残響の足りない部屋

もっと多く!かつ細やかに!世界にジョークを見出すのだ

最近わたしの音の暮らしはこう 2021/08~09

夏から秋にかけて聞いた音楽について~(8月~9月)

 

(前回)

最近わたしの音の暮らしはこう2(おるたな) - 残響の足りない部屋

 

SFCウマ娘 シナリオ最終レースBGM集

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ウマ娘をプレイしていないというのに、楽曲に惚れたっていうだけでのヘビロテですよ。餓鬼の頃から変わっていない。攻略本を読みサントラを聞き、ゲーム本編をプレイしないプレイスタイル……(プレイと言うのも恐れ多い)

しかしこの音源、「ウマ娘」=2021年のスマホゲームという当然の事実を使っての「偽史創作」「存在しない記憶」「集団幻覚」という意味合いで遊んでいるネタ音源なんです(youtubeコメント欄参照)……が、単純にスーファミ時代の音の質感がなんとも懐かしく魅力的。そして楽曲のフレーズも良き。「ウマ娘2」のイントロのヴァイオリンの煽るフレーズや、「ウマ娘3 ピリオド・ブレイカーズ」の原曲の高揚感を見事に持ち込んだ誇り高いラスボスバトル曲的楽曲性など、「古き良き」と表現したいゲーム音楽・バトル音楽の醍醐味を聞かせてくれます。

 

オスカー・ピーターソン再聴

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以下の話は、一介のジャズフリークとして、改めて考えざるを得ない状況になったという話です。

こないだ家族に、TVかなんかの話の流れで、「オスカー・ピーターソンって、どういうジャズピアニストなの?」と聞かれ、とりあえずわかりやすく説明するために「めっちゃバリバリ弾きまくる人よ」と雑に答えました。間違ってはいない。

んで、また別件で個人的に、ラグタイム・ピアノを改めて聞きなおすことがあり、「そういえば、スコット・ジョプリンの曲ってピーターソンよく演ってたんじゃない?似つかわしいし」と思い、調べてみたら、案外そういう演奏は無かった、という。探していた中で見つけたのが、ピーターソンが「cakewalk」をバリバリにモダンジャズピアニズムで弾いてる動画です。(上記)

そう考えると、ピーターソンとラグタイムの関係性……「バリバリ弾く爆走&リリシズムなジャズピアニスト」というオスカー・ピーターソンは、もちろん当時のジャズピアニストとしてラグタイムも当然通ってきているんでしょうが、ラグタイムスタイル・ピアノを、彼自身の「常にリスペクトすべき音楽遺産」としてまで重要視して捉えている……とは、断言できないかなぁ、と考えるわけで。血肉としてはいても。

じゃあ……、と改めてふと考えるに至ったわけですね。「オスカー・ピーターソンのルーツって?」という話です。もちろんその音楽性からシンプルに「テディ・ウィルソンアート・テイタムナット・キング・コールから影響を受けている」と考えることは可能です。そんな彼らの音楽をさらに高速化させて展開していった、と見るのが一般的なジャズ史観だと思います。

しかし、ではそんな「テディ・ウィルソンアート・テイタムナット・キング・コール」という並びの「1930年代以降のスウィング期ジャズピアノ」という大雑把なくくり方。これは、ちょっといささか乱暴な議論なのでは?と考えてしまったわけです。ロックで例えれば、9mm Parabellum Bulletグループサウンズをカオティックコア的に高速化した音楽性、と表現するのは解りやすいですが、では「グループサウンズの誰よ?どのグループよ?」という風に分解していくとなると……っていう話と似たところがあります。

というわけで、このあたり……ピーターソンのルーツ問題や、1930年代のジャズピアノシーン、ちょっとちゃんと考えないといけないですねー。そもそもピーターソンの「爆走&リリシズム」という芸風にしたって、「なぜ彼が爆走&リリシズムに至ったのか?」という疑問に、正式に答えられていないわけですから。よく考えたらね。つまり、自分は家族の「オスカー・ピーターソンってどういうピアニストなの?」という質問に、答えきれていない、って話です。こういうことって、他の音楽でもたまに起こりがちな話じゃないですか?

