それじゃ残りの人生かけて世界の音楽を聴いてきます ーーカナリヤさんへのお返事

※この記事は、オルタナ音楽/ノベルゲームブログ「Nothing is difficult to those who have the will」管理人・カナリヤさんとの、音楽談義に端を発する記事です。

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●記事の経緯

カナリヤさんが、ZAZEN BOYSのライヴに参戦して、レポ記事を書かれる

同じく向井秀徳チェックマン(愛好者)たる不肖残響(わたくし)が、そのレポ記事にコメントを書く

残響コメントにカナリヤさん、熱と希望あるコメントを返してくださる

その後twitterで、UNISON SQUARE GARDENトリビュート盤を、「the Pillowsが参加してますぜ、しかしそれで納まるクオリティじゃないですぞ」というお勧めを、古参バスターズ(ピロウズ熱烈ファン)のカナリヤさんにする

残響、個人的事情にてtwitterアカウントを削除

カナリヤさん、ユニゾントリビュート盤をご購入、リスニング、そして感想記事を書いてくださる

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↓カナリヤさん、仙台にて再結成ナンバーガールのライヴ参戦、その後ライヴレポートを執筆

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2020/3/1 ナンバーガールが「逆噴射バンド」無観客ライヴを行う。
演奏があり、森山未來OMOIDE IN MY HEADで踊り、向井がタバコを5本同時に吸って、チャカを打つ異常空間Z

イマココ!

 

●御礼

 

ご無沙汰しております、残響です。先日は自分のコメントに、非常にご丁寧な返信記事を書いてくださり、本当にありがとうございました。

the Pillowsにからめたユニゾン布教を、本気で受け取り、音楽を受け取ってくださり、そして記事を書いてくださいました。なによりも、音楽に人生をかけた男たちの熱、意地への感応。時代流行への迎合への反発(の継続)、そしてバンド間のトリビュート=熱に対する愛、を、音源を通して、カナリヤさんも愛してくださって。

 

その後、ナンバーガール「逆噴射バンド」ツアーに参戦され、実際に今のナンバーガールをお聞きになられ。かつ、先日の無観客ライヴも観戦され。剣呑な言葉を使いましたが、あれは……「観戦」ですよねぇ。

しかし、このお返事が本当に遅くなりました。なにせ、いろいろなネタがありすぎて、どれから書いていこうか。ナンバーガールギタリスト田ひさ子とUNISON SQUARE GARDENベーシスト/作詞作曲・田智也の両方が出てくる内容なもので、田渕と田淵が何度も文字列に表れて言語ゲシュタルト崩壊しそうで(どうでもいい)

そんなふうに、ナンバガトークとユニゾントーク、日本オルタナ話をしようと思っていたんです。

ただ、「自分が本当にしたい音楽話は何か?」と考え、考え、考え……。そのことだけじゃないな、同じ音楽リスナーたるカナリヤさんに申し上げることは、と、思いました。

なので、ちょっと話題がズレていきます。ご容赦ください。

 

●音楽で世界一周

 自分は以前、小説を書いていました。その中の一作で、「音楽小説」を書いたことがありました。内容は、「ベルギーのロックバンドのギタリストの女性が、世界中を旅して、その土地のレコードを買ってライヴを観る」っていう内容です。お察しのとおり、残響の個人的願望をそのまま小説にしたものです。女性化願望ではなく、音楽で世界一周する、って方です。

しかし当時、自分はなかなかこの地元・シマーネ農業王国から出られませんでした。闘病もあり、その後の仕事もあり。2009年から2014年まで、島根県から外に出ていませんでした。何が世界一周だって話です。いや、それほどの閉塞状況だったからこそ、そんな夢想をしたのでしょう。

その後、2014年から、病状の回復と、仕事の貯金をはたくことによりw、同人音楽即売会・M3に参加したり、いろいろとライヴを鑑賞するようにもなりました。なんと、人生が変わったものです。

ところで、その音楽小説ですが、いつしか未完になっていました。最初、8~9万字くらい、最後まで書き上げました。でも、出来に納得していなく、また、音楽機材情報も不正確だったので、もう一度書き直そう、と。しかし、これが未完になりました。理由は簡単で、自分が実際に音楽で旅をするようになったのですね。the band apart人間椅子のライヴを観たり。ジャズのライヴ、クラシック、フォーク、ノイズ/シューゲイザー、などなど……。日本の各地に旅をするようになりました。もちろん、その土地土地でレコード、CD、カセットを買って、帰りの荷物でヒーヒー言うように。

そりゃそうだわな、って話です。実際に音楽で旅をするようになって、夢想小説をしてる暇はないっていうことです。

 

●聞こえてくるものだけを

 ↑ このタイトルが、その音楽小説のタイトルでした。音楽……いや、自然の音、機械の音、人の声、いろんな音にインスピレーションを受けた、音楽。聞こえてくるもの。それだけを追って、旅をするっていう小説でした。

それを、なぜ、自分(残響)がリアルに、してはいけないなどと、誰が決めたのでしょう?

