相手してくださった友人たちのおかげであります)、体力と金銭を結構使ってしまうものだというのも事実。

「無理をしない、ゆっくりした旅」を自分も少し試してみていってもよいかもしれない…と思いました。旅の良いところは、elein氏も書かれているように、

知らない土地を歩いているあいだは、普段の自分、普段の生活から少しだけ離れられる。見知らぬ街で、見知らぬ建物を眺め、見知らぬ道をさまよい、電車の窓から流れていく景色をぼんやり眺める。---生存記録「中年の旅、悲哀の作法

と。仰るように旅をしていて、これまでの私の生活ーーもっといえば毎日の散文的日常の生活文脈ーーから、少しふわっと「離れた」な、と感じることがあります。そのふわっ、とした感覚は、なんか良いものです。このふわっとした感覚は、別に同人イベントにフルパワーで出陣遠征しなくても得られるものです。そして今の私は、自分自身にちょっとした変化ーーちょっとした意識や世界観のズレーーをもたらしてくれる、このふわっとした「離れた」な感を、たまに接種してみたい。

なにせ、日々忙しくしていると、このふわっとした「離れた」感ってものが皆無になっていきます。その皆無さがいずれは自分自身の固着化、やがては老害化になっていくことは容易に想像がつきます。

 

それから、本記事のタイトルには「悲哀の作法」とあります。

作法……確かに、日々私自身が感じている40歳ゆえのかなしみ、あわれさ、ペーソスに対して、ああ嫌だいやだと愚痴ったり、ふて腐ったりするのはよろしくありません。

それにはある程度「作法」でもって対応していくのが大事。悲哀にも、作法がある。旅で感じる自分のままならなさに対しても、「まぁこういうのもあるよね」と、自身にたいしておかしみを見る。それがまさに作法です。

記事の終わりの方で「自分自身(心身)と相談し、旅の内容を変えていく」という記述があります。自分自身ってやつのポテンシャルはどんどん下がっているのに、ぼやきまくる声ばかり大きい。そんな自分を愛するのはなかなか難しいです。

でも、私に一番近いところにいるのが、自分自身(の心身)ってやつです。なんだかんだ、良くやってきたじゃないか……と少しは自分でも思いたい。こういう風に、自分自身を少し赦す……ダダ褒めるのではなく、ある程度受容して、毎日を送っていく。elein氏の文章を読んでいると、なんだかそういう風に思わせてくれる。だから私はブログ「生存記録」が好きなのです。

(記事の感想になっている……のか? でもこういうことをぼんやり考えました)

 

予告

本連載「インターネットのお気に入り記録」ですが、記事がこの時点でなぜか5600字になってしまっているので、さすがに長く、いったん切ります。

他にもご紹介したいお気に入り記事・サイトがございまして。またこの夏の間に書きたいと思います。よろしくお願いいたします。

残響(ブログ管理人)

シール蒐集とスクラップブックの話

相も変わらず、シールを蒐集しています。集めては、スクラップブック(以下SB)に貼っています。

↓この話題の始めの話

modernclothes24music.hatenablog.com

 

令和の今を生きる少女たちの間では、シール集めが流行しているそうですね。私の知り合いの方の娘さんも、サンリオのポンポンドロップシールを集めて、専用のバインダー手帳に集めていました。

今の私は、彼女たちの遥か後塵を拝しているようなものです。私のSBはまだ1冊目ですよ。そういえば昔、女児先輩とか幼女先輩って言葉がありました。私はこの言葉をかなり真剣に受け取っております。

もちろん数を持っている人が偉いんだ、って話ではないですし、このシール蒐集趣味をはじめたばかりの私です。この少なさは伸びしろと考えるべきです。はやく2冊目のSBをはじめたいなぁ。

 

私は、こんな感じにSB(スクラップブック)を活用しています。

基本はこんな感じです。わら半紙的な紙の大きいノートに、ぺたぺたシールを貼っています。カテゴリもシリーズも特に分けずに、フィーリングのまま貼っています。この点からして女児先輩は私の遥か先を行って入るわけです。少なくとも知り合いの方の娘さんは、サンリオものでもハンギョドンとマイメロはちゃんと別のページにしていた……。

前の記事でも書いたように、私のシール蒐集のはじめは「元祖SDガンダムスナック」のおまけシールからです。もう完全にノスタルジーですよ。我ながらいいカモだなぁとも思いつつ、しかし少年の日々があまりに懐かしく。