 

SAORとか、ポストブラックメタル/シューゲイザーブラック/ブラックゲイズ。それからDeafheavenの新譜について

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もうここ最近こういう音楽が大好きで。トレモロギターとシューゲイザーノイズ。空間音響(アトモスフェリックな感じ)、アコースティック自然感、民族音楽との融合、暴虐と自然との融合。そしてやっぱり「良い曲」があるって良いよなぁ、と思う次第です。ずーっと鳴らしていられる。

ところで、メタル界隈ではDeafheavenの新譜が「もう単純にオルタナやん!メタルを捨てたなーっ!」みたいな反応になっているんですが、オルタナからしてみると「すいません普通に良いです……」と思えてしまえますから、なかなか音楽の聴き方見かた、ってやつは。やっぱこれは各々の音楽的出自ってやつなのかなぁ。それなりに自分もメタルを聞きましたが、「結局こっちが良いのかよぅ」と言われたら「はい……ッ」と答えざるを得ないのが悲しいやらなんやら。

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クレイジーケンバンド「IVORY」

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Lo-Fi  HIPHOP的フィルター、チルフィルターがもう完全に自分の中に根付いてしまって、そうなってくると、自分にも「やがてやってくるのかな~?」と思っていましたが、来ましたね。「謡曲再評価」。

長い間、自分は演歌、歌謡曲のアレルギーでございました。自分の両親が演歌、歌謡曲の愛好家で、幼いころからそういう音楽ばっかり聞かされてきたものですから、自分は逆にアレルギーになってしまって、ゲーム音楽オルタナや洋楽にいってしまった、という昔話です。英才教育も考え物ですね。

しかし、これは自分が36歳になろうとしているからこういう音楽にハマっていくのだ、という単純で雑な話でもないはずです。Lo-Fiのフィルターを通過する必要があった、というのが大事なポイントです。確かに、若かりしころの「ハード&ノイズ&高速」ばっかりではなくなる……という、中年シフトフェイズ現象かもしれません。

でも、それは一律に「歳とったら演歌、歌謡曲だよ」っていう雑な議論のはずじゃない。それぞれの音楽の歴史が、それぞれの人生のサウダージに繋がってくるはずです。その流れの中で、自分は今まで遠ざけてきたCKBを聴こうとしています。

もっと言えば、「アジアン歌謡」みたいなところから、自分は遠ざかろうとしていたんですが。……きっと、自分の中である程度の準備が出来たんでしょうね。おお、ということは、これからそういう音楽のdigが進んでいくということか。音源、とくにカセットテープが増えていくぞぉ。

 

向井秀徳フェンダージャパンテレキャスターギターカッティング

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凄く、ギターで「語って」います。無言歌とはこのことか。

 

Zazen Boys / Soil & Pimp Sessions 「Kimochi/Cold Beat」

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こう来たかー! & 世界はそれを待っていたのぜー!

オルタナロック、デスジャズ、邦楽ロック、ブラックミュージック、ファンク、マツリセッション、そしてダンスステップ……情報量が多い。ここで語られている様々の音楽を聴いてきた自分にとって、ご褒美も良いところです。

 

交響アクティブNEETs「生演奏オーケストラによる『ピュアヒューリーズ〜心の在処(上海アリス幻樂団「東方紺珠伝」より)』

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自分は2002年(蓬莱人形の頒布後あたり)から上海アリス幻樂団・ZUN氏の音楽をずーっと聞いてきたんですが、こういうオーケストラ再現を見、聞くと、「圧倒的普遍性」の迫力っていうものを感じてしまったりするわけです。あまり、自分はそういう物言いを好まないんですけど、ね。

CAPACITY超える構文 --あのユニゾンスクエアなんとかというバンドの表現

CAPACITY超える構文」とは?
……日本の普通のロックバンド・UNISON SQUARE GARDENの歌詞哲学を汲む言葉遣いのことです(非公式。このブログの筆者が考えた)。相手がUSGファンだと知れたら、みなさんも日常で使ってみましょう。ようはユニゾン歌詞ネタ表現。

