香山哲「レタイトナイト」は、web漫画雑誌「路草(みちくさ)」にて連載されている、ファンタジー世界での旅と生活の漫画です。この度、待望の第1巻が発売されました。
私は香山哲氏のファンで、海外生活レポート漫画「ベルリンうわの空」が大好きです。また、本作レタイトナイトと並々ならぬ関係にある「香山哲のプロジェクト発酵記」※1も大好きです。それから香山氏の個展レポート漫画「水銀柱」も、生活思想漫画「ビルドの説」も……ようは「香山氏の描く作品は極めて個性的で熱心なファンが付いている、私もそのひとり」って話です。
どこから話をしようかな。とりあえず香山氏の「生活」というアプローチの話をしよう。
webで「ベルリンうわの空」の冒頭部が試し読み出来たり、「ビルドの説」はnoteで連載されていました。
なんだか日本の一般社会の「ふつう」とされている物事に、昔からしばしばイヤ〜な違和感を覚える香山氏です。そんな氏は、社会・世間に対するルサンチマン・負の怨念※2 を爆発 ※3させるのではなく、建設的に社会の中で生きていこう、とし、生活レポート漫画でその日常を綴っています。
※1…「香山哲のプロジェクト発酵記」はこの作品「レタイトナイト」のメイキング本です。
※2…香山氏の作風に、ルサンチマン、負の怨念がないわけではないのがミソ。「ベルリンうわの空」シリーズ第3作「ランゲシュランゲ」はかなり負の屈託が見え隠れする生活漫画です。しかし、この巻はそれがあってこその味があります。
※3…いつしか香山氏は、爆発させるのは怨念ではなく「創作生活そのものだ!」という「スパーク」の思想を強く抱かれるようになった。詳細は「プロジェクト発酵記」
香山氏のレポート漫画は、常に「生活者」としての視点を忘れません。というか生活そのものを大事に、楽しく行っていこう、というポジティヴな考えが随所に表れています。
そんな等身大の生活漫画でありながら、香山氏の漫画の画風は「変なオブジェ満載」であります。実際の人物であっても、漫画キャラになったらユーモラスな玩具的なデザインに落とし込まれます。
以上の二つは、上記漫画の画面を見て頂いたら「ああそういうことなのね」とお分かりになると思います。そしてファンはこれらの丁寧な生活思想、ディテール、キャラデザイン、玩具やゲームに対する偏愛、人生への屈託、根底に流れるポジティヴな生き方、そして異国情緒…そういった香山氏のテイストにヤラれちまっているわけです。
そんな、どことなくインディー感ある作風・作家性なので、私はこれまで香山氏の作品は個人的に楽しんでいました。「私がわかっていればよいのよフフフ…」みたいに。そういう「親密さ」を抱かせる作風でもあり、人徳ある作家性だといえます。
でもねー、私、レタイトナイト読んでて、ちょっとその個人的方針をズラして、「レタイトナイト良いよ!」という推し活をやっても良いかも、と思うようにもなったのです。レタイトナイトの神話的スケール感は、インディー感というところで収まらないものがある。
本作「レタイトナイト」は、「ベルリンうわの空」「プロジェクト発酵記」「ビルドの説」みたいな生活レポート漫画ではなく、完全オリジナルの世界観で繰り広げられるロードムービー的旅物語です。
あらすじを書くのが苦手な私のあらすじ〜。
主人公の少年カンカンは、自身の村が妙に貧しいのは「なんか社会がおかしいのではないか?」と思い、魔法学校の学業に身が入りません。カンカンは叔父のマルさん※4と一緒に暮らしていました。
ある日カンカンは家出気味に旅に出ようとしましたが、(ネタバレ)(ネタバレ)なことがあってしばらく断念。そうこうしている内に今度はマルさんがカンカンより先に旅に出てしまって、(ネタバレ)な所へ…。
…というのが大体のあらすじです。どうだい私だってネタバレ配慮は出来るんだ(出来てないと思う)。
※4…やさしい性格の叔父さん。ちょこっと魔法が使えるがFF5の黒魔道士マスターレベルは遥か遠い。赤魔道士よりも魔法弱いと思う。
レタイトナイトが素晴らしいのは、まず冒頭数ページの異常な描きこみの神話的スケール感です。これはぜひ試し読みで見ていただきたいです。これで一気に「この世界」に引き込まれます。