そして近年のドット絵ゲームのなかでも大ヒット作の「都市伝説解体センター」のシールです。百均ショップで買いました。まだゲームをプレイしていないのですが、それでもドット絵愛好家の私、やっぱり手が出ちゃいますね。ドット絵、ピクセルアートの隆盛を、とても喜んでおります。

 

こまきときこさん(漫画家、語学・植物愛好家)作のエスペラント(語)シールです。「Dankon」はエスペラントで「ありがとう」です。このユーモラスなデザインが私のSBに癒しの緑の風を吹き込んでくれます。

また、以前こまきさんのBOOTH自家通販で同人誌を注文させて頂いた際に、本の包装に使われていた外国語シール(テープ)も一緒に貼るのです。こまきさんのこういうお心遣いを、こうして貼ることでひとつの「思い出」にしたいのですね。シールは手に取れる。そしてノートに貼ることで見返せる。ある意味で「思い出の物質化」のようなところがございます。

 

なんと、大切な紙であれば、裏面にのりを付けることで、なんだってシールになってしまうのです!

これは友人が送ってくださった福岡のカレー(冷凍レトルト)の包装紙です。美味しかったですし、包装紙もグッドデザイン!と思いましたので、裏面にのりを付けてシール化し、SBへ。

そう、喜ばしいことに、だいたいの紙はシールに出来るのです!※ 「この紙、良いなぁ」と思うこころひとつあれば、紙はシール(ステッカー)になるのです。紙の神はここにこそ宿るのです。Everything I paste gonna be a sticker.(私の貼るものすべてがステッカーになるんだぜ)

※ただ、紙の裏面がのりを弾く場合は、そこそこの確率で起こります。その場合はのりを他の材質のボンドに替えるか、いっそ思い切って四隅をセロテープで止めちゃいましょう。

 

 

最初のナユタン星人のシールのあとは、ご覧のとおり切手ですよ。

切手には小宇宙(コスモ)を感じますね……。郵趣(郵便趣味)の豊かさを少しずつわかりはじめております。

切手はかわいいですね。手紙や葉書を送るための金券に、こんなにかわいいデザインをしつらえているだなんて。路傍の花に似たささやかなかわいさをこれからも愛でていきたいです。そう、このシール集めは私にとって、押し花や植物観察・愛好ととても似ているフィーリングです。

 

さて、これまでのスクラップブック運用の紙面でもうお察しのことと思いますが、私のSBのシールや切手の貼り方はすごく雑です。ジャンル分け&カテゴリ分けより、「ちゃんと」シールを貼ることよりも、ほとんど何よりもただ「貼る」快感を最重要視してSBにシールを貼っています。

ずぼらな私の場合、そういう風に「雑に貼る」形でなくちゃ、絶対にスクラップブック運用が続かないだろうな、と確信したからです。いつの日かもっと丁寧にカテゴリを分けで貼る日が来るのかもしれませんが、まず今はシールをGETしたら貼る、貼る、貼る!という原始的な喜びを味わっています。それで今は充分だと思っています。

 

これからのSB運用ですが、SBのページ紙面をもっと贅沢に使っていきたいですね。シール2、3枚くらいを貼って終わるくらいのいきおい。

かわりに、残りの紙面に丁寧にコメントを描くのも良いでしょう。おそらくその際に参考になるのは、絵画の図録のキャプションです。infoと簡単な解題を書く。シール(絵の紙)の邪魔をしないように……。

TCG(トレーディングカード)は「持ち運べる小さなアートだ」と誰かが言ったそうです。小さなアート。シールは、その精神に通じていると思います。それを目いっぱい大事にすることが、この趣味の根幹にあるものだと思います。

さっきまで「雑な運用」と言っていたのと矛盾しているような気がします。私は、ただシール蒐集を「義務」のつらさにしたくないだけなんです。どうも妙に神経質な私は、ついいろいろな趣味に「義務」感を持ち込んでしまう悪癖があります。それはいけない。シールは「楽しいもの」なんです。でしょう? ですよねシール愛好家の皆様? ここだけは共通見解だと信じておりますよ私は。

シールのある日々を楽しく過ごす。それがモットーです。だから飢えた悪鬼のようになってシールを集めまくるのも違いますし、手に入れたシールをホコリかぶせておくのも違います。私が、シールで遊ぶのです。シールをGETして、SBに貼って、見返して、それで楽しい。それだけで良いんだ、と私は本当に思います。

 

 

……というところで、今回の記事を終わりにしようと思いました。

さて、いま私の目の前にあるものは何でしょう。パソコンです。パソコンにはプリンタが接続されています。私は仕事で日々ラベルシールを印刷することが頻繁に多いのですが。

あれ……私、自分の絵を……印刷して、シールに出来ちゃうんじゃない……!?

