残響の足りない部屋

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試作ショートショート

●第二文芸同好会の思い出 第四回「これからの人生」


「さて、『通信』第54号が発刊され、早一ヶ月経ちました」
部長のこはるが言う。
「経ちましたね」
至って平静に総司が言った。
「経ったわね」
同じことを月も言う。
「校内に設置したアンケート用紙、それから『通信』、地元の同人誌即売会に出して、感想のお手紙、メールなどもいただきました」
こはるは続ける。
「結構反応あるんですね」
浩太が感心したように言う。
「ありがたいことにね」こはるは言う。「過去の実績ももちろんだけど、やっぱり最新号を手にとってもらえた、ってことは嬉しいよ。完全スルーが一番辛いからね」
「ですよね」浩太はそれに答える。
「それを一番懸念したいたのが浩太君じゃない?」月は言う。「なんたって、初の作品発表なんだし」
「です」浩太は言う。「というわけで結果は……」
「それは後にとっておこうよ」こはるが言った。
「えー」
「これは大ネタなんだから。ヒップホップのサンプリングと同じよ。しかるべき時にばしっと決める」
「よくわからない例えですね」総司がぼやいた。
「まあそれはともかく、集計が出来たわけ。総司君お疲れ様」
「とくに疲れてはいないのでおかまいなく」
集計はこはると総司が行った。全体的にまず部長としてざっとこはるが目を通し、総司がデータを打ち込む。アンケートには、各コンテンツの面白さの段階判定などを設けていたので、それらの統計を総司が表計算ソフトで行った。
「で、まずアンケ総数と、各コンテンツの評価割合はこんな感じ」総司が他三人に一枚の紙を渡す。
「どれどれ……結構集まったな。予測してたよりはるかに」
「当然ね」
「えっへん!……なーんて言ってみたりして」
「とりあえず、一番票を稼いだのはアニメ論ですか」総司は言う。
「予測はしてたけど、やっぱ皆アニメ見てるんだね。ちょうど前のクールが終わって、今期がはじまった端境期だから、皆総括したかったんだね……っていうか、匿名アンケートだったからとはいえ、やっぱりウチの学校なんだかんだでオタが多くなってない?」
「隠れオタ多し、ってとこですか?」浩太が言う。
「嗜みとしては見ても、色眼鏡で見られるからおおやけには話さない、ってところかしら。オタ文化もサブカルの中ではまだまだ悲しい存在ね。だからこそいいのかもしれないけど。それでも、好きなものを好きだと言えるだけの気概は持ってほしいものだわ……ま、無理な相談だとはわかってはいるけど」
「敷居自体は低くなってると思いますけどね」総司は考えながら言う。「今の人間、それこそ生まれた時から『その手の』アニメがあるって状況ですから。もともとマニア向けのコンテンツが、昔みたいにマニアにのみ消費されるのではなく、何だかんだで一般層も見る。エヴァ以降でしょうか、その傾向」
「とはいっても、このアンケ結果見ると、『一般人のオタ化』ってのは進行しているようなしていないような、微妙なところだと思うぞ」浩太は言った。「コメント欄を見ても、アニメについて自分たちも熱く語りたいんだか、よくわからないところがある。月さんの言うように、嗜みとして見るだけ敷居は下がっているのだと思うけど、『なんとなく』で見てはいないでしょうか? とくにこの学校の生徒のコメントに、『言ってることがよくわからない』ってのがある。確かにあのアニメ論、皆総括としては楽しんでも、一歩進んだ考察までいくとついてこられない、って感がありますよ、これ見てると」
「そこまで一般人に求めるのは酷よ、浩太君」
「いや、わかってはいるんですけど、結局、本腰入れて見ていないんだな、みたいに思うと。なんとなくこんな画が思い浮かんでくるんですよ。夜中twitterやメッセを起動させながら友達とコミュニケーション取って、その傍らでアニメを流していて、ってな具合の」
「……それ、オタクも変わらないんじゃないか?」総司は言う。「『流し見』してるのはオタだって変わらない。むしろ数十本単位でエアチェックしているオタほどそうかもしれない。それに、アニメだけを見るのがオタじゃない。合間にゲームをやって、ラノベ読んで、漫画読んで……ああ忙しい。ひとつのコンテンツにそれほど時間をかけていられないのが、今の人間ってやつじゃないか?」
「これが『コンテンツの消費』ってのなのかな?」
「おそらくは」
「……そして、この『通信』もそれらコンテンツのひとつとして消費されている、という事実も、書き手としては認めなくてはならないわ」月が真剣なまなざしで言う。「読んでもらえるだけありがたいのは確かよ。そして、『適当な消費はいかん』みたいな啓蒙をしたところで『うぜー』ってのがオチ。その手の言葉を一番嫌うのが、今の人間よ」
「俺らも今の人間ですけどね」浩太は笑った。「ま、人の振り見て、って言うのは簡単ですけど、そんなに上手くいかないもので。しょせん俺も時代の子ですし。ただ……小説家志望としては、その状況はちょっと辛いかな」
「甘んじて受けなくてはいけないかもだよ、浩太君」
「わかってます」
「でもね、それについては私も思うところがあるんだ、そういいながらね」ゆっくりと手を膝の上に置いてこはるは話し出す。「どういう形であれ、そういう今の世の中の状況を生み出したのって、結局私たちの責任なんじゃないかなぁ?」
「……ん? よくわからないわ。『私たち』ってのは何を指しているの?」
