残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

上海アリス幻樂団「蓬莱人形 ~ Dolls in Pseudo Paradise」

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上海アリス幻樂団

●リズム

 

ZUN氏のリズムは、「リアル」なものではないです。

むしろ非常に打ち込み。じゃあ、それがスクエアなものか、というと、さにあらず。非常に動きまくるドラムのラインなのです。小刻みといってもよく、それは「すったんたかたん、すったんたかんたん」をずっと繰り返すミニマム的な要素ではなく、むしろジャズ的に、当意即妙でもって盛り上げ、揺らし、グル―ヴを作るものです。

東方がこれまで同人音楽で隆盛を極めたのは、メロが一番ですが、このリズム・アレンジ能力が、それまでのゲーム音楽にはないものだからです。

それは、ひとえにジャズ感覚です。

ジャズとは、「定型リズム」……ずっと一定のリズムを叩く、というものではないです。メタルみたいなそれとは、全然違うのです。

むしろ、ところどころでオカズを入れる……東方の音楽は、リズムが非常に小刻みで、展開が次々に現れます。それは、「飽きさせない」というモクロミよりは、メロを十二分に活かすため、リズムが、いわばサブフレーズとして展開するのです。

しかし、この横揺れ感覚……東方は、ジャズが出自なので、この横揺れグル―ヴ(スウィング)があるのですが、これは、昨今の「ジャズミュージシャン」が逆に失っているものでもあります。ところがZUN氏の特徴のひとつである、この「横揺れ感覚」は、むしろジャズの源流に近いです。だから素晴らしい!

 

●メロディー

 

前の卯酉東海道レビューで書いたように、上海アリス幻樂団のメロは、黄金です。

上海アリス幻樂団試論、卯酉東海道をめぐって - 残響の足りない部屋

まして、この盤は、わたしが「一生上海アリスについていこう!」と決心するだけのものがありました。

全部の曲が、手癖メロではなく(もっとも、ZUN氏の曲は手癖であっても素敵なのですが)、ひとつひとつに世界観があります。(それは次項で語ります)

そのメロがどこから来てるか、というと、それは前のレビューで書いたのですが、この頃のZUNメロは、「懐古感」と「憂い」……どこか骨董品めいた、品があるのです。

音色的には、まだチープなのですが、このチープさこそがむしろZUN節の一端を担っている、といえます。

すべての曲がマスターピースと言いきってしまっていいのですが、個人的に最高なのが、「蓬莱伝説」。


【蓬莱人形 ~ Dolls in Pseudo Paradise】 01 蓬莱伝説 ~ Legend of ...

この曲は……最高すぎる。

東方にしては珍しく、ゆったり系の曲なのですが、あまりにもメロが……世界観が、素晴らしい。東洋の空気感、東洋の旋律にして、雄大で悠久な世界観・時間感覚が、ここに現出しています。ずーーーーーっと聞いていたい。

 

●ハーモニー=世界観

 

東方の曲を聞くと、わたしの脳内には、さあーーっと、ひとつの情景が浮かんでくるのです。

それは、他のどの音楽でもあるわけではないです。でも、東方の音楽なら、確実に起こります。

それだけ、ZUN氏の曲には、世界観がある。

ときに、その世界観を、詩の形でスケッチしてみましたので、曲順に従って、張ってみます。多分、詳細に理屈で説明するよりも、こっちのほうがすんなり伝わると思いますので。

……この「情景喚起力」という点、これが、わたしが東方が最高の音楽である、と断言する理由なのです。別の世界に連れていってくれる……比喩じゃなく、本当に。

 

なお、このアルバムに収録されている全曲には、ZUN氏のショートストーリーがついてますが、以下の詩は、楽曲から感じ取ったわたしの情景です。といっても、ZUN氏のストーリーに、ところどころ引っ張られてますが……

 

 1.蓬莱伝説

セピアの色の現実がある。

大陸の辺境で、時のゆるやかなる

仙女の少女が風をまとう。琴の調べにのって

永遠はただ永遠としてのみ

伝説は密やかに語り継がれる……東の国の、遠い昔の夢

 

 

 2.二色蓮花蝶 ~ Red and White

激しく蝶が舞う。二色の、紅と白の蝶が

ーーあなたはまるで、戦うように

疾風を打ち負かし、華麗に宙を舞う

硬質な空気の中

あなたは知っているのか、限定された高みを

それでも戦うのか、あなたは

しかし、誇りの剣は、ただ振るわれて

刃、羽、まっすぐに進むは二色蓮花蝶 

 