のっけから「普通の」と書いていますが、USGファンならこの表現が田淵(ベース&コーラス、作詞作曲担当・田淵智也)の、めんどくさいロック思想(誉め言葉)を汲んだものであると判って下さるはずです。

つまりこの記事はUSG(ユニゾン)ファン前提の書き方になっておりますのでご注意ください。ところで、リバイバルツアーって本当に良い試みですね。

unison-s-g.com


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あのユニゾンスクエアなんとか(とかいう普通のロックバンド)

この場合の普通とは、東方projectにおける霧雨魔理沙の「普通の魔法使い」という称号と結構似ているところがあって。

つまり、どんなにデカい舞台でキメようが、テレビに出ようが、youtubeの再生回数が増えようがバズろうが、「それがどうしたの?」という面構えで、今日もレコーディングをしてライヴハウスで演るという「バンドにとって大事なことは2つしかない」という通常営業を今日も続ける。そんな「誰よりも格好良いロックバンドの在り方」が「普通(Normal)」なんですよね。田淵はそう仰っています。

 

歌詞書いたのは斎藤さんじゃないから田淵に言っといて

責任を逃れる時に使う表現。
もしくは「は?このバンドは斎藤さんと田淵とTKOのバンドなんですけど?メンバーチェンジとか解散とかマジありえないんですけど?」と反論する時の拠り所のひとつ。

HAPPY


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01分52秒時点

HAPPYな時、知性の低いサングラスをかけ、ダブルピース顔で最大限バカっぽく表現しましょう。おれらが躊躇ってどうすんだ、あの斎藤さんでさえこれやってんだぞ。

小林くん

彼の知っている番号をぜひ教えて頂きたい男の子。
(ただし)みんな食べてるのに、ちっともこれ食べられませんが……。流行りのあれこれとか……。

浜崎さん

リボンのかわいい女の子。
(ただし)食べなくちゃならないのに、すいません今日は残します……。無理に摂取しなくても良いものは世の中にございます……。

 

急くから仕損ずる

それも、待ったなしの条件下で起こるから困ったものです。

昔、HUNTER×HUNTERという漫画で、もと暗殺者の少年が「昔の稼業でなぜか良くあった。事前に対策を完璧に練ってはいるのだけど、当日になって、有ってはならない鉢合わせ状況になる事、出てはいけない低確率のものがこの日に限って出てしまうことが、なぜか起きてしまう」という経験則を言っておりました。

科学的根拠はないのですが、しかし、なぜかジンクスめいて起きてしまう、という。こういうのって、あったりするんですよね……なので、我々のおまじないはただひとつ、セク×カラ×シソンズール、と呪文のように唱える他ありません。

 

深呼吸⇒躊躇う

負けないことに汲々としている前哨戦では、スパイラルのように起こりますね。古代ギリシャで海難事故を誘うセイレーンは、呪的な歌声で人を誘います。「迷い」というのは、そのような呪いの女神による、セレナーデが止まらない状況なのかもしれませんね。

 

どの道を選び、どうすれば良い?→残念ながら……どの道も何とかなるように細工した!

すべての「たられば」という仮定に対し、このように答える。ゴブリンスレイヤーさんのように頼もしい。

構わないから、バスタオルは任せた!

頼もしいその2。嵐の中、誰かのために勇気をもって駆け出していくヒーローが居て。そんな時、待っていることしか出来ない人は、せめてしっかりと、任されたことを100%遂行するしかないじゃないですか!

 

レンガ造りのウォールロードが、重なった希望に見える

「自分の心を加速させるような確かな事」。それを見つけたら、たとえ「努力」が求められるあらゆる状況でさえも、意味あるものとして楽しめるようになったりする。努力さえも希望の楽しさに替わる。そうなれば、君はもう無敵さ。もう輝き出してるんだよ。


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更新やコメントレスについて 2021/09/18土曜更新

関係各位の方々へご報告


家族(祖父)は明日(日曜)退院します。
そろそろ自分も復帰できそうです。少しずつお返事お返し(レス)させて頂きます。漫画作成も。

12/4(土)の同人音楽web即売会ミュートピアvol.5は、申し込みをしました。


残響

ーーーーー
(以下、日誌)

