本連載記事「インターネットのお気に入り記録」は、私残響のお気に入り個人サイト・ブログ・web記事を記録し発表するためのものです。
前回の
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少年少女たちは夏休みです。いろんな経験や思い出を、楽しんできてほしいものです。
え?大人で社会人なおれたちには夏休みはない? そりゃあ…まぁわかりますけども。血涙でもって。
でも、「夏休みの思い出」を、大人の私たちも作ってはいけない法はないわけです。私たちも思い出を作っていきましょう。未来の私たちが振り返って励まされるような思い出を……。
というか、積極的に思い出を作るというのは、その明日にでも「やってよかった」とすぐ思えたりするようなものですよ。実際私、先日とある機会があり、友人への応援漫画として1pまんがを描きました。その人に笑ってもらえたらよいなぁ、と思いながら。いや、描いている時間は生き生きしましたね。描いてよかった。翌日もじんわりそう思ったほどです。
私は未だに、小学生の時、朝から自転車をこいで夏空のもと、模型屋さんに最新キットを買いにいったことを思い出します。趣味の意味を疑わず、他人にどう思われるかなんて考えもせず。模型屋さんに行って、キットを買って、すぐ作りたい! …あの時、少年の私は実に「正しかった」。今はずいぶんとヌルくなったものです。だからこそ、私はあの自転車をこいで模型屋さんに走っていた私のように、またなりたいのです。SNSなんかやっている場合じゃない!
Yostar李社長×4Gamer.net:Kazuhisa社長/編集長 対談連載「社長のボヤキ」
現在ゲーム業界のなかでもトップを走るYostar(「アズールレーン」「ブルーアーカイブ」「雀魂」etc)の社長と、老舗ゲームメディアサイト4Gamer.netの社長兼編集長による「社長業」「経営」をめぐる対談です。キラキラ感・イケイケギラギラ感が絶無。社長という立場を謳歌するなんて全然なく、「社長なんて究極の雑用係」「社長=無限働かせプラン」「社員は福利厚生使えるんだろうけどおれら社長は使えないし…」と、とてもリアルな「社長業」の姿が見えます。
そもそもこのお二人も「社長になってやる!企業!」というタイプではなく、なし崩し的に社長になって仕事を半ば便利屋的にやっていく…というタイプでした。だから一般的な「社長」のキラキライメージからは相当遠い。本人の仕事にスター性はなく、仮にあったとしてもそのスター性を仕事の為に使うのが一番合理、という話ですらあります。あ、ここわかりにくいですね。要は、新作ゲームの発表の時にタレント呼んでいろいろ手間やギャラが出たりするようなら、社長が出てプレゼンしちゃった方が早い、っていう類の話です。その方が手間もギャラも大幅に抑えられるし、「(この場合)社長にNOはないですからね」という風に諦め、今日も仕事が回っていきます。
前からこの対談連載、面白く読んでいたのですが、この数年実際に私が事業の代表になってみると、ここで書かれていることが非常に実感をもって身に迫ってきます。「あー、この感覚かー」という。ついでに言うと桜玉吉「幽玄漫玉日記」の会社・社長業パートも「うわ、わかる~」と思いながら読めるようになりました。なっちゃいました。
「案外理解されない社長の気持ち」。会社の中で社員として働いている人たちが、この気持ちを奥底まで痛感する必要はありません。もしそうなってしまったらそれはそれでヤバい状況でしょうし。社長としての対価も一応もらってはいるけど、「それくらいはねぇ。ていうかそれくらいの対価もない会社ってどうなの」というくらい。
対談している社長お二人が率直に、ユーモアも交えつつ、しかし本気の愚痴を言い合う対談なので、テンポよく読めますが、ベースにあるのがある種の慢性的疲労…というのも事実です。それでも会社は回していかなきゃいけないし……。
ラスト付近の「社長(俺たち)にとってのモチベーションって何?」のくだりは良い話でした。「気の置けない仲間たちと一週間頑張って、帰りにささやかにちょっと良い食事するのが幸せだった」。どこからか聞こえてくるロード第四章です。なんでもないようなことが幸せだったと思う……。そんなわけで、面白い記事ですし、今の私の仕事状況的にも大事な記事でした。
デイリーポータルZ編集長が選ぶ、クラフト感のある個人ホームぺージ/「野花の写真帳」
デジタル、インターネットにおける「クラフト感」。ひとつひとつwebページや企画、日記を丁寧に作っていく。webデザインにも凝ってみる。CMSでサイトを完璧に管理するのが目的じゃないんだ。自分が、自分自身としていつまでもいじっていられる「箱庭」感、クラフト感。それがあるホームページはいつも、いつだって最高なんだ…!
