残響の足りない部屋

この世界を逆向きに歩く

模型工作生活(モデルライフ)、腕の鈍り、安全第一

ガンプラバンダイ製のガンダムシリーズのプラモデル)を久々に組む。
模型工作の腕が鈍っている、と認識する!

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いつもの感じ

・小さな透明のプラスティックトレイは、バリ入れ。ニッパーでバリを取ってから、歯ブラシでニッパーに着いたバリを落とす。
・基本的に切り出したパーツをポイポイ、プラモ箱に避難させながら組んでいくスタイル。1プラモ箱が1プロジェクトになる。ついでにヤスリとかも入れておく。

 

今回思ったのは、ニッパーの使い方に無駄が多いということ。
この数年、ゴッドハンドの極薄刃ニッパーを使用している。パーツ切り出しで、ランナーとパーツをいわゆる「二度切り」で切り離していることは、自分の事で恐縮だが丁寧な工作だと思う。

  1. サクサクと大雑把にランナーからパーツを切り離し、
  2. 僅かなバリをチマっとニッパーで取る。デザインナイフを使うまでもない。
  3. 最後に軽くヤスってパーツ切り出し完了、

という流れだ。
ただ、この後半の「(2)バリ取り→(3)ヤスる」の過程で、腕の鈍りを感じる。やや深めにザクりとニッパーを入れている感があるし、ヤスリでの研磨もやりすぎている感がある。総じていえば「大雑把(力で解決)」。

もっとも、あまり細かいことに神経的・強迫的に拘らずに、模型を楽しく組もうという意識は、常に持つようにしている。
大型の装甲パーツや、左右対称の大きめのパーツなどは、説明書を読まずにあらかじめランナーからザクザク切ってしまう式の工作法を採用している。
さすがに自分も模型を作ってきて、これで30年にもなるので、大きめのパーツなら、いちいち説明書とパーツを対応確認する形で作らなくても、取り立てて問題はない。工作過程で「見失う(どのパーツだかわからなくなる)」ことはない。
ロボット系のプラモデルでは、やはり人体状の可動関節は、慎重に説明書通りに組むべきだと思う。


「完璧に作ろう」みたいに神経を使う工作スタイルを、つとめて止める意識でいる。誰かのために作らされているのではないのだから。
そうだ。「キットを作らされているのではない。自分の意志で模型を作っているのだ」という意識でいたい。
パーツ切り出しや削り出しのような、工作手順のひとつひとつを楽しみたく思っている。ひとつの手順に没頭しているときの、無心の境地が良い。

 

だが、「(悪い意味での)神経の遣わなさ」というのが「悪い意味の雑さ」に繋がり、それが「危険」に繋がらないか?と危惧する。上記「大雑把(力で解決)」というあたりがそれだ。
スピード工作が悪いということではなく、
・雑に適当に、どんどん流れ作業を進めることが、模型工作の楽しさの充実から離れていくことが嫌だ。
・怪我が怖い。ニッパーやナイフの手元の狂いや、粉塵やゴミが目に誤って入ったりなど。

サクサクと早く手を動かすのが進みすぎると、大切なことを見失ってしまうかもしれない。
とくに、自分という愚かな人間は、自身の精神にすぐ「義務感」をセットしてしまう。本当に良くない。
まだまだ焦っているというのか? これは趣味なんだぞ、仕事じゃないんだぞ遊びなんだ!
数や速度を稼ぐのが目的ではない。意味もなく強迫的にレベルを高めるのは、模型工作生活の「目標」ですらない。
なんと「模型工作生活(モデルライフ)」を健全に営み続けることの難しいことか。すぐに雑念が入る。……雑念が入る、と認識できているうちはまだ良い。怪我をしていないのだから。


そうだ、「安全第一」。

  • 粉塵やゴミを掃除し、
  • 道具をメンテし、
  • 換気をする。
  • ライトに気を配り、目をいたわる
  • 長時間の座り作業をあえてストップ
  • →軽いストレッチと運動を欠かさない。
  • あらゆる刃物(ヤスリ含む)に注意し、
  • 薬品(接着剤・塗料をはじめ)の取り扱いには気を付ける。


こういったことも含めて、模型工作生活(モデルライフ)の充実なのだと考える。
丁寧な暮らし、という言葉があるが、模型工作において、丁寧さとは確実に「善」である。
「工作レベルを高めなくちゃならない」と強迫的に思い込むことは、常に大正義とは言えない。
だが、自分なりに丁寧に工作をすることは、模型工作生活の1にして全・全にして1。真理とすら言える。
今日の自分が、丁寧な工作をし、明日の自分の工作と人生に繋げていくこと。これが模型工作生活なのだから。