9/18(土)
明日(日曜)の午前中に、祖父が無事退院します。
以降は自宅で投薬療養でOKとのこと。皆様ご心配おかけしました。ありがとうございます。

ふらいんぐうぃっちの最新話(63話。マガポケで読んだ)、面白いですね~。やっぱり真琴と倉本家の面々との絡みは面白いです。
さて、そろそろ自作漫画作業に戻れますね~。

9/15(水)
自分の分(30歳代)ワクチン予約完了。

日中、先日のように自分が、また軽い熱中症みたいになる。
ただ、家族(母)曰く「妙に自分の更年期障害と似ている」という話。
いわゆるホットフラッシュ(のぼせ、ほてり)。
この症状、凄くコロナと似ているので精神安定に良くないけれど、36歳の更年期障害ホットフラッシュと捉えれば、少し落ち着く。

本日は母に連れ添って荷物持ち。病院に入院している祖父へ荷物を届けた。
家族でも病室へは入れないルールになっているので、看護師さんに荷物を預ける形。

9/14(火)
眠りはしたけれど、何回も目が覚めて嫌な感じの寝方。よって多少睡眠不足。
祖父の容態は安定した。

9/13~9/14(火)午前0:20
何とか家族は大丈夫そうになりました。
深夜、病院から帰宅しました。汗だけ流して寝ます。


9/13(月)20:30
救急車から病院検査へ。
まだ焦っているから自戒を貼ってみます。 ↓

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自戒1(パトレイバー
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自戒2(血界戦線
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自戒3(ダイ大)
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自戒4(ゴブリンスレイヤー

「楽園追放」二次創作SS

「楽園追放」、今日見ました。面白かったのです。(dアニメストアにて視聴)

rakuen-tsuiho.com

 


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漫画&映画感想ブログCeramic moon Plastic starsの感想を読み、ブログ管理人/筆者・義実たかさんから直々にわたくしにお勧めも頂きました。

自分も見て、こりゃあ面白いや、ハードSFだわ、と。


これまでわたくし未チェックだったのは、作品公開当時、ついったーで流れてきたような「アンジェラたんハァハァ」画像に安く影響されて、宇宙萌えアニメと先入観を抱いてしまったんですね。

全然違う、「人間とは?自由とは?」を問う、完成度の高いハードSFでした。このブログの筆者(残響さん)は自らを恥じよ。

↓(その感想文)

yoshimitaka.hatenablog.com

 

ところで、義実さんとクローズドな場でこの「楽園追放」についてお話をさせて頂いていて(実はこのブログ記事を書いている今まさに、チャット的にお話をしている途中)、「楽園追放のアフター的SS※があったら良いですよね」みたいな話の流れになったのです。義実さんもブログでアフター後日談を希望されていらっしゃいました。

※SS……ショートストーリー、サイドストーリー、二次創作小説

で、話の流れで、残響が15分くらいで打鍵して、チャット画面に載せたものが以下のSSです。本編終了後、数年経過したくらいの時間が経ってから、フロンティアセッターがたま~にディンゴとアンジェラに手紙メールらしきものを裏ルートで送ってくる、っていう独自設定を基にしています。

また、「楽園追放」関連の小説は、さすがに視聴した当日なので、いずれもまだ読んでいない、という状況です。それを踏まえた上でどうぞ~。

 

楽園追放SS「天から降る一筋の歌」

ディンゴ・ーー・、・ー、ー・(モールス信号)……「着いた」? 到達したっていうのか?」
アンジェラ「本当に!?」
デ「あいつ一体どこまで行った……ああ、さすがに読みにくいぜ……」
ア「石器時代の電信技術でしょ!!読み解けないでどうするの!」
デ「もうちっと新しい技術なんだよなぁ……」
ア「でも良かったわ、SOSじゃなくて。無事でよかった……」
デ「……んん?ここから先……なんだこれ、欧文モールスでも和文でもない……」
ア「でもやけに長いわね。意味がないはずない」
デ「わからん……」
ア「……あ、もしかして」
デ「判ったのか!?」
ア「フフーフフー♪、フフーフフーフフフーン♪」
デ「お前さん、いきなり歌い出してどうしたんだよ」
ア「ここから先の信号は、ピアノロールよ。これは、MIDI……コンピュータの譜面なの。フフーフフフーン……♪」
デ「待望の新曲ってことか……。やりやがるぜ。……なぁ」
ア「何?」
デ「そのまま歌っててくれ。セッションしようぜ(ギターを持ち出す)」

