残響の足りない部屋

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試作ショートショート

○第二文芸同好会の思い出(第二回)「通信」


薄ヶ原高校の基本方針は「生徒の自主性を何よりも重んじる」であるため、部活動・同好会活動が奨励されている。よって、活動がしっかり行われ、定期的に「何らかの形」として行動の実績を示すことさえできれば、部・同好会の立ち上げはかなり容易である。
部となると、それなりの人数と顧問が必要であるが、同好会ならば、最低四人の生徒が集まれば、顧問なしで発足・活動出来る。活動スペースも与えられれば、事務用品などの機材も使えるし、活動内容に応じて予算も出る(その内容が学生として健全なものに限る、という限定つきで)。「四人」というのはそもそも、室内楽のカルテットや、ロックバンド、そしてTRPGといったものを同好会でやろう、としたグループの数々あたりから事を発するものらしい。
そして我らが第二文芸同好会は何をする同好会かというと、ラノベや漫画といったオタク文化の書物を題材に、ひたすら駄弁る、という潔い同好会である。オタク文化を題材にして話すなら、必然的にアニメやゲームも話題の俎上に乗ることになる。
「ようするにこの同好会って、平坂読の『ラノベ部』をリアルでやる、ということだよね早い話」
部長の桜野こはるは、いつものように穏やかな笑みを浮かべて話し出した。しかしそれを聞いた皆は「ぶっちゃけて言うなぁ」と思った。
「今更言うのもなんですけど、よく許可が下りてますよね」
新入部員の糸杉浩太が言う。
「そこはアレだな、定期的に出している『通信』の完成度の高さだろう。手前味噌だが」
浩太より先にこの部に入っていた矢野総司が答えた。
「確かに……本家の文芸部より、そしてそこらの文科系サークルより、よほど「文化部」してるよ、この『通信』読むと」
しみじみとモノクロ手折りのコピー本を眺めて浩太は言う。
『通信』――そのコピー本には、ゴシック体で「季刊 第二文芸同好会通信 第53号」と書かれていて、真ん中に明暗のコントラストのくっきりした都会の風景写真が載っている。下には執筆者の名前が書かれていた。その中に、こはる、月、総司の名前があり、他に三名、卒業生の名前がある。前年度までのこの同好会は、この元三年生三名と、当時一年生だったこはると月によって活動していたということである。しかしこの前年度に作られた「春号」ですでに総司の名前があるということは、総司はこの学校に入学する以前からこの雑誌に記事を投稿していたということになる。
内容は、いつも話しているような無駄極まりないオタトークとは違い、ラノベが一般文芸の文体・思想・メディアミックスの手法にどのような影響を与えているかという比較文芸評論や、図面を用いての漫画評論、また、あるラノベを取り上げて、それがラノベ文壇内でどのような位置を占めているか、また、一般文壇でどのような扱いを受けているか、そしてその内容の詳細な分析といったラノベ評論に、オタ文化から社会問題を研究した批評、巻末では昨今のオタ業界の文学的・思想的・社会学的なあり様について検討した座談会、と、方向性としては、例えば昨今の『ユリイカ』のような、いっぱしの現代文化批評雑誌をしているのである。
「文芸部といっても、所詮高校生が作る文芸誌は、中二病ポエムか、中二病ラノベか、出来の悪い純文学かぶれ、あるいは『私ピュアなんです』的作品の寄せ集め。一般的な大学の文芸部雑誌ですら似たか寄ったかよ。また、他の文化部も、しょぼいフィールドワークを義務的にこなしてお茶を濁しているだけ、なのが多いのが現状。それを考えたら、よっぽどこっちの方が面白いと思うわ。ほんと、手前味噌だけど。ま、一般人置いてけぼりのガチオタトークで挑むのもパンクかもしれないわね。そしたら次はないと思うけど」
二年生の藤原月が微笑んで、最後は皮肉で締めた。しかし彼女が紡いだ言葉には、今まで確かなことをしてきた、という自負があった。事実、この『通信』の内容の文化的濃度の濃さでもって、この同好会の活動は認められているのである。
「うーん」
浩太がうなった。
「どうしたの? 浩太君?」
こはるがきょとんと首をかしげて、優しい声色で聞いた。
「いやこはるさん……次号の『通信』で俺はじめて書きますけど、俺、何を書いたらいいんだろう、って思って……レベル落としたくないんですよ」
「好きに書いたらいいと思うよー」
こはるは言った。
「実際、私も月ちゃんも総司君も、それから先輩たちも、好きなように書いてきただけのことだし。けど、ルールはひとつ。『真剣(ガチ)でやること』。それさえ守ってくれたら、何だっていいんだよ? 結果は、そうしてれば自然についてくるものだと思うから……だから、浩太君が『レベル落としたくない』って、そう思ってくれただけで十分なんだよ」
こはるの答えは穏やかだった。しかし、とても芯の強いものであった。オタクであることの矜持、それもあるだろうが、それ以前に、ひとりの誠実な「愛好家」であろうとすることを自らに念じているものだった。芽吹きかけた花のつぼみのように、静かに、しかし熱い胎動を秘めた言葉であった。そしてそれは、先輩として、「部長」としての言葉でもあった。
「小説を書いたら?」
月はこはるの言葉を引き継いで言った。
「浩太君、小説家になりたいんでしょ? いい機会じゃない。いろんな人に見てもらえるし。……今までこの通信、批評・評論はあったけど、創作文芸はなかったのよね。とても新鮮だと思うわ。それに……」
月は照れ臭そうに笑って言う。
「浩太君の小説、読んでみたいのよね。いつもこうやって話している人がどんな世界を作り上げるのか、興味あるの」
先輩二人の言葉に、浩太は静かに、とても静かに驚いていた。その言葉は、彼の心にすっと染みわたっていった。乾いた土が水を吸うのも、これほど早く、深く染み渡ることはないだろう、と彼に思わせるほど。
「あとはお前の決断だけだけど……一発やってみろよ。俺も読んでみたい。ラノベなら、お前がラノベをどのように調理するか。一般文芸なら、それもまた、お前がどう調理するか」
総司がにっと笑って、肩を叩いた。
「お前、実はこの同好会史上、かつてないほど期待されてるかもだぞ?」
浩太は頭に手をやって、しばらく考え、そしてはにかみながら言った――それは彼の人生ではじめて「公的な場所での書き手としての自分」を意識した瞬間であった。
「……うん。こはるさん、月さん、総司……俺、小説書きます!」
瞬間、わっと歓声が三人から立ち起こった。
こはるが言った。
「54号が楽しみだねー! もう、早速準備しようよ。いっそ特別増刊号で54号出しちゃう?」
第二文芸同好会は今日も平和である。