あっ………!!

き、気づいちゃいましたね……! なるほどなぁ。このシール趣味、ちょっと奥が深すぎないでしょうか……!?

 

参考記事

note.com

dailyportalz.jp

ポストクロッシングの紹介記事で知ったエハガキ華氏の書かれるものを、敬意を抱いて読んでおります。

dogmabooks.sub.jp

香山哲氏のシールのページ。このうち私は「スノードーム」シールと、香山氏の「ながいひる」でのバザーで購入した外国の切手を大事にしております。あ、それとその時に購入した「スノードーム」と「水銀」のポストカードですが、私はポストカードも蒐集するようになりました。その話はまた今度……。

umdc.shueisha-games.com

bandaicandy.hateblo.jp

www.post.japanpost.jp

私はまだこの趣味をはじめたばかりだ。

 

SS「腰」

info

レッズ・エララ神話体系中世篇「時雨とエヴィル」シリーズよりSS(ショートストーリー)です。

 

modernclothes24music.hatenablog.com

 

登場人物

・エヴィル:おなじみ銀髪黒服の黒魔術師さん。アレリアのことは面白いやつと思っていて、彼女が危機に瀕していたら簡単に命を投げ出すくらい気に入ってはいるが、毎度の下ネタ振り回されに困惑するのはまた話が別。

・アレリア:悪魔騎士。とんでもなく力が強く、超巨大騎士剣をぶんぶん振る。左腕に悪魔が宿った小手を装着しているボブカットの少女。斜め上の角度から殴りつけるようにぼそぼそしゃべる。エヴィルに恋らしい。もちろん時雨のことも好きである。性欲がつよいのだが、案外嫉妬をしないカラっとした不思議系少女である。

 

SS「腰」

アレリア「なんでエヴィルは私のアタックに気づかないんだろう」
エヴィル「それ【攻撃】、ってルビふらないか?暴走馬車が突っ込んできたら避けるだろ普通」
ア「アタックパワーはNo1!恋のクイズはいつでも難関だから」
エ「お前本当は無口系じゃないよな」
ア「まぁいいや、気づかれるばかりが恋じゃない」
エ「(ズコッ)←腰砕け」
ア「腰は大事にして」
エ「おお、結構世話焼きのアレリアであった」
ア「性的な意味で」
エ「ないわー、前後運動を想起させるのがないわー」

 

あとがきと追記

たぶん2021年に書いたものらしいですが、正直記憶がない……。なにしろほとんど自動筆記的に書いたもの、内容がないよう、な代物ですので。
そして以下、2026年6月現在の追記というか新作御負け(おまけ)というか……。

 

エヴィル「話の腰が砕けっぱなしだからタイトル【腰】か」
アレリア「性的な意味で腰砕けだからじゃない?」
エ「絶対言うと思ったわお前」
ア「連戦に耐えうるタフネスこそがせっくすでも戦闘でも大事なわけだと思う(キリッ」
エ「せっくすを消せ(delete)。そこさえ無ければお前はマジで本当良いこと言ってるんだから」
ア「イイことしよ?」
エ「なんでお前は下ネタとなると俺様レベルに頭の回転速いんだろうなぁ!!」
ア「ところで挿入時のちんこ円運動なんだけど、亀頭ドリル回転っていうのどう思う?」
エ「そろそろ下ネタの前衛度が理解できん領域になってきてるが、一応答えるか。その意見や具体的感想は、男に求めるより女に求めた方が良いのではないか?(白目」
ア「やさしいね」
エ「……」
ア「………」
エ「……えっ、オチは?」
ア「ふふっ」
エ「えーーーーっ?」

 

おわり(今日も平和だッ)

