エセ批評家残響です。
ちょっと感心した、物の書き方(言い方)があったので、メモってみたのが今回のおはなしです。
●序 感心した
「よい睡眠環境を整えるために、図表26に挙げた項目に注意しましょう。既に取り組んでいることばかりかもしれませんが、今一度、確認してみて下さい。」
まあ、この手の本を手に取ってる時点で、残響さんが何に悩んでいるか御察しくださいと。いやはや。
「薬を手放し、再発を防ぐ」というサブタイな本ですが、薬自体をヘイトしているわけではなく、
正確には「依存をやめる」的なニュアンスで、その前提となる、身体のホメオスタシスの向上を、認知行動の観点からブラッシュアップしていこう、というのが論旨です。
まあその本のレビューとか分析とか妥当性とかはさておき……個人的にはいい本だと思うのですが、あんまこのブログでオレの不眠を言ってもしょうがないしなぁ。
それよりも書きたいのは、この言い回し。
冒頭に引用した物の言い方ですが、これ、物凄く人の心に配慮した、優しい言葉だと思うのです。
●破 「わかってるよそんなことは!」
不眠症をさらに一般敷衍化さして「悩めるひとたち」としましょうか。
別に勃起不全とかでもいいのですが。
悩んでいるひとっちゅうのは、大概もうすでに、かなりのアクションを起こしているわけです。
なぜなら治りたいからです。困っているからです。
「病院に行くか否か」の明確な基準として、「マンガでわかる心療内科」のひとは、
「それで困っているかどうか」
という、物凄く分かりやすくて、腑に落ちる説明をしてます(トップページ「基本方針」の下のほう)。
厨2患者の病みアッピールがバカなのは、この「困っている」感覚が薄っぺらい……というか、全然困ってないことが透けて見えることから、バカさが露呈されてる、といえます。
なんだってそうなのです。
哲学的認識論に困っている人にとっては、哲学というのは救いですが(オレがそうだった)、哲学をステータスとしてしか見ない人にとっては、別に厨2かっけー的な意味以上の何ものでもないのです。
厳密なる論理的解決を求める人にとっての数学、
ドイツ語圏で生きざるを得ないひとにとってのドイツ語、
厨2が介在する余地がないのです。死ぬから。
逆いえば、そのあたりの「別に必要じゃなく、かっけーから」が、厨2知識・厨2ネタの所以かもしれねーです。
例えれば、異能バトルの厨2っぽさっていうのは、「眼前の課題を解決しなきゃガチで死ぬ!」の切迫性が欠けるとこにあるかもしんないっす。
「このバトル授業が終わったら、あの娘とイチャイチャだ!」みたいなノリ。仮説ですが。
ああ、おおいに脱線。
で、そのような「悩めるひと」は、
「もうわかりきってる」
のです。
これはある意味で、プライドの問題かもしれませんが、
しかし「ガチで死ぬ!」の切迫さから、ほかのどの人……いわゆる研究者よりも(少なくとも趣味的研究プロパーよりも)、あらゆる可能性を探求せざるをえず。
……もっとも、その切迫さが、ある種の近視眼的な視点に終始してるというのは、事実ですが。
●急 事実とはいっても
そう、近視眼終始が事実とはいっても、
「どうすりゃいいんだよ! 困ってるんだよ! 怖いんだよ!」
が、叫びなのです。病人の。
そこで、冒頭の引用。
「わかってますよ。……よく頑張りましたね。それじゃ、私と(本の著者)一緒に考えてみましょう? もしかしたら、なにか見逃しとかあるかもしれません」
……って、言ってるように思えた書き方だったのです。
勘ぐりすぎかもしれません。
でももし、あなたのそばに、悩める病めるひとがいたら、そう言ってあげてほしいのです。
オレも、なかなかそれは言えません。
「おめー、それやめろよ」
みたいに上から目線で言って(説教して)しまいます。
でもそれは「わぁってるよ、んなこたぁ!」の連鎖なんですよね……。
あるいは名医の定義ってのは、このあたりかも。
単純な話、
「あなたがされたことで嬉しかったことを相手になしなさい、あなたがされたことで嫌だったことを相手になしてはいけません」
という、聖書じみたことが、結局のところ結論になるのですが……しかし、難しいっすね。
●「○○かもしれませんが、今一度」がよかった話、おしまい