残響の足りない部屋

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DEKU音楽レビュー・ディスクレビュー2

こんかいの音源;前回と同じスグリベスト

4.Grey Hued


3.「Green Bird」のすぐあとにこの曲が続いてくれたおかげでわかったのですが、3.と4.は、双子ともいってよい曲です。
考えれば当たり前で、どちらも1面ステージ曲。この曲に至っては、「スグリ」対戦STGであるとこの「AOS(アクセラレーション・オブ・スグリ)」での隠し曲としてが初出なのですが、そこでの扱いが「次作『ソラ』主人公のメインテーマ」……だったのですから。
つまりは「ソラ」のテーマ曲のひとつ。3.が「スグリ」の世界を象徴しているのと同じ意味合いで。


じゃあ曲の「感じ」がにているのかっちゅうと、いや、それは……違う。
相似系であるのは、たとえば、コードの大まかな流れ(mとか7thとかdimとか入れずに)を「楽譜のみ」でみた場合であったり。
どういうことか。簡単にいえば「曲の流れ」が、だいたい同じなのです。
イントロ入って、ピアノが主導するAメロBメロでちょい転調、高らかに歌いあげるサビ……これだけ構造を拾えば。そしてメロのだいたいの流れも、よく聞けば「双子性」を感じることができます。


なのに。
なのに3.と4.から受ける印象は、真逆。
イントロのテンションコードによる緊張感満ち満ちた導入であったり、明らかに短調で、哀愁バリバリなメロであったり。透明さをたたえながらも、どうしようもなく「困惑」の情感を与えるトランスリフであったり。
孤独、困惑、戦闘、どこにも希望はなく、もしあるとすれば、後半あたりの盛り上がり……「もう戦い続けるしかない、歩むしかない」という希望「らしきもの」くらい。もちろんその悲壮なる決意を秘めた曲調が、極めて感動的なのですが、なんでしょう、この曲を聞いて浮かんでくる「主人公」の、圧倒的な孤独さは。


……あー、「ソラ」プレイ時の印象に引っ張られすぎていますかね。
だがそれは、前のレビューでも書いたように、スグリ/ソラの世界が、極めてトータルコーディネイトされたものであり、一部を切り出して解剖的に批評するのが、どっちかというと無粋であるように……いいわけっすなぁ。けど、よきオペラ曲であったり映画音楽であったりは、この流れを踏むのであって、わたしひとりが悪いわけではないっ!(暴論)
もちろん、「ただの凡曲」だったら、ここまで語りませんし、シーンが思い浮かんだりリンクもしません。えーと、ほら、あれだ、FF6の「仲間を求めて」を聞いたら、どうしたってファルコン号の夕焼けを思い浮かべてしまうってあれだ!(むりやり話をまとめる)


5.First Encount

遠くから聞こえてくる。あの「すったかすったか」なドラムが。
そして……「とぅるるるとぅるるる」とキリモミなトレモロ、勢いよく。そこからはDEKU氏のターン! 情感で透明なピアノと、気持ちジャーマンなトランスリフが首根っこつかんでいく! サビに入ったときの展開部はどうだ、Aメロですら、ふつうクラスのトランスだったら十分な哀感なのに、サビの「困惑の哀愁」。


あー、ここまでで「困惑」という言葉使いすぎですが、「曲がブレている」というわけではないです。
むしろこれは誉めてるのです。前回のレビューで書いたような、「曲自身が思索している」「哲学を持っている」と言い換えてくだされば。なかなかそんな精神性をもった曲……とりわけダンスミュージックって、ないですよ。


時折メロにすっとぼけなフレージングが入るのはご愛敬……これはあれか、ダッフルコートの「まうー」な人の表現か。
だがそれが楽理的な面でいうと、たんなるコード展開を教科書的に遵守するよりも、一層、曲に面白味を与えるというもの。
どちらかというと、シンプルなコード展開なのですが、その枠を逸脱するかのように、メロが自由に展開するので、聞いていて「この曲ならでは!」という独特の「感じ」を受けます。この曲、好きであろうと嫌いであろうと、この「感じ」だけは、みんな共有するんじゃなかろうか。
(ちなみに、tr1、3、4、くらいには、この曲が好きではないわたくしですが、それでもこのように分析できるくらい印象に残る曲ではあります。一面っつったら、この曲でもありますし)


哲学をたたえつつも、進行していくこの曲、その哲学性ゆえに、途中ダレることも事実ですが、しかしそんなことを言ったら、どのトランスミュージックも、ブレイク前はたいていダレるので……(もっともこの場合のダレる、というのは、非ダンスミュージック界隈の意見であって、クラバー連中にとってはブレイク前のダレは「踊るときだろ!」になります)
むしろそんなところに、深い精神性を盛り込むところが、DEKU氏のセンスです。事実、こんなふうにいってますが、退屈はしませんしね。BTのトランス曲なんざ、ブレイクの疾走透明さ(?)に比して、ブレイク前はさんざダレるわ!(爆弾発言)
とくにセンスを感じるのは、最後の大ブレイク前に、脈絡のないシンフォニックな盛り上げをするとこですね……「え?なぜにここでシンフォニック?」と思っても仕方ないのですが、この曲聞きなじむと、「はいきました! キマシタワー!」になるのですから不思議なものです。


6.Ice Cage

あー、前の曲でジャーマンっぽい、って言いましたが、あれ撤回。こっちのほうがしっかりジャーマン。

ジャーマンとはなんぞや、というと、「甘さがない」ってとこでしょうか。えーと、簡単に言うと、こんな感じ
参考音源1
参考音源2

キックがハードで、メロは哀愁なれど、ダッチとかイタリアよりも無骨で、暗い。なんかブリストルサウンドの説明みたいだ……

事実、前の曲よりはずっと「地味め」な曲です。とくにメロやリフのつけかたが循環構造をなしているので、ある種のミニマル性を帯びます。


実際、わたしはかつては、この曲を「あんまり……」と思っていました。そもそもミニマル・循環というのが好きではなかったですし、それ以上に、この曲全体からかもしだされる「薄暗さ」と「若干のうさんくささ」が、わたしがこの曲を「愛する」までにはいかせなかったのも事実。


ただ、それら要素を「そういうものだ(様式美)」と納得してしまって聞いてみると、これはこれで趣のある……というか。
哲学性でいうと、かなりの高得点をとっている曲でもあるのが、音楽のおもしろいところで、
いつの間にかこの曲を楽しんで聞いてるとこが、わたくしの信用ならなさであります。


ダイナミックな盛り上げばっかりがすべてじゃないということ。
……ある種、温泉につかっているような感覚すらあります。
後半の「じわじわっ」的な盛り上げなんか、まさに温泉。すっとぼけ的なメロなのですが、しかし「この奏法でしか表せない」的な感じ、哀愁!
ああそうか、ミニマルとか循環って、温泉につかるような感覚で聞けばいいのか……