インターネットのお気に入り記録 2026年5月

本連載記事「インターネットのお気に入り記録」は、私残響のお気に入り個人サイト・ブログ・web記事を記録し発表するためのものです。

(前回の)

modernclothes24music.hatenablog.com

「インターネットを本気でやりたい」という気持ちはずっと持続しています。この「本気でやりたい」というのは、SNSやソーシャルゲームに始終入りびたるのではないです。それとはまったく逆に、個人の制作物や、その制作日誌(こつこつ)。日々の思考を重ねていくweb日記。個人の偏愛による記録アーカイブ。ある一定のテーマで丁寧につくられた企画ページ……そういったインターネットの小さな花をそっと大事にしたいという気持ちが、「インターネットを本気でやりたい」という気持ちです。

別に「流行りもの・バズっている記事」を忌避しているわけではないですが、バズ記事に一時的に注ぎ込まれちまっている世間の激情の奔流からは、距離を置くつもりでいます。

そういう時「web記事保存」というのは便利ですね。前の記録(2026年1月分)にも書いたのですが、私は「大事にしたい」と思った記事をGoogleKeepに保存しています。こうしておけば、「記事内容は良いんだけど、どうもweb世間の反応の激しさが鬱陶しいな」と思った記事を、世間が落ち着いた(飽きた)と思われた時に、ゆっくりひとりで楽しむことが出来ます。

 

「個人サイトを17年間続けるコツ」

flowerorange.blog.fc2.com

私はテキストサイトの昔から、「個人サイト」文化に恋々の情を抱いております。個人には、個人の活動拠点としての「庭」があると、とても良いと思います。するとこのSNS神経戦争時代では「庭がないと駄目なんですかッ!庭を持てない人もいるんですよ、あるいはそれに向いていない人もいるんです!あなたはそういう人たちのことを無視、侮蔑するんですかっ!」っていうリプライが凄い速さで返って来るのですが、私はもうそういう短絡さから距離を取りたいんです。以下、そういう短絡なコメントを、大人の冷酷さでもって断定的に無視し、続きの文章を書きます。

実際に「17年間個人サイトを続けてこられた方」が綴られている言葉で、内容がとても良く、豊かだと思います。個人サイト運営はマイペースで豊かな精神性でもってやっていきたい。バズとかアクセス数とかではなく……。

「ひとりあそび」が苦でないというのは、もしかしたら人の特性にもよるのかもしれません。私はずっと昔からひとりあそびが好きだったので、「ひとりあそびがあんまり愉快でない」という気持ちがいまいちわからないところがあります。

それでも、サイト運営にたまに迷うことがあります。そんな時に読む道しるべとしての記事を、私はいくつか保存してあります。この記事もそのひとつです。記事からちょっと引用しますと、

「自分の書いたものを眺めるのが好き」
「情熱がなくても続けられる気質」
「①作品自体が自分の成長の記録である、②私が恥ずかしいと感じることと閲覧者さんが読みたいと思うことは別、③他のサイトさんで好きだった作品が消えて悲しい思いをしたことがある」
「今後もだらだらとサイトを続けること(当初の目標はいつの間にか全部達成してしまったので、もはや継続自体が目標)」

私も、個人サイト/ブログ管理人として、こうありたいと思う。

 

病状レポweb漫画

togetter.com

togetter.com

togetter.com

いずれもついったーまとめサイト「togetter」でまとめられたものですが、私はこういう病状レポート漫画が好きです。あと、漫画家ビフィダス氏のコロナウイルスレポートも好きだったのですが、今見たら消えていました……残念です。

私自身も、こういった症状・病気に「気を付けたい」という緊張感を持っていたい。なにせ持病持ちで肥満体形なのです(現在93kg。「diet」カテゴリ参照)。

でも「緊張感を持たねば!もたねば!そうせねばいけない!」と自分を追い詰める感じで緊張するのではちょっと疲れる。それよりも上記の3つの漫画のように、かわいい絵柄で、内容もわかりやすく、読後感の良いレポ漫画を読んで「きちんと生活をしていくのは大事だな…毎日を大切に生きよう」と静かに思う方が、私はなんだかんで良いと思うのです。

 

