残響の足りない部屋:HP百合機械別館

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子供に聞かせるべきアルバムなんてない(あるいは「聞いてない俺はダメ」な感情を封殺する)

「全ての子供が13歳になるまでに聴いておくべきアルバム 33選」を米サイトBuzzfeedが発表 - amass

 
 
読みました。
上記の元英文サイト(Buzzfeed)のコメントもざっと目を通してみました。
 
「コールドプレイがキッズ・ソングを演れると思うか?」ってコメントすごいですね。じゃあレディオヘッドなら演れるって勢いなんでしょうか。
 
で、ですね。
Buzzfeedのライター/コメンテーター陣がこれらのアルバムを選んだ理由って、ほぼ次の、ニルヴァーナの「ネヴァーマインド」につけられたコメに尽きるような気がするんですよ。
 
“I will never forget the first time I heard…’Smells Like Teen Spirit.’ I didn’t know music like that existed.”
—Submitted by destructogirl (BuzzFeed)
 
あんま訳す必要もないと思うくらい簡単なコメなんですけど、まあざっと口語訳すれば
 
「俺こんなアルバム聞いたことなかったぜ……この経験は一生忘れることできねえぜ……」
 
ってな感じです。
ぶっちゃけ、このアルバム群(「聞かせるべきじゃないアルバム10選」も含め)、全部この基準ですよね、「俺が今まで聞いたことあるので、一番すげえの!」っての。
 
「この経験を伝えたい!」
という感動から、大人のよけいなおせっかいがはじまります。
子供の可能性をつぶさないように、と。
俺らが、先行するオトナにつぶされかかったようなことは、子供にはさせるまい……と。
 
教育的配慮、という言葉があります。
教育するにあたって、子供の「可能性」を広げる必要がある。ジャンルの可能性のハジからハジまでを、とりあえず与えといて、少年少女たちが、その後の人生をクソみたいなものにしないためのものです。
なんで可能性を広げる必要があるかっちゅうと、まあ、狭量で差別的なレイシストをこの世に排出するのを防ぐためですわなぁ。(簡単な言い草)
 
実際、この「与えるべき33盤」も「与えないべき10盤」も、
「俺が凄く感じたんだからお前らガキどもも聞けよ!」
というのに尽きると思うんです。
そしてそれを否定するものではない。
(「あざなえるなわのごとし」さんは、あくまでカウンター的ネタとして持ってきているでしょうが、大雑把に80sアングラからポスト・90sオルタナを通過して神聖かまってちゃんに接続させる、という戦略は、いささかなりとも「聞いて、愛好して」の結果だと思います)
 
だいたいにおいて、次世代に音楽を語りつぐのは、このように
「俺が凄く感じたんだからお前らガキどもも聞けよ!」
の連鎖です。そこから、おおざっぱにいくつかの反応が分かれます。
 
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(ここからは一例として。ちょいネタなので、読み飛ばし可能)
 
たとえばちょい前の現代邦楽シーンだったら、
 
・その1/4は、たとえばロキノン……渋谷陽一とか山崎洋一郎、あるいはスヌーザー……田中宗一郎あたりの影響を受けたりして、全うなロキノン信者になってくわけです。。
 
・もう1/4は、それらの論客や、コミュニティ(ロキノンコミュニティ)をヘイトして、自分の道を行くか、です。もしくは高2病~大2病的な「俺ロキノンとかダサイと思ってるし」みたいな方向か。どちらにせよロクな道じゃない(でもこの派閥が、次の項目の派閥と同じくらい大きくなってる現状よ!)。
 
・さらに1/4の、結構大きな派閥が、「ロック」を経由しないで、独自の……いささかアングラだったり、レゲエだったり、トランスだったりの「ダンス」方面に行く連中です。つまり、論客が「ロックは死んだ!」とかいうてるのよりももっと早くから「あ、ロック死んでるわ。つまんね」と悟ってるような連中です。(この派閥は、案外後年「やっぱロックもいいのあるよね」といくパターンもあります。古くはレア・グルーヴ再発掘とか)
 
・んで、もう1/4は、どうしようもないワールド・ミュージック派閥や、ヴァイナル・ジャンキー派閥です。オレやKANATAさんのような。こいつらは何があろうと、もうどうしようもなく「自分」です。ああ。ああ。
 
 
すげー暴論。まあこれはあくまでネタだ。
 
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で、ですね。
これらアルバムを、若者たちは
「どちらにせよ聞かない」
のだと思います。
 
