ここ最近で、急にカードというモノ(アイテム)が好きになってしまいました。
直近で、ポケモンカードゲームのデジタル版が出ました(ポケモントレーディングカードゲームポケット=略称ポケポケ)。でもその流れとは特に関係がありません。
自分でも驚いているのですが、急に「カードという物体」に面白みを感じるようになったのです。
TCG的対戦が好きになったわけでもなく、コレクション欲もなく、ただ単純にカードを手元で繰ることが楽しいのです。観賞用スタンドに入れて眺めるのも楽しい。
スリーブ交換も楽しい。フォルダに入れて一覧で眺めるのも楽しければ、ストレージボックスに入れてあれでもないこれでもないとカードを探すのも楽しい。
カードのテキストを読んでゲームシステムを考えるのが楽しい。カードの絵(アート)を見るのは無論のこと最高です!
カード愛好のきっかけになったのは、主に2、3のものがあります。
まず(1)、永谷園のお茶漬けに付いてくる浮世絵(東海道五十三次)カード。
自宅にあるこのカード、なんとなく手に取って眺めていたら、ぎょっとしてしまったのです。広重の浮世絵の極端な遠近法構図に。当時私は漫画の背景を描くために、いろいろな絵画にヒントを求めていました(今も)。やっぱしパースのきちんとした理解は必須だなー、と思っていたところに、浮世絵の極端な遠近法構図。デカいアイテムと小さいアイテムの差が極端。というか遠近アイテムの選択の異常さ。
そんなこんなで、これまで西洋美術を主にしてきた私の絵画観ですが、一気に浮世絵に注目してハマることとなってしまいました。永谷園の浮世絵カードで! 失笑ものの話かもしれませんが、しかし確かに永谷園の浮世絵カードには恩があります…。そんなわけでまず永谷園浮世絵カードをカードスタンドで飾っています。
それから(2)、カードダス「機動戦士ガンダム 水星の魔女」
もうこのブログの模型話題のあたりでおわかりかと思いますが、私は横井画伯が描くSDガンダムの完全なる当時世代です。
去年、水星の魔女というコンテンツにどこから手を出そうかなぁと思っていた時、わりに良く行くスーパーマーケットにこのカードダスのガチャガチャマシンがあったのを見つけました。なんとなくコインを入れて出してみて、「あー懐かしい」と思ったものでした。それからそのスーパーに行く度にガチャマシンを回して、カードを少しずつ集めました。この行為、完全にノスタルジーですがなんか楽しかった。カードの横井画伯の絵も大変良かったですし。結局vol.3まで付き合ってしまいましたよ。

そしてきっかけ(3)は、ワタル氏が描く漫画「カードゲームうさぎ」。
この数年、私が一番楽しみにしている漫画のうちのひとつです。同レベルに楽しみにしているのがハクメイとミコチやふらいんぐうぃっち。そのレベルで好き。
現在、長編シリーズ「エピソード・ライ太」が400話を越え連載中ですが、私は第1回からpixiv Fanboxで課金して読んでいます。
そもそも私がカードゲームを全然やっていないにも関わらず、この漫画を愛好しているのは、数年前に告知ついったーをDM確認した時に※、たまたま「鷲崎伝」の15話がどこかから流れてきたのです。全く初見の4コマ漫画でしたし、当時はカードに全然興味がありませんでした。それなのに凄く漫画の内容に惹かれたのです。
※(私はレッズ・エララの告知ツイッターは、ほぼDM確認がメインです。個人アカウントを削除してから相変わらず、SNSから本気で離れていたいのです…)
そして前作たる「カードゲームうさぎ うさぎとうさぎの奮闘記」をチェックしてハマり、鷲崎伝の最終話・第30話で感激。ワタル氏のこの漫画は「凄い」!と心底思いました。カードゲーム対戦&デッキ調整のある日常、狂気、楽しみ、葛藤、そして友情…。あまりにも内容が濃く、骨太で、読みがいがある。
最近、やっとカードに興味が出てきたので、余計にこの漫画が楽しい。
そのようにカードが好き…とはいうものの、一番最初に書いたように私はどうも「対戦カードゲーム」にはやはり今もあまり手が伸びずにいます。カードゲームうさぎ読んでてそれで良いのか、とちょっと思ったりもしますが。