今、静かにひしひしと、そのことを思います。自分は、この15年間あまり、結構音楽を聴いてきました。大学時代に「全世界全時代全ジャンルの音楽を聴こう」と、なぜか心に決めて、それ以来やたらと音楽を聴いてきました。それは、なんだかんだで15年続きました。実際に、相当数の音楽を聴いてきたと思うのです。

ところが、ここ数年、ちょっとそのdig(探索)が、保守的になってきたな、と自覚もしました。もちろん、自分で作曲をし、上記M3にサークル参加をするようになって、音楽の聴き方の質が、ガラっと変わった(違った感じに深くなった)というのもあります。なので、ある程度「質(深さ)」の志向に変わったのかもしれません。

でも、ここ最近、カナリヤさんが熱心に向井の音楽をお聞きになっていたり、ユニゾンの音楽からの発展(トリビュート)をされているのを観たり。また、エロゲー批評空間のmerunoniaさん(メルトンさん)への「MUSICUS!」長文感想に不肖残響自分語りのレスをつけさせていただいたりで、

erogamescape.dyndns.org

(この対話は岸田教団のファン同士の暗号まみれです)

「自分が一生をかけてしたいこととは、本当は何だ?」と、以前からの問いを、さらに加速させました。

何かを表現したい、とか、創作をしたい、とか。でも「モノを作れなかったらそいつの人生はクズだ嘘だ」という話は、それこそ間違いの話だ、とようやく悟るようにもなって。

じゃあ、何をすればいいのか。自分が一番楽しかったことを、ずっとしてればいい、っていうことにたどり着こうとして、いろいろ手を出してみる、っていう、なんか矛盾したことをこれまでしていましたw 本やネット記事をいろいろ読んだり。でもそれは、ヒント、指針にはなっても、「本当」じゃなかった、自分にとっては。

ーーーようやく気付き始めたのかもしれません。この「一生をかけてしたいこと」のうちのひとつが、「音楽で世界旅行(自分で作曲含む)」だっていう。あとは「妄想箱庭おもちゃ遊び」。この、2つ。だけ。

なんだ、これまでの34年間で、なんだかんだで捨てきれずに、ずーっとなんだかんだでやってきたこと、そのものじゃないか、という。でも考えれば、音楽もおもちゃ(模型、箱庭)も、あっち側は、自分を「捨て」はしなかったんですよね。自分は、何回か「もういいかもしんない」と捨てようとしましたけど。それでもあっちは、待っているという気概すらなく、待っていてくれたのかもしれません。

あーー、もう、逃れられない……と思う以前に、最初から別に逃れようと思ってもいなかったな、と。なんとなく初めて、その間いろいろあって。自分を託そうともしましたし、押しつぶされそうにもなりました。でも、音楽とおもちゃで、ずーっと楽しんできたわけです。功夫クンフー)を知らず知らずの間に積んでいたのかもしれません。ひとりで音楽orおもちゃ、さえあれば、あとはいくらでも暇をつぶすことが出来る。それは、誰にもできることではないのかもしれません。

自慢でなくて。「あー、そうなんだ」っていう。だから、最終的に、自分が音楽の旅に再び出ようとしている事で、お尻(けつ)をひっぱたいてくれたのは、カナリヤさんというのが、大きいです。「旅をする必要はあるのか?」って尋ねられたら。残りの人生を費やす必要はあるのか、って言われたら、「だって、楽しいんだしねぇ、今」とだけしか答えられません。妥当性は知らない。でも、死ぬ前に、多分後悔はしない。いや、「うわ、これで最後かよ」っていう風には思うでしょうが、でも、この「音楽で世界一周」をする、という決断に、後悔はしない。

じゃあ、即座にリアルに世界に旅だつのか、というと、これもまた違う。「音楽で」世界一周、なのであって、「常に実際に世界一周の旅」というのでは、ない。音楽であればほぼ何でも良いのであって、この場合ナシなのは「これまで聞いてきた音楽だけで、もうよし。懐メロだけでいこう」とすること。それもそれで全然アリですし、別にそれを否定してはいません。しかしただ単にこの「旅」という場合の観点だけでいえば、上記の懐メロ志向はただ単に「旅してない」ってだけなので、それはナシだわ、という理屈です。

だからまずは、自分のCDからリッピングしたMP3音源の整理、そして外国語の勉強。少なくとも、文字が読めなくては話にならない。今、バングラデシュの音楽を聴いてるんですが、まぁベンガル語の文字が読めません。これでそのまま南インドに行くっていうのも、話が違うわけです。まず、youtubespotifyに課金投資することから始めます。そして音楽の「量」を聞く。最低限、どこでどういうことが起こっている「らしい」という音楽シーンの概観が欲しい。このことだけでも、7年くらいサボっていましたからね。