「私たちってさ、こういうのもなんだけど、実際の年齢はともかくとして、精神的には『古参乙』な人たちの集まりじゃない、いわば」
「……ま、認めますけどね」総司が言う。
「古参、ね。確かに」
「どういうわけだか、この同好会には『そういうオタ』が集まったわよね。だから会員も増えない。ノリが根本的に合わないがゆえに……90年代的って言っていいのかしら?」
「だから、『古参乙』なんだよ。決して今の感性を理解出来なくはないけど、今の感性にノることはどうにも居心地が悪い。……でね、なんかよく『最近のオタは』云々だの、『ゆとり』だの、自嘲して自分を語るけれど――年代的にはドンピシャだけど、精神的にはズレてるだけに余計に自嘲しちゃうけど――その自嘲が、ちょっとシャレにならないところまで来ているような気がする。で、その『最近の〜』『ゆとり』『ニコ厨』って、結局は、月ちゃんが言った90年代的オタが作った、って言っていいのかもしれない、って思うわけ」
一同、一瞬静まり返った。やがて、
「認めたくないわね」月は言う。
「私だって認めたくないよ」
「責任をとれ、と?」総司は言う。
「ある意味では」
「何でそう思ったんです?」浩太は聞く。
「何でだかわからない?」
三人ともが、
「分からなくはないけど……」と言葉を濁す。
こはるは続ける。
「突然変異なんて起こんないんだよ。全部地続き。世代交代なんて、人間の心理なんてそんなもの。そう考えて遡っていくと、そんな結論に達せざるを得ない。それから、私たちの世代――90年代〜ゼロ年代初頭にかけてのオタ――は、後進に何かを残したか、って考えるとね。どうにも絶望的な気持ちになっちゃうんだ。背中に何の気概も示すことなしに、ただただ日々を楽しく――享楽を得ていただけなんじゃないか、って。私の歳でこんなことを言うのも傲慢かもしれない。けど、悟ることが出来た分だけまだマシなのかもしれない。そして、時代は不可逆。いくら私たちが新世代の台頭にもにょもにょするものを覚えたとして、もうどうしようもならない。アニメにしたってそうだよ、いくらモラルに反していようと、結局ニコ動で違法配信されているのを見てしまうのが今のオタ。それが普通なのが今の人。nyで落とすことも何らためらわない……浩太君は、さ」
「はい?」
「そんな状況の中、クリエイターとして生きていこうとするんだよ? 大丈夫?」
「それは、承知の上です」浩太は言う。「今回『通信』に小説を出してみて、多少思いあがっていたことを思い知りましたね。頭にのった話ですけど、自分、何でも書けるだろう、って思ってたんですよ。ところが、自由に書いていいとはいうものの、いざページを埋めるとなると、『何か意味のあるものを残さなけりゃいけない』って思うようになりました。ただの妄想の羅列に意味はないんだって」
「うん」こはるはうなづく。「さて、ここで浩太君の小説の評価です」
「……はい。どんな評価も受けます」
「結局、浩太君が書いたのはラノベと純文学の境目というか、その両方を合体させたようなものだったけど……わりに面白いという評価が多かったね、アンケ結果を見ると」
浩太は手元の紙をじっと見る。コメントひとつひとつに目を通していく。
「……ちゃんと読んでくれてるんですね」
「ちゃんとしたもの書けば、見てくれる人は見てくれる、ってことだよ。ただ……」
「ただ?」
「『どっちに行きたいんだかよくわかんない』とか、『中途半端』みたいな評も目立ったのは事実だよね」
「ああ、それは俺も思いました」総司が言う。「ラノベ的設定を使っているわりには妙に枯れている、純文学的テーマを使っているには、妙に設定ががちゃがちゃしているというか、ちとやかましい。ミクスチャーと言ってしまえば話は簡単で聞こえはいいけれど、すこーんとわかりやすいところにヒットして落ち着く、って類の小説ではないわな」
浩太は押し黙る。
「でも、お世辞を言うわけではないけど、嫌いじゃないわね、私は」
「私も」
「俺も、ですね。今ああいう風に言いましたけど」
「気をつかってくれなくてもいいですよ」
「それは浩太君の考え過ぎ」こはるは言う。「真剣に作ったものに、あいまいな愛想笑いで評価をする人はここにはいないよ。確かに、浩太君からしてみたら、もっとどかーんとした評価を期待していたかもしれないけど」
「そこまで望んじゃいませんって」
「そうなの?」
「はい」浩太はうなづく。「ただ……何がしかの意味は残せましたかね? この『通信』の中において」
「部長権限として言うよ」こはるは言う。「次も小説書いて」
「こはるさん……」
「『ガチでやったらOK』って言ったでしょ? 浩太君はそれをやった。だって、作品発表したのはじめてなんだよ? それでこれだけいけたら上出来じゃないかな? 反応があったこと、どうだった?」
「そりゃあもう」浩太は言う。「すげー! 嬉しいです」
「だったら、浩太君の中では意味があったってことなんじゃないかな?」
「……そうですね。ほんと、その通りです。発表もしないで、悶々と小説書いてるより、視界が開けた気分ではあります」
「何がしか、自分の思いをぶちまけられる場所があるのは幸せなことなのよね」月は言う。「だから、守っていかなければならない。誰が何と言おうと。所詮同人誌とか、所詮部誌とか人は言うけど、当人からしてみたら大事業よ」
「これから、どういう時代になっていくかはわからないし、浩太君がどういう小説を書いていくかもわからないけど」こはるは言う。「自ら恥じることは、したくないよね。だから馬鹿みたいでも、ガチでやることは、いつの世だって、意味があることなんだって、私は思う。そう、ほんとに、誰が何と言おうと」

おしまい