 

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(↑ MIDIのピアノロール)


※残響が付けた初期タイトルは「トンツー・リズム」。その後フレドリック・ブラウンSF小説をパクって「天の光はすべて歌」にしようとしましたが、義実さんがこの素敵なタイトルを付けてくださいました。

 

この時代ならではの言葉遊び

ちょっと前から唐突に個人twitterアカウントを復活させてみたんです。そんなに意味のない復活だったので、そろそろなんとなく消します。

創作&同人サークル告知アカウント@RedsElrlaはまだ残します。

 

ところで、そういうわけなので、なかなか久々にSNS空間に身を浸したわけなんですが、コロナウィルスワクチン(摂取)のことを、「ワクワクチンチン」と韜晦して、あるいはぼかして言う人がそれなりに多かったです。

決して、ワクワクチンチンネタを出していらっしゃる方々を揶揄・批判したいわけではないです。彼らなりのユーモアに敬意を表します。

そうではなくて、もっと批判したいのは、わたくしを含めた、令和時代の言葉遊び人たちです。
ワクチンを「ワクワクチンチン」レベルの言い換えしか出来ず、ワクワクチンチンしか世に提示出来ていない、わたくしたちのような愚にもつかない言葉遊び人……即ち、韻踏み者(ライムマスター)、言霊遣い、戯言遣い、屁理屈こね博士、オヤジギャグメーカ、外国語勉強愛好家、ダダイズム詩人、戯論師……といった、言葉にまつわるしょうもない連中が、コロナ禍でこのザマだという事実ですよ!

ワクワクチンチンごときで事足れりとかしてるんじゃないよ!情けない!

なので代案を出しましょう!打倒!ワクワクチンチン!

●ワクチン→ヴァクチーヌ→ノクチュルヌ

発音ズラし系。

Nocuturne(ノクチュルヌ。フランス語で夜想曲。英ノクターン)って言葉が昔から結構好きで、ノクチュ、の響きが個人的に好きなんですね。Nocturnal(ノクターナル、夜行性、英語)って言葉も好き。

「ノク」というちょっと異国の響きというか、ヨーロッパ系の発音のようで、あまり頻繁に使われそうにないところが良いのかも。そこから「クチュ」「クターr(巻き舌)」と妖しい響きになるのも良いですね。

でもこれだったらノクチルって言ってしまった方がさっぱりしているかもしれない。

アイドルマスターシャイニーカラーズのユニットでノクチルっていうグループがあるらしいです。聞く話では、各メンバーの個性が不穏なところが見ていてゾクゾクするみたいな話しか聞こえてこない。

もちろんノクチルとワクチンに関係はないです。

 

●ちんちんが!わくわくするんだよ!お前はどうだ!?

この文の勢いがなんなんだ、って話ですね。ワクワクチンチンを単語から文レベルに展開したのです。もうこうなるとワクチンの面影ないですね。

でもこうやって、ワクチンワクチンって毎日論議しているのを、ちょっとくだらない方面に文脈ズラしをするのが、われわれ言葉遊び人ではないですか。真剣(マジ)になるのは韻を踏む厳密さの考察の時だけにしましょうよ。遊び人が真剣に社会を論じたら、その遊び人も社会もどっちももう末期ですよ。

しかしこの文はちょっと、元気っこすぎましたかねー

 

●沸く珍

おっと一気になんと素敵なエルダー・ジャポネスクになりました。そう、こういう胡乱さですよ。珍を沸かす液体、薬品。なんと珍事な沸く珍。

……さて、誰が「湧いて」しまったのですかね。日ごろ見えなかったあの人のあんなとこ、こんなとこ……ふつふつ湧いて出てくる魑魅魍魎……おあとがよろしいようで、テケテンテンテン……

 

●獏朕(ばくちん)

