残響の足りない部屋

同人DTMとか模型庭園とかエロゲとかの日記

声優ラジオ考

最近のtwitterの使い方

大体twitter使うとなると、みなさん日常のことを逐一呟かれるようですが、もう今年に入ってからわたし、そういうの一切無くなりましたね。思ったこと、感じたこと全て、小説のネタになると、あるいはいつかまとめた形で書こうと、リスのように溜めているのです。呟くかわりに、ルーズリーフにキーワードを図式にして書き込んで、あとでそれを見返しながら書く、って方法です。小説も、それから今回の文章も。
で、twitterで何を呟いているかといったら、義実さん(日々漫画論と百合談義を交わさせていただき、このブログでもけいおん四巻やらき☆すたSSなどの件でお世話になっております)と青井さん(昨年末からtwitterでお付き合いさせていただいている、義実さんの強力なご旧友。妄想力が高く、わたしとの共通項は(1)第一に黒髪ロング党(2)ムギさんを精神的理論的主柱とし(3)澪は律の嫁であるという百合談義仲間(4)でありながら実は武器が好き、などなど)と、延々とけいおん百合談義をしてるんですね。なんというか、メッセ感覚というか、文量の少ないメールのやりとりというか。ほぼそれしかしてません。そんなふうになっちゃいました。
まあこれはあくまで「わたしの」twitterの使い方であって、他の人をどうこう言うものではありません。しかし……こうも身内限定な使い方だったら、いっそ非公開にしてもいいよなぁ……。
今回と次回の記事は、そんなお二方とのやりとりの中で、お二方がおすすめくださった声優ラジオと漫画についての感想というか、考察というか……う〜ん、いろいろ思うところが多かったので(そして、これらに関連することを考えていたもので)、長くなりそうだったのでtwitterではどう考えても不向きだと判断し、ブログで書くこととなりました。まあ、いくら長編に注力しているとはいえ、エッセイ・コラムを書く気がなくなったとはいえ、もっとブログを精力的に更新した方がいいよなぁ、と思っていたところでありましたので、今回の機会はいい機会でした。お二方に感謝。今回は「おどろき戦隊モモノキファイブ」についての文章です。菅野マナミ『ひまわりさん』についてはまた後日。

※この記事をアップしたことを義実さんに報告したところ、「モモノキとひまわりさんを並べて語るってすごい違和感」と言われました。いや、たまたま取り上げた時期がバッティングしただけで、これらふたつの間には相関関係はない……無理にひっつけて語ることはできますけど、それは各々にとっても作品/番組にとっても本意ではないでしょう。

モモノキファイブ――声優ラジオ考

青井さんが熱を入れておられる声優ラジオ。中村繪里子氏と日笠陽子氏による漫才がコンテンツです。
いやしかし、青井さんのご紹介ではじめて存在を知った番組なのですが――ドラマCDが好きだと散々公言しているわりには声優さんについて知らない。まして声優ラジオはよけい知らないわたし――、氏がその特異性を挙げておられるのを読み、聞いてみたい、しかし当方の住んでいるところにはラジオ局的な問題が……と言ったところ、ネット配信もしている、と教えられ。それじゃ聞かない手はないよね、ということで、聞いてみました。
いやぁ……面白かった。どんな無茶振りにも喰らいついてくるところとか、ネタが空回りしようともグダグダになろうとも勢いで高速回転させることによりヒートアップさせるところとか。確かにこりゃ漫才だ、芸人だ、と思いました。


声優が芸人? と聞いて、一昔前のわたしならそれを疑問視していたでしょう。あくまで声優は声を当てるのが仕事。芸能人化してどうする? と。よって、アイドル声優という存在にもわたしは否定的でした(ファンの方々をとやかく言うつもりはありませんが)。が、まあ皆さんご存じのように、声優さんは様々なラジオ番組(地上波・ネット問わず)に出演します。今や声優であるからにはそれは避けて通れない道のように。正直、わたしはそれをどこか遠くの世界のことのように思っていました。確かに声=語り、というものには前々から興味を持っているのではありましたが、今まで特定の声優さんのファンになったことのない残響さんです。ということで、とりわけ興味もなく過ごしてきたわけです。
が、最近このように考えが変わってきてもいるのです。すなわち――声優さんにとってこういった「お笑い」などのトーク技術は、芸の肥やしになる、と。
なぜそう考えるようになったかというと、声優さんは台本=テキストに声を当てるわけです。そこで、アドリブという要素がしばしば見られる、ということを今更のように思い返したからです。漫画家のドラマCD収録立ちあいレポ漫画を読んでいると、声優さんはアドリブでどんどん脚本(セリフ)にオリジナルの要素を付け足していきます。もちろん大筋のセリフはそのままですが、ちょっとしたネタを取り入れてみたり、リアクションをオーバーにしてみたり、と、様々に表現します。場合によっては、そのアドリブが正式採用されて次回からはそれでいってみよう、みたいなことにもなったり。こういう事態が起こるということを考えると、声優さんのトーク技術というのは、こういうところに影響を及ぼしているのだな、と認識できるようになりました。瞬間のアドリブ力が、テキストにさらなる味を付け加えていくのです。表現者演奏家)としての声優、というふうに考えると、なるほどトーク能力というのも見過ごせない。それは単なる演出上の問題ではなく、テキストに命を与える、という文脈においてのことなのです。語りとテキストの相関――良きテキストは語りを深化させ、良き語りはテキストを深化させる――ということで考えたら、さしずめ声優さんとは現代における、あの平家物語を吟じた琵琶法師のような存在なのかもしれません。わたしはその相関性のゆえに、ドラマCDというメディアに興味を覚えます。


