残響の足りない部屋

「ホームページオブ百合機械」の別館日記ブログ。毎日更新。今日も世界と逆向きに。

再始動鉄道模型

そろそろわたしも28歳(ぞぞっ)
四捨五入したらオーバーサーティーとかいったやつちょっとでてこい。
オ・ト・ナ、というやつですが、であるからこそ、子供の頃ああしようこうしよう、と思っていたことの進みが遅いのが気にかかるのです。
僕が子供の頃の夢といったら、「日がな一日おもちゃで遊んでいる」以外のプランを立てていませんでした。
それが大人になるにつれ、


「模型を作りつつ本を読む」
「本を読みつつ音楽を聞く」
「エロゲ最高ー!」
「でもやっぱり手を動かして模型したいよね」


……というふうに、少々の紆余曲折はあれど、どれも換言すれば「日がな一日なにかで遊んでいる」ということです。
楽器を例にとってみれば、過去の記事で残響さんが楽器道楽しているのをみているかと思うのですが、これは僕にとって、自己表現とか考えてなく、うまくなることも考えてなく、ただひたすらに、セルフ孤独な一人遊び、自己満足のおもちゃ遊びなのです。


そんな感じで、「遊ぶこと」が、人生の第一目的であることを、子供のころからちっとも疑わず、いやまして、この年になればなるほど、よけいにそう思うようになっていったのです。
悪くない、ぜんぜん悪くないぞー。
ほかのひとはどういう意見かわかりませんが、少なくともわたしは聞く耳もちません。
わたしの人生ですからね、これ。


まあ。とはいうても、先立つものがなければ、趣味は行えないのも事実であります。
そんなわけで、趣味達成のため(だけ。ほぼ)に仕事を細々とおこなっているわけですが、そろそろわたしも、方向を明確に定めて、「ここにまずはガッツリ投資!」プランを立てて、趣味の金策をしないと、と思うているわけです。
趣味の純粋な楽しみからしたら、不純に近づいている考えですが、しかし人間、様々なファクターがあります。枷は枷として、とりあえずは受け入れて、その中でベストを尽くすというのが、建設的な趣味人思考というものでしょう。


じゃどうするか。
幸い、わたしは「のむ・うつ・かう」のオトコが散財する三パターンとは無縁の人間で、真の漢は「陸・海・空」に散財すべきと考えてやまない人間なので、この三つに焦点を絞ろう……と考えているのですが、


陸……鉄道、ゾイドガンプラ、建築物
海……帆船、戦艦
空……ディスプレイモデル、ゾイドガンプラ


ざっと分けましたが、ぜんぜん不足な分け方です。
もっとガッツリ分けるなら、これくらいいかないと


鉄道……現在Nゲージにしか手を出していないが、
そのミニマムさが気に入ってはいるものの、幼少期の「大きい機体を取り回す」感がやけに思い出されてならないので、
HOあたりから、ゲージを大きくしていって、最終的にはGゲージの大型にもちこむ。
同時に「おもちゃ」系鉄道模型にも、果敢にリベンジしていく。
プラレール、レゴトレイン、プレイモービル……
ストラクチャーは、キットを買い込んでいくが、
西欧型のファンとしては、シルバニアファミリーなどの、非鉄道系のモデルも果敢に収集していくことが求められる。
しかしその理屈でいったら、ダイヤやレゴのブロックでストラクチャーを組んでしまえばいいではないか、
どうせスケール、リアル指向はたいしてないのだから……そうだそうだそうしよう


なげぇ!
たかが鉄道ひとつ語るだけでこれかよ!
しかも、こんだけ書いても、どれを優先させ、金策をたくらみ、どれだけつぎ込むか、という概算がたてられてないのだから!


ていうか、ここでいま書いたように、こうやって、ある程度以上の知識があるひとが計画たてると、それはすなわち、散財計画にほかならないわけで。
これを家族に打ち明けてはいけません。とりわけ−−中古やオクを使って「ほら、新品で買ったらこれだけするけど、僕ったら経済的でしょ、こんだけの出費に押さえたよ!」的な自慢をしたくなると思いますが、それは実はちょう落とし穴!
森博嗣氏がいっていたように、「それをどうしても必要な僕と、それをぜんぜん必要としない家族の差は埋めることができない」のですから。
なんと恐ろしい真理でしょう!(そこまでいう)
いやまあ、ぶっちゃけますと、このブログ家族がみてないからいいのですが、いまさっき、CDやおもちゃで散財したのです。前回の更新は、今回届くおもちゃのスペースを確保するための、段取りだったのです。周到だな……しかしその金額がバレてしまったらわたしに命はない。


まあしかし、オレも28です。
そろそろ趣味人として、過去の自分(この場合、幼少期の模型少年だった自分をさします)に恥ずかしくない自分でありたいものです。
ふつうそういうと、結婚だの子作りだのといった方面で「大人」を示すようですが、まあそれに異論はとくにありませんが、しかしひとにはひとなりの大人のなり方というのがあると思うのです。
僕の場合は、「子供のころの自分を裏切らない」というのが、ひとよりずっとずっと強いというだけで。
というわけで、子供のころから比べたら、格段に使える金額は増えたわけです。
でしたら、まっとうな使い方をしないと。
つまりは、子供の自分と、いまの自分が、ともに夢中になれるおもちゃ、のむうつかうなど介在する余地なく、時間を忘れて、孤独なる楽しみにふける至高の時間−−
しかし災いなるかな、わたしという社会人は、子供のころのような時間、余裕がないのです!
で、一番最初のテーゼに戻りますが、「さあ、順序をつけよう」なのです。金額的にも、時間的にも。
あまりほめられたもんじゃないな、と思いつつも、これが人生か……としみじみしてしまいます。これで小説ひとつ書けるテーマですまじに。
とりあえず三カ年計画を、鉄道走らせたりSDガンダム作りながら考えてみましょうか。
それが決まったらまたここで書きます。


……ええ、オレはガキですとも。
こんな子供っぽい趣味がはずかしいですって?
かってにしといて。
わたしはわたしの人生を楽しむだけです。
少なくとも。
おもちゃで楽しみきらない限り、ロクに死にきれない、そう思っているのが、マジなオレなのです。