ともかく、自分に必要なのは……何にもまして必要なのは、「自分の人生で何をしたいのか」ということの結論と決断でした。この数年、やたらとその答えを求めてばっかりでした。それでこれ(音楽旅とおもちゃ箱庭)っていうのは、これ以上ないほどの青い鳥現象ですが、しかし気づけてよかった。

カナリヤさんはナンバーガールのライヴ当日に、時間をミスって、会場入りを相当押して(遅れて)入場しました。やっちまった、とレポートで書いておられます。お察しいたします……。しかし、この「やっちまった」感じは、自分の音楽旅でも感じています。なにしろ、全世界全時代全ジャンル、をマジでやるとすると、まぁ知らないことが多い。バングラデシュには15年前くらいのメジャーシーンで、こういう風なバンドがいたんだ、っていうことすら、知らないわけです。ということは、自分はこの20年近くのバングラデシュロックシーンの「伝説」を、無知のおかげで、まったく知らなかったわけです。

さらに言えば、自分は趣味で外国語をやっていますが、これこそ「知らなかった=やっちまった」の連続中の連続です。何回、文字スペルを、意味を間違える? 発音を、構文を、果ては自分はベンガル文字すら知らない。バングラデシュの餓鬼にも劣るって話です、ほんとに。

たぶん、こういうのは一生続くのです。でも、自分は、まず外国語においては、この「知らなかった=やっちまった」を、楽しむようになってきました。最近、書物の読み方が変わったんですよ。本はこれまで「知るため」に文章を読んでいたんですが、外国語勉強をここに挟むと、「知らないことに気づく」のが楽しくて、いろんな外国の本を読んでいます。知らない単語がひとつでもあれば、その本は自分に、己の無知を教えてくれたわけです。どんな餓鬼向けの文章であっても、そこで「知らないことに気づいた」っていうことが、最近楽しくて仕方がない。反省と、ちょっと成長したって実感。それは満足を与えてくれます。他人と比較競争・勝ち負けレースエンドレスをしなくても、自分で満足できます。

音楽で世界一周、って言っていますが、ようは「物事を楽しむハードルを、物凄く下げまくっている」だけの話です。上の外国語の楽しみ方(やったぜ!おれは知らなかったことに気づけた!)は、そのまま、簡単に「音楽」にも転用できますから。

だから、「世界一周できたか否か」ってことじゃないんです。そこはどうでもいい。どこでのたれ死んでも構わない。ただ自分が、音楽の旅の路上にある、っていうことだけ認識できていたら、それでいい。もう、一番の報酬は受け取っている。今聞こえてくるものだけが、その報酬に他ならない。それが「音を楽しむ」だと。

ここまでくるのに、34年はかかりすぎだったのかどうかも、もはやどうでもいいのかもしれません。すべては旅の路上であったのだし、報酬は今日これからも最上のものを聞けるんだし。ちょっと悩んでいるのは、その成果をどこで発表するか、ってことですが、まあこれはおいおい決めていけばいいかな、と。とりあえず最近聞いたバングラデシュの音楽は、カナリヤさんがご期待くださったscrapbox上の音楽地図に書き込んでありますので、よろしかったらご覧下さい。

scrapbox.io

(もうちょっときちんとまとめたくはあるんですけどね、まあ余力で)

 

我々は、ひょっとしたら「後追い」という形で、すべての伝説に乗り遅れてるのかもしれません。そのことは、よく考えました。自分にしたってナンバーガールは後追いです。解散してから聞きました。ユニゾンにしたって、2018年から聞き始めました。新参です。

しかしこのコンプレックス視点を、「おー、わたくしはここ(の音源)にたどりついたのだな」と、自分の射程をちょっと伸ばせたことを、ちょこっと喜んでみる。自分自身で。たぶん、そうして我々は自分を肯定できるんじゃないかと。カナリヤさんも音楽の旅をしよう!っていう話では毛頭ありません。なにせカナリヤさんは、向井という旅の船頭の一挙手一投足を見るのに忙しい。前にもお話したように、「よき隣人の深度」をカナリヤさんは見たくてしょうがないわけですから。そう考えれば、我々は「2020年のナンバーガール」を見ることが、出来たんですよ!しんじられますか!?これは、今、我々が生きていたからできることなんです。それが出来なかった連中がどれほどいたか!だから味わいつくすことが義務……って表現は犬に食わせましょう。大事なのは「俺の目玉が見る景色」以外の何だというのですか。「声のでかい奴が勝つ」?自問自答の足りない奴の戯言にしか聞こえませんな。

向井の目玉が切り取った景色。それでもって、カナリヤさんも残響も、世界の見え方を変更したわけです。あの隣人のその提案を、我々は「よし」と受け取りました。それから、いろんな人生を、カナリヤさんも残響も、歩んできました。そして、カナリヤさんの文章を読んで、自分もいくつかの思考をし、カナリヤさんの「よし」に、何らかの影響(エフェクト)を受けて、自分も、上のように「よし」と決断したわけです。ありがとうございました。それじゃ、残りの人生かけて世界の音楽を聴いてきます。