残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

ラブカミ感想総括・当時を振り返る編

○なんか一ヶ月おきのupってどうよ?

こんなに開くとは自分でも思ってなかったのですが、第一単なるコピペ作業で紙面が埋まる、みたいな安易な企画だったのですが、それさえも出来なくなるとは、いかに自分のブログ……というより「批評/レビュー」に対する熱が冷めてるか、という。


ただまあ読み返してみて、「ああ2年前の自分はそれなりに熱心に文章を書いていたのだなぁ」と慨嘆する思いであります。


毎日小説書いて(それが新人賞落ちて、結果「なろう」で掲載されてるもの。これとかこれとか)、それも長編レンジ(長さ)のものを毎日ですからね。
その上このブログ書いて(回数自体は少ないものの、長文傾向だったため、結果総テキスト数としては結構なもの)、
それから連日青井さん義実さんtwitter上で議論したり妄想したり、
Mixiで裏日記やソーシャルライブラリー(書評・レコ評)書いたり、
メールのやりとりしたり、その上仕事で文章書いて……
うん、くたびれますわな。


思い返せば祖母の死(去年の6月)一ヶ月はろくろく文章が書けず(当然か?)、しかしそれ以前(2009年末帰省してきてから2011年夏まで)とそれ以降(7月〜12月)までず〜っと、休みというものをいれず小説をはじめとした各種テキストを書きつづってきたわけです。仕事込みで。


で、年が明けて2012年、年末に設定した「文章オフ」が、今もなお引きずっています。
それまでがそれまででしたから、それなりな休みを設けるのはごく自然だとは思いますが、しかしそろそろアウトプットの時期にさしかかっているのではないでしょうか。
……とはいうものの、昨今の心身の不調は如何ともしがたく、馬鹿発見器の異名の如く、twitterで人としてアカン呟きをしてしまい……ダウナーな気分ってほんと駄目ですね。


それで、こうして過去テキストでお茶をにごしていたわけですが、いやほんと、当時はよく書いていたのだなぁ、としみじみ思います。
B級エロゲ愛好家としてそれなりにこなれてきた頃、こういった「ふつう」の作品をやることによって、自分の立ち位置というものがある意味図れたような気がします。いや、今だからこそ余計にそう思えるというか。
概ね好意的に書いている……少なくとも、「楽しもう」と思ってプレイしたゲームであり、その楽しみ方は能動的なものでありました。
今にして思えば「年に何作も出される普通の萌えゲー」に評価が(自分の中で)収まってしまった感がありますが、こうやってリアルタイムでレポを書いていると、……どちらかというと「味わう」的な楽しみ方になってきます。


んで。
自分に批評をやる意味は、資格はあるんかいな、という、このブログが抱えている問題ですが、もうこうなったら開き直って、「やりたいようにやればいいじゃん」でいこうかなぁ、と。
つーかですね、「やりたいようにやりなさい」と多くの人から進言くださっていたのですが、自分で自分を縛っていたのですね。「小説家たるものこうあるべきだろう」と。
でもそんな縛りプレイしてても、結局何か生み出せたか、というと、あはは、この始末ですので、もう開き直りです。
批評をしたかったらする。したくなかったらしない。時流を垣間見ない。書きたいことだけ書いていく。


……どこでも書いてこなかったのですが、先日の吉田秀和氏の死去のニュースが、正直言って、まだ自分の中で整理がついていません。
追悼番組をようやっと数日前に見ました。そして改めて氏が戦後「自分が生涯を捧げることのできる『音楽』を、もうこうなったら自分のやりたいように批評し尽くそう」と決心し、『主題と変奏』を上梓して、音楽評論のキャリアをはじめたというこの話、思い返すだに、
――「文筆家だったらやりたいようにやったらよいのではないか」――
としみじみ思ったわけです。
吉田氏の胸中にあったのは「悔いのないように」でした。機会が与えられたのなら、せめて最後まで。そして本当に最後まで氏はやり通しました。
吉田氏ほど立派に文筆活動人生を送れる自信は到底ないですが(何と言っても98歳現役!)、せめてワタシも、「悔いのないように」。
……それにしても、このブログもあっという間に3年経ってしまいましたが、時間の流れるのは速いですね。
人生はどれだけの速度なのでしょう。