つくづく思うのが、声優ラジオの円熟、ということです。萌えもあれば笑いもある。リスナーとのコミュニケ―ションもあれば、歌もある。声優2・5次元と言われますが、そのような面白さまで声優さんは提供してくれるようになった……この20年で。様々な声優さんが、各々の素のキャラでもって面白い番組を作る。あるいは作品のキャラを演じて面白い番組を作る。永遠のマイナー、輝かしい楽屋裏――とはいっても、ずいぶん「表」に出るようになってきましたが。そこには独特の文化が形成されました。声優オタク、というのは確固とした一ジャンルです。
声優ラジオは、声優さんの「キャラ性」というものを作り上げました。2・5次元とはよくいったものです。ようするに声優さんは声優さん自身「キャラ」である、と。先の論理に従えば、そのキャラ性はとりもなおさず芸の肥やしになるわけです。そしてアニメで得た萌えスキルをラジオで活かし、ラジオで得た萌えスキルを……の循環。エネルギー保存の法則で言ったら何も間違ってない(どーいうこっちゃ)。
花見沢Q太郎氏の『REC』は2003年に連載を開始しましたが、この漫画は声優を「キャラ」として扱っています。もっとも、それ以前から活躍している声優さんも自己のキャラを売りにしていたのですが、ここ数年の声優ラジオの円熟と爆発ぶりを見ていると、「素の声優こそが魅力的なのだ」というように描いた花Qの先見性は確かだったと言えるでしょう(もっとも花Qの作風自体が「素の女の子が一番可愛い」というものでしたから、ある種の親近性はもともと内包していたのかもですが)。


が、それら一切を踏まえても、やはり声優さんの本道は「台本に声を当てること」であるという事実を今一度言っておきたいのです。アドリブは確かに重要な要素ですし、トーク力があればそれだけラジオは面白くなり、その声優さんに人気も出ます。ですが本道はやはり今言ったところにあると思います。トークが上手くなくても演技力がある声優さんもたくさんいるでしょう。自明です。もちろん声優ラジオを否定しているわけでも、ましてやモモノキの荒々しい輝かしさに疑問を抱いているわけでもないのです。ただ、「キャラとしての声優」がすべてではないんじゃないかなぁ、って、ぼそっとつまらない正論を言ってみたいのです。もちろん、トークが上手ければ越したことはありません。歌にしても然りです。問題は、声優に求められているものは何なのか、ってことで。どうも、このあたりの欲望が各々で錯綜しているようです。ほとんどジャングルのように。
その結果が「アイドル声優」というものなのでしょう。わたしはこの概念に承服しかねる人間です。容姿なんてどうだっていいじゃないか、とわたしは思います。演技力さえ優れていれば。その声優さんの容姿がイマイチだからといって、演技や声質までも否定するのはどうかと思います。個人の趣味として片づけるには、どうにも妙な偶像崇拝がそこに絡んでいるような気がします。「この手の」声優オタと、処女崇拝者が層的に重なっているように見えるのも偶然とは言い難いところがあります。あるいはアイドル声優とはZZ的恐竜的進化の果ての声優、なのでしょう。が、わたしは、声優さんの本義とは、ということをしつこく考えてしまう人間なのですよ。


(次回は義実さんがお勧めくださった『ひまわりさん』について……、あ、それと、「はじめに」若干更新しました)

本日のBGM:『世界の映画音楽 ミュージカル編3』(中央公論社から出ていた……ああ、奥付みたらもう40年経ってる。LP盤です。中古屋で投げ売りされてたからつい買ってきちゃいました。「マイ・フェア・レディ」とか「シェルブールの雨傘」とか「チキ・チキ・バン・バン」とか入ってます。何と言うかいろいろ懐かしくてつい振り返っちゃいますね。音が、音楽が)