残響の足りない部屋

音楽旅行と模型人生と愚にもつかないジョーク

本屋・レコード屋通いというギャンブル

自分はどうにもギャンブルに向いていない人間のようです。博打(ギャンブル)=ギャンブル性ゲーム+お金を賭ける事、なんですが、どうにも賭け事の一連の流れで、楽しむことが出来ないのですね。落ち着かない。

というか、ほとんど「ギャンブル性」というものと、自分は結構相性が悪いというか。日常生活からギャンブル性はなるべく排したいと考えるのです。ランダム性がもたらすメリットorデメリットというものに、どきどきしたくない。期待もしたくない。そりゃ向いていない話です。

ではお金は清廉潔白に使っているか、というと、そんなこともないですね。だいたい本やレコードに使っています。そして最近気づいたのですが、本屋やレコード屋に向かう際に覚えるこの心の毎回の高まりは、結構ギャンブル性を持っている……のではないか。というか、単純に言って、書店やレコ屋に行くっていうのは、パチンコ屋や競馬場に行くのとそんなに変わらないんじゃないか?自分的には……?と考えてしまったのです。

●賭けるチップ、それは未知に対する期待

新しく見つけた本屋やレコ屋のドアを開けるのは、いつだってわくわくします。本屋なら、自分はまず模型関連と音楽関連をチェックします。モデグラ関連(月刊モデルグラフィックスや、大日本絵画の出版物)はどうか。TMS(鉄道模型趣味)はあるか。ホビージャパンエクストラは入っているか。電子工作&ラズパイ関連はもしかしたらパソコン書関連のとこかな?レプリカントはどうだ、ドール関連は……。

次に音楽書籍をを見るとしたら、ミュージックマガジンかレコードコレクターズはあるか、とか、音楽機材系、とくにエフェクターマガジンはあるか、とか。楽器でもマイナー楽器の入門書はどうだ、とか。

それから最近とくに熱を入れているのが、外国語関連ですね。辞書もです。意外なところに意外な面白い外国語関連書物があったりするのです。こないだ買い逃したインドネシア語の教科書、未だにちょっと後悔してるんだよなぁ……。洋書があったら超めっけもん。あ、そうそう外国語関連の雑誌&ムック本もチェックですよ。

これらをだいたい5分以内にざーっと見ます(スキャニング)。頭の中にメモをしておき、そこからさらに漫画を軽く見て(ハルタ関連があるかどうかは気にする)、ラノベコーナーのTRPG関連(ルルブ、リプレイ)をじっくり見る。そして店内をうろついて、万が一ゲームブック関連があったら即ゲットする。それから後に、科学書やエッセイコーナーを見る……。

そんな感じで本屋を時間をかけてうろつきます。古本屋&新古書店に関してはまたやり方が微妙に異なってくるのですが、上記のように大体のカテゴリに分けてスキャニングをするのは変わりません。

レコ屋では、まず「店主のおすすめ」的に目立つところに置いてあるのをじっくりチェックします。この店はどういうジャンルに強いかをまず把握。これは1分でわかりますが、その1分の間に自分とレコ屋の間で透明な火花が散ります。こちらは全世界全時代全ジャンルを聴くと決めた音楽人生なのです。いわば1人の音楽リスナーvs無数の触手を持つオンガ=クトゥルー神です。相手悪すぎないか。

まぁようするに、自分の専門分野のレコ屋ならよっしゃ、自分の専門とちょっとズレるレコ屋でも、新たな可能性が生まれるかもしれないからこれまたよっしゃ、って具合です。最高ですね。で、自分の場合だったら、「店主のおすすめ」の次には、基本的にオルタナロック→古典ロック→モダンジャズワールドミュージック→クラシック、テクノ……といった順番でレコ棚を見ます。ただカセットテープがもし在ったら、優先順位はカセットを上の方にします。

例えば、ピクシーズのデモ曲集があってうれしいな、とか、ジェリー・マリガンは基本的にどれも購入対象だけど、今回はコンボ編成時かそれともビッグバンドか、とか。お、こんなん知らなかったぞクラッシュのダブmixアルバムよ、とか、バッハのヴィオラ曲集なぁ……地味なのはわかってるけどその地味さが良いんだよなぁ……とか。それからボサノヴァはー、英国トラッドはー、イスラム宗教歌はー、とか、アフリカ民族音楽はー、デレクトラックスはー、ファットボーイスリムはー、最近のジャックホワイトはー、チップチューンはー、とかってやっていると、あっという間に1時間なんて軽く過ぎます。毎回思いますね、「レコ屋では時間が足りない」。理想を言えば、1日目と2日目とで分けて通いたいですが、そんな時間は旅先ではなかなかない。ついでにお金もない。

さぁ、このあほの所業ですが、どうにも最近自分は、こういうので「ギャンブル」をやっているのではないか、と疑うようになりました。いわば未知(の本、音源)に対する「期待」というものを、チップに変えて場にbetしているわけです。

基本的に購入予定金額はあらかじめ決めていますし、あんまりレアな本or盤があっても、よほど高かったら買いません……が、まれにあるんですよね。「ぐぉっなかなかのお値段……しかしこれを買わなかったらわたくしではない……っ!」と悲壮な勇者の貌で本or盤を見つめる時が。そんな時「買わない後悔より買った後悔っ!」と自分を鼓舞するのが正しいのかどうか。その答えは未だに風に舞っております、マイフレンド……。

うん、こうして書いていて、やっぱギャンブルなんじゃないの、本屋レコ屋通いってのは?って訝しむわけです。少なくとも、本屋レコ屋に毎回行くのは、「今回は何があるかわからない」というギャンブル性(ランダム性)ゆえ。……っていう側面は確かにあります。

そして陳列されている本やレコードに対し、自分は「試されている」って感覚になるんですね。ここにある本やレコードは、素晴らしい内容かもしれない。難解かもしれない。けれど、読者・リスナーたる自分は、それを乗りこなせるかッ!?という。

もう既にいろんな本やレコードを吸収してきたじゃない……? なんて助言に耳を貸したことはありません。というかそんなこと、本屋やレコ屋で物色しているとき、脳裏にかすめたことすらありません。脳は「どの本or音源を買うか」で支配されています。それはつまり「未知」への開拓精神です。

「未知への期待」というのは、自分の知らないジャンルが世の中にあることへの期待、っていうことも確かにあるんですが。しかし最近は、「自分が今まで偶然見過ごしてきたもの」を新たに掘り起こすという意味合いで、「未知への期待」を捉えているかもしれません。たまたまこの時期のイエスプログレバンド)をあんま聞いていなかったけど、今聞き返したらどうだろう、とか。このクラシックの曲、この指揮者・演奏家で聞いてみたらどうだろう、とか。

自分はどこまで「知って」いるのかどうか。そりゃ音楽史的なカタログ知識はいろいろ持っていますが、実際自分がどう感じるのかは、まだわからないわけです。古い音楽でも、「自分が聞いていない」というただ一点では、実は今流行りのミュージシャンの新作と、そんなに変わらないとも言えます。

そんな「未知」に対する読書や音源聞きをアレコレやっていて、未だに飽きていません。未だに本屋レコ屋に通っています。でも、これは真面目な勉強、とも思えません。ある程度ここにはギャンブル要素があることを、今の自分は認めます。その上で、もっと本屋レコ屋に通いたく思います。