しかしレタイトナイトで描かれるのは、神話的世界でのドラゴン殺しでもなく、剣と魔法のロールプレイングでもなく、お姫様とのロマンスでもない。ついでに言えば異世界転生もなければ、メニューバーでコマンド選んでチート能力もない。作者香山氏はそういうジャンクでインスタントで「売りやすい」ファンタジー要素をかなり意識的に排している。
この世界で描かれるのは、旅を基本にした「生活」なんです。舞台はどこか中近東〜北アフリカの中世みたいな、どこかホコリっぽい空気感で、自然豊かな田舎が主です。いわゆるロマン派以降のヨーロッパ的洗練とはまた違った、ホコリっぽい「地に足の付いた」感覚、ザラついた空気感、ざわざわしているストリート…そういった「路上」の魅力あふれるファンタジーです。そうだ、本作が掲載されているweb漫画雑誌は「路草」でありました。なんたる符合。
レタイトナイトの独自性はまずここにあります。本を開き、独特の画風によって展開される世界。これがなんかホコリっぽい。ザラついている。描きこみも、路上の人々・動物たちの数も凄い。ほとんど某ウォーリーをさがせ的な感じすらあります(あそこまでギュウギュウにはなってないけれど)。
いわば「世界のリアリティ」と申しましょうか。それは「ファンタジーをそれっぽく描く…ツッコミ入れられないように…」のではない、「作品世界の強度を際限なく強めていく」作家の意気込みの表れです。
それだけ「強く」構築された世界です。箱庭的とすら言える。とにかくこの漫画を読んでいて、「感覚」が先に来ます。没入感というか…路上(ストリート)のザラつき、熱気、草いきれの匂い、夜の冷たさ、風の流れ…。まさしく世界です。香山氏が作った世界がここにあります。五感を…働かせたい…!
そんなレタイトナイト世界の中でカンカンやマルさんは旅を、「生活」をします。町の日替わりの定食(マリム)をコンプリートしたり、自分に出来る仕事の手伝いをしたり(少しずつ上達していく)、ちょっとした機会(チャンス)を見つけたり。
その生活のディテールが「素敵」なのがまたレタイトナイトのヤバいところです(語彙力)。
旅先の小さな宿のスノコ、徹底的に考え抜かれた食べ物のメニューの豊富な種類(定食メニューだけで何コマ何ページあったっけ…)、アイテム・果物の実・装備品の細かいデザイン…。とにかく生活のモノのディテールが凄く、そして素敵です。
昔、FF(ファイナルファンタジー)の攻略本で、武器やアイテムの絵がやたら描かれたのあったじゃないですか。NTT出版の。あれを見てやたらわくわくした感覚が、今ふたたびよみがえる…!「世界」のリアリティはまさにここにあるのだ、と言わんばかりです。
全体的に地の足の付いたザラついた&ホコリっぽい空気感の世界です。わるいやつもいます。それでもカンカンやマルさんは、旅を、生活を楽しんでいます。社会・世間に対する「おかしいよそれ」はあっても、自然世界の悠々とした美しさやアイテムのこまやかさ、そして人々の純朴な親切に対して、「ありがたいなぁ」と思えるような楽しさが本作の世界にはあります。
どこまでもディテールに集中して見ていくのも楽しいですし、なんかのんきな旅のストーリーを読むのも楽しいです。世界の描きこみのリアリティと、純朴な人々の生活。それは良質な児童文学の要素すら持ちます。
つまり私はこの世界とキャラを愛しているのです。濃密でありながら風通しが良い。純朴だけれども、やはり濃密。しかしストーリーはまだわりと旅立ったはじめの方です。でも私はこの作品を推したい。なぜならやはりこの世界は凄いから。スケール感、空気感。私はもっとこの世界のことを知りたい。海を渡るところも見てみたい。月に導かれる旅路も見てみたい。そうだ、私はレタイトナイト世界の旅生活を通して、この世界をもっと知りたいのです。だからもっと巻数続いてください!続刊希望!(一気に発言のレベルが下がったぞオイ)
そんなわけで香山哲氏の新作「レタイトナイト」の世界の話でした。香山さんこれからも頑張ってください。応援しています。