「生存記録」の2026年春の一連のインターネット話

hayasinonakanozou.hatenablog.com

hayasinonakanozou.hatenablog.com

ここ最近の筆者elein氏のブログ「生存記録」更新は、読書記録、映画感想、散歩記録、そして恒例のゴールデンウィーク過ごし方振り返り、と、良い意味で「いつものメインコンテンツ」を更新されています。どの記事も楽しく読めて、ブログ愛読者として嬉しい。

ゴールデンウィークの大掃除の話は今年もあって、こういうルーティーンは大事にしたいと私にも思わせてくれる。また、映画「ミツバチのささやき」感想やフローベール「ボヴァリー夫人」三度目の再読感想も大変読み応えがあった。

その上で。私にとってはelein氏の「インターネットとの向き合い方」に関する一連の思考・記事は、とても大事な文章なのです。

elein氏は近年、劣化していくインターネットに対して距離をおくべくデジタルデトックスを試みられている。しかしヨハン・ハリ『失われた集中力』を引用し、ご自身のデジタルデトックスにどこまでの効果があるか?と自省される。自分は本当にデトックス出来ているのか? このデジタル社会で100%のデジタル断ちをするのはやはり無理筋だろう、と(公的サービスや移動手段などが即座に挙げられる)。

デジタルデトックスに意義はあるが、本質は「デジタルを断つ」ことではない。オンラインとオフラインの両方の良い所を両輪としてきちんと見極め、デジタルを「上手に使う」ことが一番大事なんだ…とelein氏は述べる。私はelein氏のこの結論を支持したい。

またelein氏はpha氏の「書きたいことがない人のための日記入門」を出し(この本は私も読みました。齋藤考氏との共著「あらゆる悩みは東洋思想で解決するかも」と一緒に)、web日記への愛着を書かれている。日記のゆっくりさ、マイペースさ、自由さ。

私は思うのですが、たぶん「デジタル社会・オンライン・SNSの速度のみ」の人間性になってはいけないんだろうな、と思う。とくにSNSの速度はいけない。端的に言えば、ついったーやtogetterで得たネタを話すだけしか能がない人間になっても仕方がないということです。その薄っぺらさに言及するのは今更屋上屋を重ねるようなもので。

アナログツールの活用にせよ、創作や個人研究に手を出すことにせよ。あるいは個人サイトをこつこつ作ることにせよ。日記をこつこつ書いたり、自然体の旅行をしたり、孤独に読書や音楽や映画の鑑賞をしたり。

それらは、「デジタル社会・オンライン・SNSの速度」とは別の尺度をもった時間性・人間性を自分の中にとりいれ、じんわりと楽しむことです。そこが大事なんだ……と私は「生存記録」を読んでいてしみじみ思いますし、だから私はこのブログを愛読しているのです。

 

「ARMORED CORE VI」 ファンの反応記事

togetter.com

togetter.com

nolonger.hatenablog.com

ロボットゲーム「ARMORED CORE VI  FIRES OF RUBICON(AC6)」へのファンの反応記事を読むのが好きです。

www.armoredcore.net

マニアックなロボットファン向けの硬派ゲームAC6を、歴戦のファンがいろいろな角度から楽しみつくそうとしているお姿がとても良いです。一部ネットミーム的というか、美少女化の方も大変盛り上がっております。そっちも私、嫌いじゃないですとも。

かく言う私も、時計台さんのブログコメントにも書かせて頂きましたが、30MMのAC6コラボプラモデルは大変楽しく組ませて頂いております。実はまだゲームはプレイしていませんが、AC6というゲームやファン風土に対する気持ちは大変好意的なものがあります。

純粋に、硬派に。自然に、そして自身のロボット愛を存分に。そんな風にロボットゲームを楽しまれている彼らの姿は、良いと思います。

 

ルピシアのスタッフ座談会

www.lupicia.co.jp

最近、少しずつお茶や和菓子にハマってきています。これについてはもうちょっと知見が溜まったら、また書きます。とりあえず、ハリオの水出し茶ポットは良いですね。

www.hario.com

お茶メーカー・ルピシアの初心者向けティーバックセットの中で、味わいが普通と違って面白く美味しいお茶があったので、web検索、そこから興味をもってルピシアのホームページを見ていましたら、こういう座談会記事を読みました。

やっぱり自分の会社のお茶を、ご自身が好きなスタイルで楽しまれている。それもコロナ禍のなかであっても、というのが良いですね。とても健全だと思います。お茶文化に対する信頼。お茶文化の担い手たるスタッフ氏らの言葉は、真実で良いものだと思います。