というように、デイリーポータルZ林編集長は@niftyの#好きがつながるプロジェクト 内のこの企画ページで、三つの善き個人サイトを紹介されています。とても良い企画ページです。
日用品でラジオを作るページ、野花の写真をupするページ。ローカル鉄道の駅や路線にちいさく佇む庭についてのページ。どのサイトも最高でしたが、私が特に好きになったのは二番目の「野花の写真帳」でした。
https://hototogi.world.coocan.jp/hototogi2/
いろいろな植物の、いろいろな情景がある。それだけでなんて嬉しいのでしょう。私から見たら、ずっと「夏休みの自由研究」をされ続けている、という風に見えます。素敵です。素敵な写真と、落ち着いていて長くない文章。長くなくていいんですよ。何かにせっつかれるようにして長文をものす、というのがすべてではない。自分のペースで自然と付き合い、自然世界への愛を自分の中に感じる。それがナチュラリストの生き方だと思います。
「生存記録」旅の話
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この残響ってやつは本当にブログ「生存記録」が好きだな!と自分でもセルフツッコミしてしまうほどです。 いや、本当に好きなんです。
どこがそんなに好きなんだろう? まず、筆者elein氏の落ち着いた筆致、文体が好みです。私のようにメッキのテンション高さ・擬態の明るさみたいな筆致とは全然違う。ていうかそもそもなんで私はこういうメッキの明るさみたいな文体になっちゃったんだろう……。ともかく、elein氏の落ち着いた深い思索、趣味やネット社会への取り組み方、文芸から得た滋養を実社会や旅行でも活かしていこうとされる姿勢……そういう静かで豊かな書き手としての姿勢を、ファンとしていつも愛読しているわけです。
それから、読んでいる作家・作品でも「あ、それ私も好き」というのが結構あるのが勝手に嬉しく思っています。とくにpanpanya先生への愛は、私も同じくするところです。
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ところで、私は敬愛するブログ/個人サイトの筆者の方が、自身のサイトのカテゴリ分けやシステム構築の裏話をされるのを読むのが好きです。私はそういうファンなのです。なので、「生存記録」の「お出かけ」カテゴリの舞台裏について話されるのを読んで、私はとても嬉しかったです。やはりelein氏の文芸(当然ここには漫画や映画、ADVゲームなども含まれる)の読み方は好きです。読み方……自身への「刻み方」、あるいは、文芸観を、ご自身の人生に豊かに活かしていこうとされる姿勢。文芸とは、ある意味で「視点をズラしてみるこころみ」です。そしてこの世界というものは、視点を少しズラすだけで、素晴らしくもなったり、迷宮になったりもします。panpanya作品のように。楽しいですね。
そんなわけで、最近の「生存記録」更新は横浜ベイブリッジへの旅行記録があって、面白く読みました。……と、まさに本日、次の記事がupされました。
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私は、各地の同人イベントに自作の音楽CDや漫画同人誌、模型ジオラマを持って旅行(遠征)し、イベント参加した後シマーネ農業王国に帰宅する…ということをこの10年くらい何度も行ってまいりました。
多いのは、毎年春秋に東京で行われる音系・メディアミックス同人即売会「M3」。これは本当に良く行きました。他の音楽系の同人イベントにも行きました。それから岡山で開催された小さなオールジャンル即売会。九州コミティア。そして山陰の模型展示会にも参加をしたことがあります。
これらのうまいタイミングで、各地の友人とオフ会が出来ないか…と目論んで、実際にお会いしてくださった方々がいらっしゃいます。ありがたい限りです。場合によっては同人即売会の売り子までお手伝いしていただいちゃって……いや確かにこれはありがたい限り。その節は有難うございました。
そういう意味ではかなり「目的」のはっきりしている旅です。私のこの10年間の旅行は。その旅行中でも思っていたことですが、ずいぶん「目的」のための行動ばっかりだなぁ、と。町をゆっくり散歩してみる、っていう行動が、案外少ない。それはそれでもったいないことをしているなぁ……と思っていました。
