残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

らき☆すたSS

第二話(3)

帰宅後。
「まったくあいつはどういうつもりだ……まあ写真撮れたからいいけどさ」
とかぶつぶつ言いながら、買いためた模型やフィギュアの完成品やキット、写真データなど(そうじろう曰く、「戦利品」)を整理するそうじろうにかなたは、
「なんかどたばたして感慨が台無しにされたような気がするわ……」
「いいところだけ見る、それが人生を上手く乗り切るコツだぞかなた」
「そう君は自分の欲望に忠実すぎると思う!」
「おーそうか、だったらオレは余計に自分の欲望に忠実になるぞ?」
「どういうこ……きゃっ」
かなたを自分の座っているところに思いっきり引き寄せて抱きしめ、かいぐりするそうじろう。
「あー癒される〜」
「ちょっとそう君!」はじめ慌てるかなただったが、「……そう君ったら……」
やがて身を任せてしまう。何だか毒気が失せてしまったかなたであった。そればかりか、流されて何だかんだでほわほわした気分になっている自分が恨めしい。
かなたは問う。
「一体私とそのお人形とか、アニメとか漫画とかの女の子と、どっちが大切なの?」
「かなたに決まっているだろう」
「そ、即断ですか……」あまりにスパッと言うもので、逆に面食らうかなただった。「じゃあ……私がいるのに、どうしてそういう女の子のものを見たり集めたりするのかしら?」
「え、何? もしかして嫉妬?」
かなたはつーんとそっぽを向いて何も答えない。
「ええいこの可愛い奴め!」
余計に頭を撫でてかいぐりまわすそうじろうだった。
「も、もう、ごまかされないわよ。ちゃんと納得いくよう説明して。小説家なんですから」
「おお、そうきたか。まあ、いつかははっきりさせておかなければと思っていたからな、道義的というか、原則というか」
「遅すぎる気がします……」
「簡単な例えをしようか」そうじろうはかなたを抱いたまま語りかける。「かなたの一番好きな食べ物って何? ちなみにオレは知っての通り寿司だ」
「え、ええと……果物が好き……」
「それは変わらないだろ?」
「うん」
「じゃあ昨日食べたハンバーグは? 嫌いか?」
「いや、あれは私もそう君も好きということで作ったから……」
「昔作ってくれた弁当に入れてくれた卵焼き、あれも嫌いか?」
「自分が嫌いなものを入れたりしないわ」
「それと同じことだよ」
「……よくわからない。どういうこと?」
「一番好きなものは明確に、絶対的に決まっている。それについてだったら何時間だって語れる。それのためなら我慢だってできる。オレだったら……そうだな、締め切り片づけたら思いっきり寿司食う、それまで我慢、よっしゃ片づけてしまうぜー、みたいに。でも……」
「でも?」
「だからといって、その他の好きなものをあってないがごとく言うことは出来ないだろう? 他にも好きなものはあるんだ。ハンバーグ、卵焼き、みんなおいしくいただいた。そればかりか、今のオレを形作りさえした。それを、捨てるなんてことは出来ない。それは自分に対する裏切りだろう?
「一応論理は通ってると思うけど……」
「それでも論理は通っている。オレの中で、それは解決している。オレとしては、それで十分。しかし、かなたがそれによって傷つくというのなら、オレはかなたを取る。『一番好きなもの』ってのはそういうことだ」
「言わないわ。そこまで狭量じゃないつもり。……そんなこと言う娘だったらそう君愛想を尽かしているでしょうし。……全部わかってるつもり。でも、そう君の口から聞きたかったの」
かなたはそうじろうの胸に頭を預けて、ほっとしたような調子で言う。
「浮気性な人じゃないってわかってるから、大丈夫」
「かなた……ええい、もう!」
余計に抱きしめるそうじろうであった。
「わーってるよ、あんまり格好のいい彼氏じゃないってことは」
「私にとってみれば……格好いいわ」
「おだてなくてもいいぞ? 今更なんだし」
「それなら、こっちだって今更。良いところも悪いところも全部見てきてるから……そう君が、私にしてくれたように。……ところで」
「ん?」
「子供が出来ても、こういういちゃいちゃすることを続けるつもり?」
「そりゃもちろん……って子供? ……ええ? まさか?」
「ち、違います! あくまで例えばの話! ……でも続けてくれるのね」
「まあ、な。オレの生きがいだし。……子供、ね」
「そう君?」
「結婚するか?」
「……はい?」口が固まってしまったかなたであった。身動きが取れない。
「だから、結婚」
「え、ええー! ほ、本気なの?」
「オレが嘘をついたり冗談を言う男に見えるか?」
「見えるわ」
落ちこむそうじろうであった。
「自覚してるけどよ……」
「それより、……本気なの?」
「子供って言葉が出たら、何か自然と気持ちが固まった。すげー不思議だけど、いや、全然不思議じゃないのかもしれない。多分、前々から固まってたんだろうな、こう思えるってことは。……いや、ずーっと前から固まってた。うん。決まってた。あとはいつ言いだすかみたいなとこあった」
「そう君……」
「ま、これはあくまでオレの意志表示。心に留めておいてくれれば……」
言い終わるまえに、かなたはそうじろうの胸の中から出て、そうじろうにきちんとした格好をとり、向き直って言った。
「結婚しましょう」
そうじろうは言う。彼は決して慌てていない。
「ああいう形だったが、オレは本気だ。ぶっちゃけ、この先家族も増えることだし、家買うくらいの意気込みはある」
「わかっているわ」
「……いいのか?」
「よくなかったら、今は嫌って返事をします」かなたは言う。「……信じてます」
そうじろうはかなたを抱きしめた。今度は正面から。かなたもそうじろうを抱きしめる。
「……何て言ったらいいのかな、こういう場合」
「もう、小説家なんですから、気のきいた言葉くらい言ったらどう?」かなたの目には、自然と涙が溢れている。
「ああいうのはな、舞台とキャストをセッティングしてはじめて言わせることが出来るもんなんだよ。実際の人生なんて、そう上手くはいかねーよ」
「私に告白したときはすごいセリフ言ったくせに。一言一句覚えているわよ。『お前が振り向いてくれないからオレはこんな風――ギャルゲ好き――になったんだ』って」
「ま、じゃ、一言言うかな。高校時代のオレに負けてられん」
「はい」
「今日から、かなたは、『俺の嫁』だーっ!」
「……それ、普通のプロポーズとどう違うの?」
「いやこれ、オタ的には大爆笑のネタだから。ああそうか、一般人には通用しないか」
「……でも、それでいいです」とてもおだやかな笑みを浮かべて、かなたは言う。「今日から私は、そう君のお嫁さん」
「うっ!」
「どうしたんですか?」
「いやぁ……」
いざ恋人にそういう風に言われてみると、結構くるものがあるな、と改めて認識したそうじろうであった。

(第二話おしまい、第三話に続く)