3.桜花之恋塚 ~ Japanese Flower 

失われた恋は、桜の木の下に

悲しいか? もう遠い話だよ

風は吹き抜けていく

流れる調べは流麗に

これは和の国の恋の歌

桜花遠く空に散った、むかしむかしの恋の夢

優しさは、かすかな罪と痛みとして  

 

4.明治十七年の上海アリス

煙る紅色の上海租界

立ち並ぶ西洋建築

不死のワルツを踊れ

怠惰のなかに、妖しく煌めく黒い猫

雲も赤く、霧も赤く

魔都、上海、明治17年

閉鎖少女の舞踏がはじまる  

 

5.東方怪奇談

鳴り響け、うつけ者の三味(しゃみ)よ

吹き鳴らせ、風神雷神の争いを

誰にも気兼ねすることなく戦うがいい

雷とどろき、風吹きすさび

真夜中の騒々しい

ああ、東洋の妖怪の夜はやかましい!

さあさ、奇天烈なアソビを見るがいい

夜は回転するためにある!

 

6.エニグマティクドール

人形は誰も信じないまま踊る

ステップは滑らかにして怜悧

私はきっとこの人形に殺される

ああ

なのに舞曲は狂ったように鳴りやまない

人形の少女の瞳に見据えられ

いつしか私も人形になっていく

舞踏会は優雅なる狂乱

 

7.サーカスレヴァリエ

誰にも相手にされない人間がいる

あきらめきれない人間がいる

やがて彼女は怪物になる……怪鳥に

異形の翼、しかしそれを羽ばたかせるのは、限定された高みの空でしかなく

それでいい

私の生はそれでいいのだと

残酷な決意をもって

 

 8.人形の森

雨が降る

森の中に雨が降る

迷いながら少年は歩く

森じゃない、雨じゃない、

不可思議なこの世を少し離れて、

もっと不思議なこの森に

足音だけが響いて

雨の音は遠く

ここは……どこだろう?

 

 9.Witch of Love Potion

魔女は何もかもあきらめた

ただ生きるだけを、鮮烈に、と、それだけ

もうあきらめた

なんでもできるはずだったのに

……でも、かすかに残るこの思いはなに?

すべてを諦めたはずなのに

ただ、悔いのないように鮮烈に生きたいとだけ思ってるはずなのに

…まだ、空の彼方へ突き抜ける夢を…?

 

 10.リーインカーネイション

その生は地獄だった

救いはどこにもなかった、展開が流麗なだけ余計に

悲しさは風のようで、心に染み込んで

でも

負けるわけにはいかない、と

倒れるまでは立っていよう、と

千の炎に焼かれても

涙の谷を歩こうとも 

 

 11.U.N.オーエンは彼女なのか?

ねえ、遊ぼうよ、と狂ったゲーム

血と生を賭けたゲーム

真っ赤っかの空間

ああ、こりゃ狂ってる。

閉塞のなかの高速移動

……でもさ、

俺もそれをたのしんでんだよなぁ

 

12.永遠の巫女

大地に雨が降る

嘆きか、それとも……?

かつての約束はいまも果たされている

あなたは死んだけれど、

あなたの思いは残っている

それが神話の意味

あなたはこの世界そのものとなって、

私はそれをしっているけれど、

だからこそ、悲しいことには変わりないの 

 

 13.空飛ぶ巫女の不思議な毎日

幻想と現実の狭間

そこに私は今日も生きる

困惑の生

それを振り切って

見よ

空をゆくあの巫女は、

きっと世界の鍵を持っている

ああ

揺らぐ世界の幻想よ!

 

こんなふうに、わたしはこの「蓬莱人形」という盤……曲……世界を、受け取っています。

ひとによって、その受け取り方が変わってくるでしょう。むしろ、わたしは皆さんがどういう感じでこの曲の数々を聞いてるか、お聞きしたいです。(もしよろしかったら、コメント欄やtwitterで教えていただけるとうれしいです!)

今回、いつものような客観レビューじゃなく、どこか詩人的というか、「その世界の中から」盤を論じてみました。全部の盤でこういうことができるわけではないです。それだけ、この盤が、自分にとって特別なんです。