漢語その2。

寝台でうなされる彼は皇帝であった。豪奢な城の寝室、しかし彼は夢の中でも休まらない。

国家を揺るがす戦乱、人心の乱れ、疫病。その対策に疲れ果てた皇帝であった。

夜中、跳ね起きる。国が滅ぶ悪夢を視たのだ。

「朕の見た夢は全て……獏によるものだったのか……?」

狂気を秘めた苦笑い。

「喰ろうてくれ……喰ろうてくれ……獏よ朕の夢を喰ろうてくれ……明日が、今日が……夢の中も現実で、現実が悪夢であることに疲れた……」

(ーーーああん、幻想物語でさえもまたこんな話~?)

 

●わ、くちゅん!

寒い日。

学校帰りの道、電信柱と吐息とコート。

少女「わ、くちゅん!」

少年「風邪ひかないようにね」

少女「うん、ありがと」

手を繋ぐか繋がないかの距離、

ふたりは夕日に照らされながら、家路に向かって歩くのでした。

(全然笑いがないけれども、なんだろうこういうエモへ繋がる話に餓えてないですか我々……その時点で渇きが悲しくないですか)

 

●ワクワク!(期待に満ちた顔)チンチン!(お椀を叩く音)

「マダァ?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン」

 

わたしたちは今、ワクチン以外に何を待望しているというのだろうか。
明日への希望は、確たるものでない。
かつての平穏が今は懐かしい。
長期戦のなか、真に求めるべきはその平穏のはず。


その一方で、もし毎日の日々において、自身の趣味にわくわくし、
「まだ~?」と待ち望むものがあるとするなら、
それが、どれだけ心を豊かに潤してくれることだろうか。


「平穏を取り戻す」が、スルーしてしまうお題目になってはならない。
そして毎日にささやかな潤いを備えることは罪ではない。
願わくば、個々人の毎日に、自分自身が豊かに形作れるもの……
己に対して、「まだ~?」と期待出来るような、
出来れば、そんなささやかな希望があらんことを。

 

「マダァ?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン」

もしも紙の本や音の盤を愛し続けているのならば

しかし「苦楽」特典缶バッジ、思っていたよりややデカいな! 自分は缶バッジが好きで、特典で缶バッジが付くとなると、たいていそれを選んでしまうのですが、他の缶バッジより明らかにデカいぞ。(そう言いつつニヤニヤしながら帽子につける)

 

暑中お見舞い申し上げます

ひどく暑いですね。そして病禍の社会で毎日を過ごしておられて、お疲れ様です。お元気ですか。お元気であってください。どうか。そして、またいつの日か、直にお会いできたら、と思います。

もしかしたら、わたしにも、あなたにも、不幸なる未来がやってくるのかもしれません……前回にお会いした時が、今生の別れなのかもしれません。しかし今は、お互いがしっかと日々の守りを固め、正しく感染症を恐れ、しかし対策する。自衛し耐え忍び、生活をする……という事しか出来ません。

せめてそういう、日々の自衛の営みに「希望」という名札(ラベル)を貼ってやる程度のことです。缶バッジみたいですね。

なんにせよ、この暑さと社会神経戦で、バタっと倒れないようになさってください。わたくしにとってあなた方は、倒れられたら凄くイヤだなー、と思うような方々であります。

 

それと、「楽しみ方」を忘れないようになさってください。趣味の話です。

とくにSNSに居たりすると、ついつい「趣味の界隈の現状を憂う」みたいな感じに、アレコレ語ってしまうことが増えてしまいます。そういう屈託が分かるくらいには、わたしたちも趣味を長く続けてきたんですね。

趣味を長く続けてきた事そのものは、まぎれもなく趣味人の証明。趣味道を歩んできたという、誇らしい道程の歴史です。

わたしたち、初心者のとき、右も左もわからなかったときに、あの傑作に心をブチ抜かれてからこのかた、ずいぶんいろんなことがありましたね。そして、今も趣味人を続けておられる。素晴らしいことじゃないですか。

趣味を長く続けてきたことを、呪いの道程ととらえちまうのは、やっぱよろしくありませんよ。

 