「あざなえるなわのごとし」さんも、結局はこのことに答えを結びつけています。
だいたい、これらの盤を選出した大人も、先行するオトナ(ジジババ)に、なんらかの音楽を押し付けられて、カウンター的に「俺らの名盤」を見つけ出してきたんだと思います。ひと、それをカウンターカルチャーと呼ぶ。
先行するジジババは何を押し付けてきたか。外国だったら……やっぱりクラシックかジャズか。あるいはブルースか。
日本だったら演歌ですわなぁ。
 
で。
「先行情報/押し付け」がなかったら、物事はすべてうまくまわるか、というと、これもこれで、
「何聞いていいのかわかんねえYO!」
になると思うんです。あまりにこの世には「名盤」が多い。
 
じゃあそんな子供たちを「教導」してやろう……となると、今回のような「聞くべきアルバム○○選」が生まれます。
 
 
……まー、今回はだいぶタチがいいとは言えるんですけどね。
この手の「あとに残すべきアルバム○○選」(なんか書くたびに名前変わってるな……どれも一緒ですから、意味)は、大概「音楽史に名前が残ってて、チャートもそれなりに(ン十年単位で)にぎわしたアルバム、○○選」になるのがオチですから。
 
それに比べて、今回は「個人の感動」を基準にしてるぶんだけ、風通しがいい。
 
……しかし。
しかしだな。
だからこそ余計に、「これ」を真に受けて「これを聞いてない俺はだめなんだ……」とするヤングスたちが生まれても、困るんだ実際。
ぶっちゃけ「聞くべきでない10選」を「オレこれ聞いてない……俺、ワルくないんだ……オトナじゃないんだ……」とされても、困る。
 
うまくいえないのですが。
「情熱」をもとにした「○○選」は、反論がたやすいようで、案外ムズいんですね。
それは個人たちの情熱体験(妄想)の体系だから。
それ以上に、「俺はこの人たちの情熱に対抗できるだけの、俺の情熱音楽をもってないんだ……」的な、変なむずむずするような感じになっちゃうとこもあるのです。
 
自分だってそうでしたもん。
ワールドミュージックとか、過去のロックとか、クラシックとか、ダンスミュージックとか……とりわけ、ジャズ。
「聞くべき音楽」は多すぎた。
はじめは「教科書どおり」に聞くべき音楽が多かったのが、だんだん「情熱を持ったレビュアー・評論家の、情熱を傾けた音楽」を聞くべき、になってきた。
 
これを僕は否定しているわけではないです。
先人がいなかったら、自分の音楽体験もありませんでしたから。
でも。
……いつになったら、自分は「自分の音楽情熱体験」が出来るのか?
 
いや、これもこれで、バカらしい問いで。
「教科書も、各種レビューも、偶然の出会いも、幼少期の音楽も、ぜーーーーんぶ、ひっくるめての、「自分の音楽情熱体験」なんだ!」というのが、結論なんです。
 
 
結局ですね、「俺が凄く思ったんだから、お前らガキどもも聞けよ!」
という最初のアレですが、
若者が「俺ってだめなんだ……音楽経験が足りないだ……」
と思うのは、ただ単に、先行するオトナたちが、
 
単なるオッサンになって、物言ってる
 
だけに過ぎない、って話です。
 
あんま気にせずに、のんびりいきまっしょい!
今聞いて、今感じ入ってる音楽が、あなたの「聞くべき音楽」だっ!!
 
 
(追記。じゃーお前はどういう音楽情熱レビューに影響されて、現在のリスナー像を作り上げたのか、という問いがあると思いますので、リンク張っておきますね)

 

 

 

主題と変奏 (中公文庫)

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ジャズ・アネクドーツ (新潮文庫)

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さよならバードランド―あるジャズ・ミュージシャンの回想 (新潮文庫)

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意味がなければスイングはない

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毎日ワールド・ミュージック1998‐2004

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適当に思いついたのは、このあたり。

変り種では、最近音楽雑誌で読んでるのではこればっかですわ。

 ↓

The EFFECTOR BOOK Vol.24 (シンコー・ミュージックMOOK)

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 エフェクターの本です。季刊。

 

 

で、よく読んでるレビューブログ/HPはこういったとこ

 

悶絶メタルのページ

佐藤英輔のライヴ三昧

レジーのブログ

 K Diary

……実は今回の記事は、「K Diary」の牡蠣 八針さんの以下のツイートがきっかけで書かれたのです。

 

まあ、今日はこんな感じで、ひとつ。