あと、お茶関連では次の動画も好きです。皆さんお茶が好きなんですね!って感じで全然マウントなどなく、話の流れが終始和やかです。

www.youtube.com

 

枝木を活けている

自室で、透明な花瓶にひと枝、枝木を活けている。
なんてことはない。自宅の周囲に生えている草木、樹から、元気な枝を10cm強くらいチョキンと切って、水を入れた花瓶に入れているだけの話です。

 

以前は、たまに花を買ってきて花瓶に入れていた。
やっぱり花の力ってものはあるね。生命力なのか、自然な花の色なのか。その花瓶ひとつあるだけで、モノクロの自室全体になんか「生」のうっすらした雰囲気がもたらされ、なんだか清潔な心持ちになってくる。
ただ生来ズボラな私です。日常、花のお世話をついついサボりがちになって、やっぱり枯らしてしまうことも多かった。反省。

この一年、仕事や私事がずっと忙しかったので、花を買う余裕--金銭よりもむしろ時間--が無かった。
余裕なんて「ある」ものではなく「見つける」ものだろうよ、と思うのだが。それは確かにそうだけど、忙しかったのも事実(ほんとう)だし、そういう私を否定したくもない。
花は、草木はいいですね。植物は自分自身を否定したり、嘲ったりしない。自己否定や嘲るというのが、霊長類が誇る「知性」だとでも言うのか。

花や草木に対する興味や親しみはずっと続いています。
でも、毎回買って、枯らして……っていうのにも、我ながら少々飽きがきていたのも事実。
そんなわけでふと、自宅の周囲(住んでいる所は田舎です)に生えている草木、樹木から枝をわずかに切らせてもらって、自室に活けるようになったのです。
切らせてもらって、と表現しているが、他の人の家の敷地内の草木を切っているわけではない。これは、自然に生えている草木に対し、人間が己が楽しみのために「ヂョキン」とハサミで切断することに、ちょっとした躊躇いのこころがあるからだ。
園芸「趣味」なんだから、モノを扱うように切ればよいではないか。確かになぁ。でも、相手も生き物だし、それになんだかんだで相手(草木)への畏敬の念っていうのは失ってはいけないものだとも思うし……。趣味活動の根底には、対象物(モノ)への尊敬や畏敬、有難みというものをいつも忘れないようにしたいのです。

 

自室で花瓶の中の枝を見る。PC机の隣の机(物置スペース)に花瓶を置いてある。
とくに花が咲いているわけでもない。花が咲いている枝を切ってきても良いのだろうけど、今は枝に生えている葉っぱを見るだけで充分だったりする。青々とした緑の生き生きさを見ると、清々しい気持ちになる。

花瓶に水を入れて挿しているだけでも、かなり枝木や葉っぱは保つのだ、ということを知れた。
かなり保つのである。正直、数日経てばしおれて枯れるのでは?と思っていたが、一週間をゆうに超えて、かなり保つ。気が付いた時に花瓶の水を替えたり、水を給水している枝の末端を掃除したりカットしたりする。「さすがに弱くなったか?」と思った葉を、丁寧に気を付けてちぎる。そして枝を眺める。

ただの枝、葉っぱなのだけれど、これが飽きない。見ていてなんとなく清々しくなってくる。まさか自室の二酸化炭素を吸いまくって空気を清浄にしているわけでもあるまい。でも、この花瓶の枝を見ていると、気持ちが清々しくなってくる。もうちょっと園芸をやってみたい、植物の知識を得たい、と思う。次はどの枝か。いや花瓶を他にも調達するか。何か植物の本を読むか。あるいは植物を見ながらスケッチをするか(私は絵を描くまで何も見ていないとすら言える)。

 

たぶん、淀んでいるのは自室の空気ではなく、私の心なのだろうな、と思う。それは間違いないだろう。すぐ現世利益なんぞを求め、過去の何かや今の人間や未来の没落に怯える私だ。小さく浅く狭い私の心だ。本当にそうだろう。
私は今、何かを楽しめているだろうか? 何かに本気で取り組みたい。本気で取り組むから返って来る真の楽しさってものがあることは良く知っている。だから、それをやりたいのだ。

花や草木から学ぶことがあると、最近ようやくわかるようになってきた。毎日を大切に生きたい。