でもねー。この社会の病禍のなか、趣味人として機嫌よく居続けることって、難しいですね。

どんなに正しく科学的な知識を持ち、知見をアップデートし続けて「正しく恐れ」続けていても、わたしたちは「恐れ」続けたことによって、確実に疲れてしまうわけです。

その日々の疲れに、スルっと「悪しきもの」が入り込んでしまいます。陰謀論にせよニセ科学、オカルトにせよ。もしくは、疲れから、自然と機嫌悪くなっていきます。趣味に集中できなくなっていきます。うーん。

 

ところで、自分は「この作品は、物理媒体で持っておくべき価値があるから、紙の本やCD、レコード盤を買うッ」という作品・作家がいくつかございまして。今日の話題はそれなんですよ。

 

8月の予約本と予約CD

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予約して買ったCDと本

人間椅子「苦楽」(22枚目のフルアルバム)

panpanya「魚社会」(8冊目の商業単行本)

 

数か月前からweb予約して、この8月初頭に自宅まで届きました。予約し、確実に手に入れるということをするだけの価値のある本、CDです。

アルバム「苦楽」、まず通しで2回聞きました。最後の曲「夜明け前」。なんと誇り高い曲、精神性でございましょうか。骨太な意志、不屈の意志を、歌詞と曲と演奏と歌唱から感じます。

曲調は結構バラエティ豊か。前々作「異次元からの咆哮」にアルバム構成的には似ているかも。


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↑ アルバムの最初を飾るリードトラック「杜子春」。今回の文芸ロックのひとつは芥川ですよー。

 

panpanya先生の本は、紙の本で手に取って、触り、匂いを嗅ぎ、愛でながら、内容の漫画作品を読むのが、実に楽しいですね。今回も装丁が実に楽しいです。さぁカバーをめくるんだ。そして特殊加工のカバー裏を触るんだ、触るんだッ。

modernclothes24music.hatenablog.com

 

panpanya先生のファンたる自分は、漫画雑誌「楽園 Le Paradis」本誌及びweb増刊で、掲載作品を逐一チェックしておりました。先生のホームページの日記も逐一チェキ。しかし、こうして纏めて&通して読むと、また味わいが違ってきます。カステラ風蒸しケーキは一種の瞑想なんだよ。

 

見慣れたはずの日常が、僅かに角度を変えただけで世界はかくも曖昧模糊。いずれが幻なのか、この世か、あの世か…。

 

panpanya先生の楽園コミックスからの2nd単行本「蟹に誘われて」の既刊解説の言葉。この文が、自分は凄く好きなのです。

社会は、世界は、少しだけ見る角度を変えれば、まったく別の何ものかが見えてくる時がある。日常といいつつも、それは深淵の混沌なる大迷宮かもしれない。

あるいは、すぐ隣に虚無があるかもしれない。そう、すぐ隣に、目と鼻の先の街角に……


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そう考えると、希望を抱けるかどうかはともかく、そこはかとなく楽しくなってきませんか。少々の痛快ささえある。

 

確かに「毎日楽しく」って難しいです。特に最近は。でもそれだけに、「あいつ、あのコロナ禍の頃、楽しく過ごそうとしていたんだぞ……ッ!」っていうの、趣味人として、キレッキレにカッコ良くないですか!?

いや、他人からの評価を求めるばっかりなのは趣味人として、少々よろしくございません。でも、自己評価としてはどうでしょう。未来の自分が過去を振り返って、「コロナ禍っていう大変な頃だったけど、あの頃の自分は趣味に頑張っていた」って評価できたとしたら。

……それは、己の臨終の間際であっても、結構誇れることだと思うんですよ。三途の川ゆく時でさえも、持っていくことが出来る誇り。自分は確かに趣味に生きることが出来たし、それほど自分の人生にとって趣味はやはり大切なものだったんだ!っていうことは、やはり誇れることです。

よーし、それじゃ今後の生き方は変わらず、趣味の路線でおもかじいっぱーい!ですよ。そう思い直すことは、自分にとって有意義なことです。

じゃ何をするか?ますますCD聞いて、panpanya先生の漫画読んで、模型作ることですなぁ。なんだ、今までとやること、まったく変わっていないじゃないですか!