反面、隣の町にいる、私の長年のリアル友人のI氏はこの「のんびり旅」の達人なのですね。彼は鉄道と飛行機、とくにボーイングが好きで、羽田の飛行場で写真を撮った後、東京をゆっくり街歩きするのが楽しみで、と話していました。ゆっくり街を歩いて見えてくるものがある。その価値を私も知っているだけに、彼の話を聞いて「いいなぁ!」とうなずいたものでした。
今回の「生存記録」記事の内容は、加齢によって旅の「ままならなさ、うまくいかなさ」が増えた、という内容です。私にしたって上記の「目的」はっきり旅……もっと言えば同人イベント遠征、というのが今後どれだけ出来るのかなぁ、と思うようになりました。前は夜行バスに乗って東京までGo、バスターミナルから駅を乗りついで、同人CDや同人誌や設営什器を入れ込んだキャリーカートをかつぎ、イベント会場まで歩く。イベントが終わったら、まぁ打ち上げをすることもありますが、結局その日のうちにヒコーキに乗ってシマーネ農業王国まで帰る。翌日仕事もあるし……なんていうあわただしさです。
そういう体力がかかる旅っていうのは、この先そう多くはやれないだろう……とぼんやり思うようになりました。仕事の状況も変わって、今はなかなか休みの時間がとれない。創作自体は今後もやっていきますが、たまにはコミティアとか文フリ(東京…が無理なら大阪や広島…)に出たいなぁ、という気持ちもあります。
でも、前みたいな「目的」に向かってバーストするような旅じゃ、きっと疲れてしまうんだろう。いや、過去のどの旅も最高でしたが(それはお相手してくださった友人たちのおかげであります)、体力と金銭を結構使ってしまうものだというのも事実。
「無理をしない、ゆっくりした旅」を自分も少し試してみていってもよいかもしれない…と思いました。旅の良いところは、elein氏も書かれているように、
知らない土地を歩いているあいだは、普段の自分、普段の生活から少しだけ離れられる。見知らぬ街で、見知らぬ建物を眺め、見知らぬ道をさまよい、電車の窓から流れていく景色をぼんやり眺める。---生存記録「中年の旅、悲哀の作法」
と。仰るように旅をしていて、これまでの私の生活ーーもっといえば毎日の散文的日常の生活文脈ーーから、少しふわっと「離れた」な、と感じることがあります。そのふわっ、とした感覚は、なんか良いものです。このふわっとした感覚は、別に同人イベントにフルパワーで出陣遠征しなくても得られるものです。そして今の私は、自分自身にちょっとした変化ーーちょっとした意識や世界観のズレーーをもたらしてくれる、このふわっとした「離れた」な感を、たまに接種してみたい。
なにせ、日々忙しくしていると、このふわっとした「離れた」感ってものが皆無になっていきます。その皆無さがいずれは自分自身の固着化、やがては老害化になっていくことは容易に想像がつきます。
それから、本記事のタイトルには「悲哀の作法」とあります。
作法……確かに、日々私自身が感じている40歳ゆえのかなしみ、あわれさ、ペーソスに対して、ああ嫌だいやだと愚痴ったり、ふて腐ったりするのはよろしくありません。
それにはある程度「作法」でもって対応していくのが大事。悲哀にも、作法がある。旅で感じる自分のままならなさに対しても、「まぁこういうのもあるよね」と、自身にたいしておかしみを見る。それがまさに作法です。
記事の終わりの方で「自分自身(心身)と相談し、旅の内容を変えていく」という記述があります。自分自身ってやつのポテンシャルはどんどん下がっているのに、ぼやきまくる声ばかり大きい。そんな自分を愛するのはなかなか難しいです。
でも、私に一番近いところにいるのが、自分自身(の心身)ってやつです。なんだかんだ、良くやってきたじゃないか……と少しは自分でも思いたい。こういう風に、自分自身を少し赦す……ダダ褒めるのではなく、ある程度受容して、毎日を送っていく。elein氏の文章を読んでいると、なんだかそういう風に思わせてくれる。だから私はブログ「生存記録」が好きなのです。
(記事の感想になっている……のか? でもこういうことをぼんやり考えました)
予告
本連載「インターネットのお気に入り記録」ですが、記事がこの時点でなぜか5600字になってしまっているので、さすがに長く、いったん切ります。
他にもご紹介したいお気に入り記事・サイトがございまして。またこの夏の間に書きたいと思います。よろしくお願いいたします。
残響(ブログ管理人)