まぁそれはともかく、今はやはりソロ(ひとり)でカードと向き合い、カードを愛でたく思っています。現在そうやってのんびりカードを買っているのは、永谷園浮世絵カードと水星の魔女カードダスの他に、以下のようなものです。
「桜降る代に決闘を」
前から私はTOKIAME氏の絵&書き文字の書体が好きでして。「墨絵」感あるタッチの線で描かれるキャラクターを見ているとなんだか脳がとろけそうになるw
そんなわけで私の中では一番カード観賞で目の保養になっているシリーズです。
「ポケモンカードゲーム」
小学生の頃、流行りもので買っていました。当時から私は対戦が好きでなく、カードを見てゲームシステムをいろいろ頭の中で考えるのが好きでした。ポケカの雑誌もあって、姫野かげまる氏のイラストエッセイが好きだったなぁ。
いつも行くコンビニで、現行のポケカのスターターキットが売っていたので買ってみました。詳しいルールを今確認しているところです。
ポケモン、私は「ポケモン金」のあたりで終わってしまっている人間で、その後のポケモンの展開を知らないのです。なのでまずポケカからポケモンに再入門するのも良いなぁ、と思っています。絵(アート)もとても観賞しがいがありますし。
あとは100均ショップで東方projectやアズールレーンのカードがあったらとりあえず買ってみています。
カード愛好者から見た情報カード法のこと
それからわりと自分でもどうしようもないなーと思っているのが、カードをこうして繰る楽しみのついでに、仕事やプライベートで頂いた名刺の数々を整理してはちょっと喜んじゃっているのですw 本当に私、「カードという物(アイテム)」が好きになってしまいましたね。とにかくカードを繰っているのが幸せです。
さらに、自分は民族学者・梅棹忠夫氏がやっていた(from『知的生産の技術』)ことで知られる「情報カード」法。あれもこの流れで面白く感じるようになっちゃいまして(笑)。
もうここまで来るとカードの玩具性から離れているような気もしますが、しかし情報カードを改めて整理していると、これもこれで楽しいのです。どうしようもない。
「情報カード」法については、「知的生産」界隈というか、ノート術だったりアウトライナー使用法だったりを考察する界隈ではよく知られています…というか基礎教養というか。私もそういう界隈の方々の書く文章をよく読みますから(上記noteの倉下忠憲氏の著作を私は愛読しています)。
ただ思ったのが、情報処理&発想において、「カード法は挫折しやすい」と言われてもいるのですね。界隈ではいろんな考察がなされていますが、ふとここで「モノ」としてのカード愛好家の立場からしたら、「モノとしてのカード自体に魅力がないからでは?」という仮説を抱いたりします。
そのカード、繰っていて楽しいですか?という話というか観点ですね。「情報処理なんやから、モノ(アイテム)としてのカードは無機質でかめへんのや!(似非関西弁)」という声が聞こえてきそうですが。でも「素朴&フィジカルな楽しさ」がカード運用のモチベにもたらす影響って案外あるんじゃないのかなぁ、というのがカード愛好家としての意見です。
どうすれば楽しくなるのか、というのは、そうですねー、字のレタリングをいろいろいじってみるとか、絵(アート)を搭載してみるとか、色つけてみるとか、それから手触りの良い感じの紙を選んでみる、というのはどうでしょう。あるいはカードをスリーブに入れたりとか。そうだ、この「カードをスリーブに入れる」っていうの、全然知的生産界隈で聞かないな……
そんなわけで、「カードであればなんでも良い」みたいな感じになっていてちょっとアレですが(苦笑)、でもなんだか今の私はカードをフェティッシュに、しかし愛着をもって楽しんでいます。殺伐とした日常のちょっとした癒しです。カードは「持ち運べるアート」だ、と言ったのは誰でしたっけ。でも私も確かにそう思います。あまり神経質にならず、外出用鞄の中にちょっとカードを忍ばせたりなんかして、楽しんでいきます。仕事で名刺を出すときに美少女絵やポケモン絵が描かれたカードを出さないように…。